1 バロメッツ【挿絵あり】
気付かぬ内に眠ってしまっていたようだ。テュールはライゾに背を向け、御者台のジュールとの会話を続けていた。
広い草原を走る風は爽やかで、それに乗って上昇したノスリは空を舞いながら獲物を探している。
(森の風とは違うな)
もちろん森にも風は吹く。シルフ達は梢を揺らしながら渡り、あどけなく笑いながら様々な噂話を届けてくれていた。しかし、この草原で見る彼女達は愛らしいというよりも美しさが優っていた。長い髪を靡かせ、すんなりした手足をいっぱいに伸ばしながら風に乗って駆けていく姿はまさに風の化身そのものであった。
「あれ?起きていたんですか」
テュールの言葉に、前を向いていたジュールも振り返った。
「よう。普段は日が出てる間は寝てるんだってな、村に着いたらまたゆっくり寝るといいさ。ほら、もう見えてきてるだろ」
くい、と顎で指された方に視線をやると、その言葉の通り、丘を下った先に、何やら見慣れない物が立ち並んでいた。
「あれがバロメッツの村さ。歓迎するぜ、狼さんよ」
ジュールはそう言い、くしゃりと笑った。
近付くにつれ、村の様子を細かに目で捉える事ができるようになってきた。中央には大きな泉。そこから幾本も水路が引かれている。西と北側は広い畑。東と南側には無数の建物。それら全てを囲うように、村の周りには緑の葉と赤い実を付けた木が植えられていた。
「広いものだな」
「そうか?あんまり大きい方ではないけどな。家は300軒くらいしかないしさ。広さだけで言ったら嬢ちゃんの村の方が大きいんじゃないか?」
「え?うーん、広さだけでいえばそうかもしれません。でも私の村はほとんどが畑でしたので、住んでいる人の数はあまり」
「一口に村といっても、全てが同じわけではないのだな」
ライゾの言葉に二人は大きく頷いた。
「そうさ。嬢ちゃんの村は、この世界を創ったっつぅ大層な魔法使い様が最初に住んでいた土地みたいでさ、木とかハーブがすっごいよく育つんだよ。そこに住んでる人はそれを料理に使ったり治療に使うのが得意なんだ」
「ふむ」
「うちの村ではバロメッツって草が特にぽこぽこ生えるんだ。その餌もね」
「うん?草が餌を食うのか?」
「あぁ、そうさ。とーちゃんから聞いてないか?じゃ、見てのお楽しみだな」
ジュールはそう言い、馬車を村の中へ進めた。
「それ以外にも見るべきものは多そうだ」
荷台に乗ったまま、きょろきょろと辺りを見回しながらライゾはぽつりと呟いた。
森に住む小人達の中にも、茸の上や倒木の中に家を建て、村を作る者達がいる。彼らが建てた物の数百倍はあろうかという大きさの家が道の両脇に立ち並んでいる光景は、ライゾにとっては圧巻であった。
太い丸太を組み上げ、要所に石が使われている壁。傾斜のついた屋根には青々とした草花がいっぱいに生えている。いくつかの煙突からは煙が上がっており、食欲を刺激する香りが漂ってきていた。
どの家にも、低い垣根で区切られている小さな庭が付いており、柔らかそうな銀色の葉と紫の花を持つ草が植えられていた。その中に、ふわふわした金色の毛玉のようなものが数頭いる。それらは生き物のようであったが、歩き回ることなくじっとしていた。
「バロメッツ……とは、あの金色の動物……か?」
「ご名答!動物のような植物なような、変わった生き物だよ。俺んちにもいるから、あとで近くで見てみなよ」
ジュールはそう言うと、一際大きな家に向かって馬車を進めた。
「あれがお前の家なのか?他のものとは随分違うようだが」
「あぁ、そうだよ、でっかいだろ。俺んちはさ、商いをやってるから一階が店になってるし、二階の何部屋かは人を泊められるようにしてんだ。じゃ、そろそろ降りてくれっかな?」
先に飛び降り、テュールに手を貸してやってから、ライゾは馬に労いの言葉を掛けた。しかし馬は相変わらずライゾに染み付いた狼の匂いを嫌がり、鼻を鳴らして嫌そうに顔を背けるばかりであった。
「はっはっは、随分嫌われてんなぁ」
「ニクスとは違うんだな」
「そりゃそうだ。あいつらはあんまりいい精霊じゃないだろ?背中に乗ると水の中に引きずり込まれるって聞くぜ」
「大抵はそうだが、いいやつもいた。灰色の大きい馬で、よく川を渡らせてくれた」
「ニクスを川渡りに使うなんて、剛毅な話だな。そりゃ便利だろうけど、乗ろうなんて普通は思いもしないよ。ま、他にどんなにいい馬がいたとしても俺の相棒はこいつだけどね」
ジュールはそう言いながら荷馬車を家の横に付けると馬を荷馬車から外してやり、無口に引き綱を付けて馬房の方へ足を向けた。
「俺はこいつの世話をしてから行くからさ、あんたらは中に入っててよ。庭を見ててもいいけど」
ジュールと馬を見送ると、ライゾはテュールに顔を向けた。
「俺はバロメッツとやらが先に見たいのだが」
「ええ。私も話にしか聞いたことがないので、ちょっと気になります」
テュールの言葉に頷くと、ライゾは家の裏手へ回った。先程他の家の庭でも目にした銀の葉の草が一面に生えており、一抱えほどもありそうな金色の塊が点在していた。ライゾはそっと近付き、しゃがみこんで観察した。
(動物なのだろうか?)
