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ICO SAGA 狼の章  作者: 古賀みなも
第2章 夢魔の囁き
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2 デロール

 ジャンの後に続き、ライゾとテュールは家の入り口に戻った。石と丸太で組まれた壁には一面に蔦が這っており、焦げ茶色の古びたドアの横にはデロールという文字が書かれた小さな看板が置いてあった。


 家の中に入ったライゾは目を大きく見開いた。大きな窓からは陽の光がたっぷりと差し込んできており、室内は想像していたよりもずっと明るかった。ジャンに椅子を勧められ、テュールは腰を掛けたが、ライゾはそれを断わって部屋の中をうろうろと歩きまわった。

 小人が家を建てる光景を寝転がって眺めるのは好きだったが、完成してしまえば中は見られない。気難しい彼らが屋根を外すのを許してくれるはずもなかったので、家の中がどうなっているのか、運び込まれた家具はどのように使われているのかいつも気になっていたのだ。


 部屋の両脇には天井までの高い棚が設えてあり、中にはびっしりと物が陳列されていた。向かって正面にはどっしりとした質感の木の長机と椅子が置いてある。机にはローワンの枝で作られた止まり木があり、一羽のワタリガラスが羽を休めていた。

 その脇には水が張られた大きな石の皿があり、中にはフローライトの原石が浸されていた。部屋の隅には束にされている毛皮が積まれており、その内のいくつかはライゾが過去にジャンに土産として渡した物であるようだった。

 ライゾは棚に並べられている瓶を一つ手に取った。乾いた草が詰められている。蓋を開けた瞬間、甘く重い香りが鼻を刺し、ライゾはくしゃみをした。カラスが咎めるような眼差しを向けてきた。


「ほら、坊主、気になるもんはなんでもあとで教えてやるから、座って茶でも飲め。あ、そうそう、これは木製じゃない。落とすと割れるからそっと持てよ」


 笑いながら手招きされ、テュールの隣に腰を掛けると、カラスが嫌そうな顔をして低く鳴いた。ジャンが差し出してくれた白い石のカップには、青い塗料で流れる水のような模様が描かれていて綺麗だったが、中に入っている透き通った茶色い水は見た目からしてあまり美味そうではなかった。顔を近づけると鋭い匂いが鼻の奥をついた。ライゾが険しい表情を浮かべたのを見、ジャンはますます面白そうに笑った。


「さっきジュールが摘んできたスペアミントの葉の茶だよ。春先から花が咲くまでの時期の葉が一番良いんだ」


「お前が森に植えた魔除けの草と同じような匂いがする」


「ああ、ペニーロイヤルか。これよりもっと強い匂いだったろ。あれは口には出来ないが、虫除けにいいんだ。あの森は虫の魔物が多いからな。ま、とりあえずちっと飲んでみろよ」


 息を止めたまま少量を口に含んだ。飲み下した瞬間、喉から鼻まで冷たい風が吹いたような感覚があり、ライゾは驚いて眉間に皺を寄せた。


「熱い水なのに、飲むと鼻が冷たくなるようで変だ」


「すっきりするだろ。元気も出るから濃く煮出したやつは朝飲むんだ。薄いやつは逆に気持ちを落ち着かせるから、日が落ちてから飲むんだよ」


「俺はこいつが飲んでいた甘い水の方が好きだ」


「ん?」


 首をひねったジャンに、テュールがエルダーフラワーのシロップの事を説明した。エレウーマン達がレモンと大きな鍋を欲しがっている事も。ジャンは顎を弄りながら頷いた。


「なるほどなぁ、そんなに喜んだか。いや、昔、俺も持って行こうか悩んだんだけどな、どうしたって村に生えてるエルダーとあそこのエルダーでは質が違うだろ。逆に気分を損ねるんじゃないかなんて考えちまってさ。そうかそうか。じゃ、今度行く時は忘れずに持ってってやらないとな」


「彼女達が羽織っていた金色のケープやマントは、この村のバロメッツの毛で織ったものですか?」


「ああ、そうだよ。自然に背中を隠せるようなもんがあったらいいんじゃないかって思ってさ」


 2人の話を聞きながら、ライゾは苦労して自分のカップを空にした。好きにはなれない味であったが、わざわざ出してくれたジャンの気遣いに応えるべきだと思ったのだ。


「お、もう飲んだのか。もっといるか?」


「もういらん」


 ライゾの素っ気ない返答に対して呵々と笑ったジャンは席を立った。


「嬢ちゃんがエルフ達に聞いた話や、なんで坊主が森を出るつもりになったのか知りたいところだが、そんなにきょろきょろしてるのを見てるとこっちも落ち着かねぇな、ほれ、何が気になるんだ?」


「全部だ。このカラスはなんだ?」


「俺が子供の頃から一緒にいるんだ。可愛い顔してるだろ。魔力持ちみたいでさ、こいつの尾羽で作ったペンはルーンを書くのに良いみたいでな。賢くて人を見る目もあるし、どっちかってぇと俺が世話になってんだ。店の名前もこいつの名にしちまったよ」


