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ICO SAGA 狼の章  作者: 古賀みなも
第2章 夢魔の囁き
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3 ガルグイユ

 ジャンが部屋を出た後もライゾは部屋に留まり、様々な商品を手に取ってはテュールに使い道を質問した。

 しかし触ることができたのは生活用品のみである。魔術に使う品が置かれた左側の棚には近づいただけでデロールが不機嫌そうに声を上げ、水盤に浸されているフローライトに手を伸ばせばその大きな嘴で鋭い警告を与えてきた。

 薄く血が滲んだ甲をズボンに擦り付けながら謝罪したが、デロールはそっぽを向くと飛び跳ねながら止まり木に戻り、ライゾを睨んだ。


「店の物を壊すつもりも、お前を怒らせるつもりもなかったんだ。許してくれないか?」


 もう一度謝罪を重ね、そっと手を差し出した。デロールは胡散臭そうな表情でライゾの手と顔を交互に見やると、しぶしぶといった様子で軽く指を啄ばんだ。


「すまなかった」


 ワタリガラスは短く鳴いて返事をすると、羽を膨らませてから軽く身震いし、そのまま目を閉じてうたた寝を始めた。ライゾは後ろを振り返り、棚に並んでいる小物を眺めていたテュールに声を掛けた。


「村の中を見て回ってくる」


「わかりました。私も付いて行っていいですか?」


「そうしてもらえると俺も助かる」


 言いながら、軋むドアを押し開けて外に出た。


「そういえば村の中に泉があったな」


「ええ。この大通りを進んでいけば着くと思います。行ってみましょうか」


 ライゾが頷くと、テュールは大体の方向に検討を付けてから歩き出した。その横に並び、ライゾは両脇の家々から聞こえてくる人々の声を楽しんだ。

 外に出ている者の姿もちらほらと目に入った。男達は畑のに出ているらしく、家の周りで忙しく立ち働いているのは大抵が女性であった。

 伸びた髪をそのまま背中に遊ばせ、野性味溢れる雰囲気を纏っているライゾの姿を認めると彼女達は目を丸くしたが、すぐにその素性を察した様子で笑顔を浮かべ、挨拶を投げかけてきた。森の子、狼の子と気安い調子で呼びかけられ、ライゾはひどく困惑した。


「何故皆俺の事を知っているのだろう」


「ジャンさんから話を聞いた事がある方は、すぐに思い当たるのでしょうね。黒い髪と焼けた肌、その両方を持つ人はここらでは珍しいですから」


 テュールはくすくすと笑った。


「そういえば肌が白い者が多いな」


「ええ、大体の人は日に焼けると赤くなりますね。それからまた白く戻ります。砂漠の方に住んでいる人はあなたと同じような肌の色ですよ。黒い髪も多いそうです。滅多にこちらまでは来ませんが」


「ふむ……俺の出自のきっかけがあるかもしれん」


 話をしながら足を進める。どの庭にもバロメッツが生えており、その丸い金色の背が春の優しい日差しに暖められている。蜜蜂を飼っている家も多いようで、紫色の小花の周りでは蜂達が忙しく働いていた。何かを煮炊きするうまそうな香りもそこら中から漂ってくる。稀にベーコンの匂いも鼻を掠め、その度にライゾは昨晩のスープの味を思い出した。


 大気の中に混じる水の匂いが強くなってきた。そんな事を考えながら大通りの突き当たりを曲がると、いきなり視界が広がった。


(随分と大きい泉だな)


 向こう岸まで100m以上はあるだろうか。森ではここまで開けている場所は殆どない。凪いだ水面がきらきらと光を反射させており、ライゾは目を細めたまま辺りを見回した。少し離れた所には四つ足の竜の石像があり、その口からはざあざあと水が吐き出されていた。