それは不思議な生き物であった。顔以外は縮れた金色の毛に覆われている。4本の足の先はふわふわとした白い産毛に覆われていたが、その毛の下にはうっすらと黒い蹄が隠れているのが透けて見えた。この生き物を動物なのか植物なのか、判断に迷う理由。それは、体を支えているものはその脚ではなく、腹の下から伸びるずんぐりした太い茎である点であった。
「わぁ、ふわふわでかわいいですね」
テュールもライゾの横にしゃがみ込むと、手を伸ばしてそっとその金色の毛を撫でた。
「これは……植物なのか?」
「うーん、動物であり植物である……と言われています。実際に見ても、不思議な生き物ですね。野菜羊とも呼ばれているんですよ」
「野菜羊」
「ああ、森には羊はいないんですよね。えっと、白や黒の毛が生えている動物で、その毛を刈って糸にして布を織ったり、お肉を食べたり」
「これと同じ姿をしているのか?」
「ええ、ずっと大きいですけど。バロメッツは大きさで言えば仔羊くらいですね。あっ、羊は地面から生えてる訳じゃなくて、好きに動き回って草を食べます」
ライゾもテュールに習い、金色の背に触れてみた。指が沈み込む程の厚みがあるその毛は柔らかい巻き毛で、地肌に触れるとぽかぽかと血の通った暖かさを感じることができた。バロメッツは2人に触られていることについては全く頓着していない様子で、足元の草をのんびりと食んでいた。
「この葉も初めて見た」
「ラムズイヤー、っていう名前の草ですよ。ふわふわですよね。羊は食べませんが、バロメッツはこの草が好きなのだと聞いています」
テュールの話に頷きながら、何の感情も映していないバロメッツの黒い瞳を覗き込んでいると、大きな足音がこちらへ駆けてくるのが聞こえてきた。
「まさか本当に、坊主が森から出てきてるとはな!嬢ちゃんも帰って来れてなによりだ」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにはがっしりとした壮年の男性、ジャンが立っていた。テュールは立ち上がって向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「ジャンさんがこの人を紹介してくれたおかげで、エルフ達の元へ行き、無事に帰ってくることができました。ありがとうございます」
「面白い生き物だな」
「やれやれ、一年ぶりだってのに挨拶もなし。お前さんは変わんねぇなぁ」
ジャンは苦笑し、すたすたと近付いてきた。
「この毛は極上の糸になるし、蹄に生えてる白い綿は傷に当てるといい血止めになるんだ。自分の周りに生えてる草を食いきったら枯れて落ちるから、そうなったら最後に肉として食う。自然と次のやつが生えてくる。無駄なく俺たちの役に立ってくれている、ありがたい草だよ」
「食えるのか」
「ああ、もちろん。柔らかくて臭みもなくて、うまいぞ。なんだ、お前、今まであんなに俺が食い物を持ってきてやろうかって言ったのを頑として断ってたのに。ま、お前が食ってる魚も肉も、塩だけで十分美味かったけどさ。どうした、今更になって食事に興味が湧いたのか?」
ライゾが頷くとジャンは破顔した。
「じゃ、夕飯に出してやるよ。泊まってくだろ?ま、立ち話もなんだ、とりあえず中に入れよ。茶でも飲みながら詳しい話を聞かせてもらおうかね」
2章スタートです。
森から出た主人公が最初に出会った見知らぬ魔物はバロメッツ。
ひょうたん型の実を付け、割ると中には羊が、というパターンや、羊の形の実をいくつも付ける木、というように、見た目については様々なバリエーションを持っている植物(動物?)ですが、今作では、地面から生えている仔羊、という外見をチョイスしました。
ラムズイヤー、和名ワタチョロギを食べるという設定は私が付けたものです。名前も羊がらみですし、想像図として描かれたバロメッツの葉がなんとなく似ているように思えたのです。
家の花壇でも育てているのですが、もりもり育つ。冬はさすがに生育は止まるのですが、ずっと葉は緑です。餌に向いてそうだな、なんて思いまして。
夕飯の投稿は数話後になるかと思います。果たしてどんな料理となって出てくるのか。お楽しみ下さい。




