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一億円のある部屋  作者: たかしま りえ
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5. ショウコの独り立ち(2)

 タカオが冷や汗をかいているうちに、二人はサトルの働く店に到着した。

 店の二階に上がるとすでに大家を初めアキコとリョウも席についていた。通された部屋は貸し切り状態だった。

 タカオはここに上がるのは初めてだった。サトルが働くようになってから、このスペースも時々お客を入れるようになっていた。

 タカオはさっさと座るがショウコはためらっていた。

「あなたもお座りなさい」

 大家に促されてしぶしぶ空いている席に座った。父親を睨んだが誰も気付こうともしてくれなかった。

 ショウコは無言で出された料理をひたすら食べることに集中した。誰も自分に話題を振らずにいてくれることを願った。やけに時間が長く感じられる。

「リョウ君、仕事は慣れた?」

「毎日ネクタイ締めて朝早くに家を出ることには何とか慣れました」

「この人意識高い系過ぎて、会社で浮いちゃっているらしいですよ」

 ひと段落したサトルも席に着き会話に加わる。

「何よそれ」

 アキコが面白がる。

「仕事はまだ出来ないのに出来ているように勘違いして偉そうにしているってことですよ」

「そうなの?」

「事実です。ちょっと煮詰まってしまって、サトルさんに悩みを聞いてもらったこともあります」

「素直に自分の過ちを認めているのね」

「何だか鎧かぶっているのが馬鹿らしくなって、謙虚という言葉を覚えました」

「自分で認めたのであれば、リョウ君はもう大丈夫だよ。もともと頭が良いのだから、すぐに会社でも活躍できるさ」

 父が大家以外の誰かと話す言葉を初めて聞く。それも人生の先輩のような口のきき方だ。当り前のことだが、少しびっくりしていた。

「ショウコさんはお仕事決まったの?」

 とうとう話題はショウコの番に。できることならばこの場から逃げ出したかった。

「いえ、まだです」

 消え入りそうな声しかでない。

「夜の仕事がしたいの?」

「いいえ、そういうわけではないのですが」

「一度夜の世界を知ってしまうと、なかなか出られないからね」

 サトルの言葉にショウコは首を縦に振るだけだった。

「どうしてなの?」

 好奇心旺盛なアキコが無邪気に聞いてくる。

「夜の世界って独特の雰囲気があってさ、昼間の世界よりそこに馴染んでしまうとその方が居心地がいいからね」

「サトルさんの場合は馴染まなかったってこと?」

 リョウも興味津々という具合だった。

「そう言えるね。ここも夜の世界ではあるけれど、昼と繋がっている世界だからね。自分の場合は昔いた夜の世界よりここの方が居場所って感じがする」

 夜の世界と昼の世界という言葉を頭の中で反芻しているショウコだった。

「夜の世界って露骨に見えるお金が飛び交うから」

 サトルは話続ける。

「見えるお金?」

「アキコさんがやっている株式取引は数字が動く世界でお金は見えないでしょう」

「まあ、そう言われれば、そうね」

「パソコンや紙の上での数字が動く昼間の世界が株などの金融取引だよね」

 ショウコにはリョウの話の意味がわからない。

「つまり、夜の世界って数字が動くというよりは、見えるお金が人を介して動き回っているという感覚だなって、ふと思っただけ」

「確かに私がやっている株って数字を動かしているだけだからね」

「ホステスやホストって、生身の体が資本でしょう。株の銘柄によって価格が決まるように人に価格がつく。それも現金でね。クレジットカード払いの場合だって時期がずれるだけだからね」

「リョウの言う通り、優良銘柄のホストには高額な見えるお金が集まるシステムが夜の世界にはある」

「株は、買った金額と売った金額の差額が自分の利益になるでしょう。勿論利益が出ずに損失になることもあるけれど、ホストにお金を貢ぐと全て損失になるのよね」

「その代わり、サービスを提供されているってことでしょうね」

「でもお金は戻ってこないから私はそんなことにお金を払うのは嫌だわ。見えないお金をパソコンで操作している方が性にあっているのね」

「それはアキコさんがご家族や友人たちに恵まれて、やりたいこともあって人生が充実しているからそう思うのですよ」

 サトルの言葉にショウコはハッとする。自分はどうしてホストにお金をつぎ込んでしまうのか、ショウコは考えたこともなかった。

「夜の世界って欲望の世界なのかも」

 リョウの言葉が心に刺さる。

「欲望・・・」

 ショウコは思わず口にしていた。視線が一斉に集まる。皆私のことを全部知っている。それに気が付いたら腹が立つより安心感の方が強かった。

「私、欲望の世界に迷い込んだのかも」

 ショウコの次の言葉を皆が待つように暫く沈黙が続く。

「妹たちのためにお金を貯めないといけないって頑張っていたのですが、自分のためにお金を使う方が楽しくなってしまって」

「そりゃあそうよ。まだ若いのだから」

 アキコさんの優しい言葉に涙がにじむ。

「だからって人のお金を盗んでまで・・・」

「止めろよ。リョウ」

 サトルがリョウの言葉を遮る。

「かまいません。私が悪いのですから。でも・・・」

「でも?」

 大家の厳しい追及にショウコは言葉が詰まる。

「あのお金はショウコのものだ」

 次の言葉はタカオが繋げた。

 『そう、私のお金』ショウコは心の中でつぶやいたが声に出すつもりはなかった。

「いいえ、あれはタカオさんに私が貸しているお金です。ショウコさんは返さなければなりません。タカオさんではなく、私に返してもらいます」

 大家の毅然とした態度に皆も少し驚く。


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