11 探求の旅 【挿絵あり(FA)】
「俺か?俺は俺だ。名はない」
首を傾げて答えると、テュールは目を丸くした。
「名前がない?それは……不便ではないのでしょうか」
「姉は俺のことをMin svarte ulvだとかSmå måneだとか、気分によって好きに呼んでいる。家族達と狩りをする時にも、それが枷となった事はない」
ジャンと出会った頃にも同じ事を聞かれたな、と思い返しながら答える。
「馴染みのない響きの言葉です。それもお姉様、ええと、ドライアド様が知る古き言葉なのでしょうか」
「そうだ。私の黒い狼、小さな月、という意味だという」
「素敵な呼び名ですね。確かにあなたの黒くて長い髪は狼の鬣の様ですし、瞳は月と同じ色ですものね……あの、ドライアド様とのお話を聞いていた時にももしかしてと思ったのですが、ご家族というのは、狼……なのですか?」
「そうだ」
口を動かせ、と魚を指して促してから言葉を続ける。
「俺は幼い頃に姉の元へ預けられたそうだ。しかし姉は自分の樹から離れられず、俺に与える為の果実や木の実を集めるのにも限界があった。その時、俺の世話をする役目を買って出てくれたのが番の狼だったという。俺の育ての親だ。父と母は森を駆けて食料を集めてくれた上に、弱かった俺を庇護し、身を守る術を教えてくれた」
「まぁ!本当に狼と心を通じる事ができるのですね。幼い頃に読んだお伽話のようです。血の繋がったご両親は、今どちらに?」
「さあな。俺は覚えていないし、顔も知らん産みの親よりも育ててくれた姉と狼達の方が大切だ。さあ、早く食いきれ」
会話に夢中になったのか、魚を持った手を膝に置きかけた事を指摘すると、テュールは慌てて魚を口に運び始めた。しばらくそのまま黙って食事を続けていたが、ようやく最後の一口を嚥下し、微笑んだ。
「すみません、私の事を話すべきでしたのに、ついついあなたの話を聞いてしまいました」
「泣かれるよりは、俺の話をした方がずっといい。落ち着いたのなら、お前の話に戻っても大丈夫か?……エルフ達に会ってもお前の抱える問題が解決するとは限らないと言っていたな。それはどういう意味だ?」
「ああ……そうですね、ええと、先祖返りと断定されるのは、20の歳になるまでに自分の魔法の力を見つけられなかった者なのです。私は19ですので、ほぼ、確定しているといいますか……」
話している内にまた気落ちしてきた様子で、テュールは少し肩を落とした。
「しかし、稀に特定の場面じゃないと発動しない魔法の力もあります。例えば、魔物に襲われた時に攻撃を防ぐ壁を反射的に作り出すなど。そのような類の力は、安全な村にいたのでは気付けないですよね」
「なるほど。全ての魔法の力が、自分の意思で使えるとは限らないのだな」
「はい、その通りです。そして……精霊や妖精、魔物の中には人に魔法の力を授けてくれる者もいるそうです。これについてはまことの話かはわかりませんが、そう言い伝えられています」
「……フローライトの里に暮らすエルフ達にそのような力があるなどと、やつらから聞いた事はない」
迷ったが、無駄に期待させるべきではないと判じてそう告げると、危惧していた通りテュールは肩を落とした。
「ああ……やはりそうですよね……でも、ジャンさんもそのように言っていましたので、そのような心づもりはできていました。ええと、先程の話に戻りますね。18か19の歳になっても魔法の力を見つけられなかった者は、精霊や妖精達の住処を巡る旅に出るのです。その道中で魔法の力を使えるようになればそれでよし、精霊達に力を授けられればそれでよし、という訳です。そして20歳になる時に王城へ向かい、審査官の前で自らの力を示せば元の暮らしに戻れます。できなければ……」
テュールは話しながらまた眉を曇らせかけたが、無理に明るい声を出して続けた。
「私はまだ旅に出たばかりでして、この森のエルフ達が最初に出会う妖精です。彼らが魔法の力を授けてくれなかったとしても、次に訪れるべき場所の手がかりだけでも教えてもらえないか請おうと考えております」
「……世界を巡るのか」
「はい。探求の旅、と言われ、生きて王城に辿り着けた者はほとんどいないとされています。当たり前ですよね。身を守る為の魔法の力を持っていないのに、人里離れた場所に住む精霊達を訪ねるのですから」
テュールは微かに微笑んだ。
「私は気も小さいですし、取り立てて秀でた所がある訳でもない、つまらない人間です。両親はこの旅についてずっと反対していました。命を落としてしまっては、何にもならない。二度と会えないにしても、別の世界で安全に暮らしているのなら、そちらの方がずっと良い、と……」
彼は相槌を打って、その先を促した。
「両親の気持ちもわかります。それでも……流されるままに追放され、見知らぬ地で2度と帰れぬ故郷を懐かしみながら生きるよりも、運命に抗って命を落とす方がよいと思えたのです」
テュールは彼よりもずっと小さく弱々しい。
背も彼の胸までしかないし、肩も腕も頼りないほど細い。しかしその言葉には強い覚悟が込められており、瞳は意思を秘めて光っていた。その輝きは、彼の心を動かすには充分なものであった。
「事情はわかった。とりあえずエルフの里まで行けばお前の旅は前進するということなのだな。……あやつらはやかましいが……長と男達は話のわかる者達だ」
「はい!エルフ達になんと言われるかはわかりませんが、きっと私の探求の旅はこの森を出た先にも続く事になるでしょう。最初の道連れとなってくださったのがあなたであることを、私は嬉しく思います」
なんと返せばいいか分からず、彼は黙ったまま頷き、火の始末に専念するふりをした。
同サイトで活動していらっしゃる延滞紳士様より、ファンアートとして素敵なイラストを頂きました。
小説全体のイメージイラストとして1話に載せようかと思ったのですが、イラストの中に作中のセリフを入れて下さっていたので、挿絵として、こちらに大切に載せる事にしました。
登場人物達の外見描写の少ない本作を読み込み、散りばめられた情報を拾い上げて主人公とテュールの姿を絵に起こして下さった事に、感激で胸がいっぱいになりました。
本当にありがとうございます。
詳しいお礼と、延滞紳士様の作品へのURLは6/30の活動報告にも記してあります。