「俺が何か壊さないか監視しているようだ」


 そりゃそうだ、いかにもなんか壊しそうな奴だもんな。な、デロール。と言いながらジャンは人差し指をそっと差し出した。カラスは目を細めてそれに頭を擦り付けると、嬉しげに羽を膨らませてから軽く啄ばみ、またライゾのことをじろりと睨んだ。


「気を付ける」


 ライゾはそう言うと、右側の棚に近付いた。ロープやナイフ、小さな箱の中には釣り針、糸巻きには透き通った糸。羽ペン、何種類ものインクの小瓶、ノート。籠の中には金色の毛糸玉。引き出しを開けるとそこにはきれいに畳まれた服、下の段にはブーツ。


「こっちの棚は生活用品を並べてるんだ。例えばさっきお前が匂いを嗅いだ瓶の中身はアンジェリカだな。葉を煮出したもんで目を洗ったり、種を燃やして匂いを楽しんだり。他にも色々使い道があるんだ」


「これはなんだ?」


 目を引いたのは手のひらに乗る程の四角い塊と、その横にずらりと並んでいる瓶だった。それぞれ異なる匂いがする。


「四角いのは石鹸で、瓶のはシャンプーやらトニック、うーん、髪を洗ったり、頭に揉み込むやつだな、あとはフェイスウォーター、ええと、顔に塗るもんだ。それぞれ混ぜてあるハーブが違うから、匂いや効果によってお好みでお選び下さいってやつよ」


「?」


「ま、夜、湯を用意してやるから体を洗う時にでも使ってみろ」


「うむ」


 よくわからないままであったが頷き、向かい側の棚に足を向けた。こちらには鉱石、乾いた草花、何かの骨や牙、角、鳥の羽、古ぼけた装丁の本などが並んでいる。蝶や蛾のものに混じって妖精の鱗粉も揃えられていた。


「こっちの棚の物は何に使うんだ?」


「こっちは魔術に使うもんを並べてるよ。ここらの村でこういうもんを扱ってるのはうちの店だけさ」


「魔法と魔術は違うのか?」


「そうさ、魔法は自分の力を使うから、特に必要なもんはない。念じるか、勝手に発動するかだからな。魔術は知識と道具が必要だけど、誰でも使える。そのどっちもなかなか手に入らんがね。俺も色々回って集めたもんを店に置いてはいるが、使い道はほとんど知らねぇな」


「お詳しい訳でもないのに、魔術に必要な物がわかるのですか?」


 ミントティーを飲み終えたテュールも会話に入ってきた。


「ああ、俺の魔法の力だよ。魔力を持ってるものを触ると、なんとなく、これだ!って気がするんだ。直感みたいなもんだ。普段の生活ではあんまり役に立たねぇ力だけど、魔術に使うもんは大体魔力を秘めてるからな。商いには向いてるだろ」


「ご自分の魔法の力を生かすお仕事をして、こんなに立派なお店を構えることができて。すごいと思います」


 テュールは羨望を微かに顔に滲ませながら頷いた。


「いやいや、俺が建てた訳じゃねぇしな。先代と先々代が宿をやってたからもともと家自体がでかかったんだよ。俺の魔法の力も地味だからさ、子供の頃はなかなか気付けなくてなぁ。随分悩んだし、わかった時もあんまりかっこいい力じゃねぇなって思ってがっかりしたんだけどよ。ま、嬢ちゃんもそんな顔しなくてもなんとかなるさ。この坊主を森から引っ張り出したくらいだしな……ん、どうした?……こら、おい、そこは触んな、見るだけにしといてくれ」


 デロールの鋭い警告の鳴き声に、テュールとの会話を中断してライゾに目をやったジャンは慌てて声を上げた。


「これは生き物か?」


「動いてるけど生きちゃいねぇよ、時計っつうんだ。坊主が触ろうとしてたのが時計の針。今が何時か知る為のもんだ。無理に動かすと正しい時間とずれちまう」


「それがわかるとどうなるんだ?」


 気ままな森暮らしには不要だろうな、と笑いながらジャンは色々な例えを出して説明してくれたが、結局ライゾが時計の有用性を深く感じる事が出来たのは、横から差し挟まれたテュールの一言であった。


「長い時間煮込む必要がある料理の際、この針の動きから、かかった時間や、あとどのくらいで完成するかを知ることができますよ。次の食事までの時間も」


「なるほどな。昼食は何時だ?」


「うん?坊主、腹減ってんのか?」


「今は空いていない。食事の内容が気になるだけだ」


「ふうん。うちはばあさんに合わせて昼は大抵ポリッジなんだけどよ、それでもよければお前らの分も用意してやるぜ」


「もらう」


「あいよ。昼はあと3時間くらいだな。この長い針が3周して短い針が12のところに来たらだ。それまでここにいてもいいし、村を回っててもいいぞ。初めて森から出たんだ、何を見たって面白いだろ」

ジャンのペットであり相棒のワタリガラスであるデロール。その名前はパリにある動植物、昆虫の標本の博物館兼お店からお借りしました。いつか訪れてみたいです。

ライゾとテュールの出会いのきっかけを作ったともいえるジャン。彼の名前もこのお店の創始者のデロール氏から頂きました。

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