 石畳が敷かれていた通りとは違い、湖の周囲には柔らかそうな草が生えている。ライゾは靴を脱ぎ捨て裸足になった。テュールが笑う。


「ブーツは窮屈ですか?」


「そうだな。思えばこんなに長い時間履いていた事は今までなかった。よく馴染んではいるが、やはり俺は裸足でいるのが好きだ」


「図体はでかいくせに、ふるまいは子供みてぇだなぁ」


「!」


 急に会話に割り込んできた声の出所がわからず、ライゾは咄嗟にテュールを自分の傍に引き寄せ、木剣の柄に手を掛けた。人の気配や匂いは全く感じられない。


「なんだなんだ、危ねぇな、村の中で剣なんて抜くなよ?子供に当たったらどうすんだぁ」


 間延びした声に害意は含まれていないようであったが、相変わらず周囲に人影は見られなかった。と、ライゾの腕の中からもぞもぞと出てきたテュールが声を上げた。


「大丈夫ですよ、危険ではありません。喋っているのはあの方です」


 指し示す方を見やったが、石の像の近くには誰もいない。


「察しが悪いなぁ」


 唐突に石像の眼がぎょろりと動き、こちらを向いた。ライゾは仰天し、身を強張らせた。


「俺のことを知らないって事は、よっぽどの田舎もんかね」


「なんだ、お前は」


「口のきき方もなってねぇし、しょうがねぇ奴だなぁ」


 石像はそう言うと水を吐き出すのを止め、のったりとライゾ達に向き直った。


「俺ぁ、ガルグイユだよ。この村の水の面倒を見てんだぁ」


「それは種の名前か?お前自身の名か?」


「種族の名前だよ。特に名前はねぇなぁ」


 ごりごりと音を立てながらガルグイユは首を傾げた。


「湧き水や井戸水を使ってる村は俺達がいねぇとこも結構あるみたいだけどよぉ、それでも大抵の人間はガルグイユって名前ぐらいは知ってるもんだけどなぁ」


 ライゾは肩をすくめると、警戒を解いてガルグイユに近付いた。目線の高さはライゾとほぼ同じだが、鼻先から尾までの体長は5m以上はありそうであった。まだ水が滴っている口元に手を伸ばすと、ざらりとした感触が指から伝わってきた。


「何故人間の元で働いているんだ?捕らえられているのか、それとも制約でも交わしているのか?水はいくらでも出せるのか?」


 ガルグイユは質問に答えず、鼻を鳴らした。


「なんだ、おまえ、いきなり触ってくるなんて変に馴れ馴れしい奴だなぁ。俺が荒っぽい魔物だったらその手首、無くなってるぜぇ」


「不快であったなら謝る」


「別に触られるのは嫌じゃねぇけどよぉ、子供らを俺の背中に乗っけて水の上で遊んでやってるしなぁ。な、おまえ変わってんなぁ。どこの村から来たんだ?」


「村に入ったのは今日が初めてだ。今までは森に住んでいた」


 ガルグイユは冗談と真実を見極めきれなかった様子でテュールにちらりと視線を投げた。にこにこしながら両者の会話を聞いていた少女が頷くと、ガルグイユは石の口吻を歪め、歯を剥き出しにした。笑ったのだろう。


「へぇぇ、じゃ、真正銘の世間知らずか」


「うむ、目に入る全ての物事が興味深い」


「なんでも知りたがる子供と一緒って訳か、そんならさっき聞かれた事もちゃんと教えてやらないとなぁ」


 石像は面白がって笑みを深くした。


「いっちばん最初のガルグイユは石じゃなくて普通のドラゴンなんだけどさぁ、あんまり性根が良い奴じゃなかったみたいで、船をひっくり返したり人間を飲み込んだり、水を吐いて洪水を起こしたりしてる内にさ、とうとう討伐されて火炙りになっちまってさぁ、でも首から上はどんなに薪をくべても燃えなかったんだってよ。ずーっと水を吐いてたからかねぇ。だからしょうがなく、壁に張り付けにしたんだってさぁ」


「何故そんな事をする?土に埋めたり、川に流してやればよいではないか」


「そんなん俺に聞かれても、向こうの世界の人間の考えてる事なんてわかんねぇよぉ。目に届かないところで復活されるのが怖かったのかもしんねぇし、他の魔物への見せしめにしたかったのかもしれねぇし、倒したやつの功績を讃える為かもしんねぇし」


 それ全部かもしんねぇし、全然違う理由かもしんねぇし、とまとめると、ガルグイユは話の本筋に戻った。


「それをきっかけに、建物の屋根に落ちた雨水を石像の口から流すようになったんだってよ。その内にさ、石像にも魂が宿ってさぁ。自由に水を吐けるようになったり、動けるようになったりしてよ。ほいでさ、あっちでの仕事が嫌になってこっちに来るガルグイユもいてさ。そいつらから話を聞いた物好きが、こっちでもガルグイユを創ろうっつってできたのが俺よぉ」


「お前は人の手から産まれた魔物なのか」


「ああ、180年とちょっとだよ。俺の主人は2人いてさ、1人は思うままに石の彫像を彫れるやつで、もう1人は石に命を吹き込めるっつう魔法の力を持ってたんだぁ。俺は雨樋やってるガルグイユじゃなくて、ドラゴンだったやつを模してるんだと」


ライゾは一歩下がってガルグイユを見直し、感心して息を吐いた。鋭く頑丈な牙の1本1本、全身を覆う鱗の1枚1枚が精巧であった。


「素晴らしい技だ」


「だろぉ。とっくの昔に死んじまったけど、2人とも優しかったなぁ。そんな訳で、俺は生まれてからずっと人の為に水を吐いてるけど、別にそれを嫌に思ってないってこったぁ。いくらでも吐けるしな」


飲んでみるか?と聞かれ、ライゾが頷くと、ガルグイユはがばりと口を開き、気前よく水を吐いた。手で掬って口に運ぶと、柔らかい甘さを持った冷たさが喉を潤した。


「うまい」


「まぁなぁ」


ガルグイユはなんでもないように答えたが、感情を隠せない太い尾が音を立てて持ち上がり、ゆっくりと揺れた。


「こっち生まれのガルグイユは俺を入れて10匹しかいねぇけど、あっち生まれは結構いたはずさぁ。なんでも雨がどんどんひでぇ味になってきてるとかで、今でもちらほら移住しにきてるしなぁ。ずっと石像のふりをしている必要もないから気兼ねなく喋ったり動いたりできて居心地もいいし、人間らも労ってくれるからやりがいもあるってさぁ」


「なるほど。お前の村にも居るのか?」


 腰を下ろして話を聞いているテュールにも話を振った。


「いいえ。移住してきたガルグイユは何度か訪れましたが、うちの村には湧き水があるので。しばらく滞在してから、自分を必要としている村を探しに飛んで行ってしまいました。この村のガルグイユは造られたものの中でも一番大きいとかで有名なんですよ」


 それを聞いたガルグイユは得意げに胸をそらして鼻を膨らませた。水気を含んだ鼻息がライゾの髪と服を湿らせる。


「先程、子供を背に乗せると言ったな」


「あぁ。遊んでやるのは子供限定だけどよぉ。お前は子供みてぇなもんだからなぁ。乗りたいんだろ、んん?」


 ライゾが頷くと、しょうがねぇなぁ、と言いながらも楽しげな表情を崩さないまま、ガルグイユは湖の方へ足を踏み出した。

 と、その時。砂埃を纏った小さな集団が、騒々しさを伴って路地から飛び出してきた。

ガーゴイルという名で知られていますが、ドラゴンとしてのガーゴイルがフランスのルーアン生まれという事で名前もフランス語読みに合わせました。

首が燃え残った理由は持っている本を参考にしたのですが、ネットで調べると、水だけでなく火を吐くこともできるドラゴンであった為、火に耐性があったから燃えなかったという話も。面白いですよねぇ。

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