12 ネトルの茂み
しばしの休息の後、彼らはまた歩き始めた。
源流に近づくにつれ、土よりも岩の割合が多くなってきている。川の中にも大きな岩が点在し、そこかしこで小さな滝を形作っていた。小さな虹がいくつもかかり、その様は幻想的であったが足場は悪い。
テュールも最初こそは景色を楽しむ余裕を持っていたが、すぐに息を切らし、今は火照った首筋に汗を浮かばせ、足を踏み出すことのみに集中していた。
何度か休憩を挟みながら進み、ようやく里の入り口に辿り着いた頃には、随分と日が傾いていた。
里の入り口は、並び立つ2つの大岩である。門の周囲には毒を含んだ鋭い棘を持つネトルが侵入者を拒むかのように深く生い茂っている。
「この茂みを越え、あの岩の間をくぐればエルフの里だ。エルフに会ったことはないんだったな?」
「はい。滅多に会えないものとされています。稀に……森に入った若者が拐かされ姿を消したという話は聞きますが」
彼は頷き、ふらりと森に出かけたエルフが連れ帰ってくる若い男達の末路を頭に浮かべた。
「気のいいやつらだが、無理に背を見ようとすると機嫌を損ねる。背は木のうろのように窪んでいるか、腐って落ちているからな。踊りに誘ってくるだろうがきっぱりと断れ。その輪に入れば足の指がなくなるまで解放されんぞ」
エルフ達の踊りに人間がついていくのは無理な話だ。一度輪に入れば曲が終わるまで出ることは許されず、明け方にようやく解放されれば、一晩続いた速すぎるステップに靴は擦り切れ、指先までなくなっている。不思議と痛みはないそうだが、もう歩けないと嘆く若者をエルフ達は言葉巧みに妖精の国へ誘う。そこから帰ってきた者は未だかつて見ていない。
口元を引き締めてこっくりと頷いたテュールに、忘れるなよ、と念を押し、ひょいと抱き上げる。その瞬間響いた悲鳴が耳に刺さり、危うく取り落としそうになった。
「耳元で大きな声を出すな。何に驚いた?」
「なっ、なっ、何って!あなたの行動に決まっているでしょう!急にこんな……お、下ろして下さい!」
「ここのネトルはお前の背丈より高い。顔を刺されたいのか?」
「うっ……そういう訳でしたか……。……申し訳ありませんが、よろしくお願いします……」
テュールは必死に思案していたが良い代案は思いつかなかったようで、どこか悔しげにも見える表情で体を預けてきた。
「おまえの事は気安く思うようになってきていたが、急に出すその声は好かん」
頬を上気させたテュールは何か言いたげな顔で彼の事を見たが、大人しく口を閉じていた。抱き上げたまま、片手を使ってテュールが羽織っているマントで彼女自身をしっかりくるみこむ。その白い肌を全て隠してからネトルの茂みに足を踏み入れた。服さえ着ていれば、その棘に刺される事はない。
エルフ達は来客があるとわかっている時以外は、里への入り口をこの葉で守っている。この毒に刺されたのは、狼に追われて怪我を負って倒れたジャンをここへ運んだ時だ。当時はろくな衣服を纏っていなかったせいで、露出していた手足と顔をその棘に晒してしまった。満身創痍で寝ぐらに帰り着くと、姉はすぐに薬草を塗ってくれたが、全身を苛む鋭い痛みと熱は一昼夜続いた。しかしその痛みよりも彼の胸を苦しめたのは、いつも感情を表に出さない姉が初めて見せた、泣きそうな顔であった。その記憶は未だ薄れず、ここを訪れる度、心に一滴の苦さを落とす。
「ありがとうございました……」
数十歩程進み、岩の前でテュールを下ろしてやると、俯いたまま消え入りそうな声で礼を言った。その耳と首筋が赤くなっているのを見ながら告げる。
「礼には及ばん。しかし次に大きい声を出す時は先に言え」
「っ!」
テュールは反論しようと口を開いたが、彼はそれを気に止めずに足を進め、門をくぐった。外側の静けさが嘘のように岩の内側ではにぎやかな音楽が辺りに響いており、華やいだ声が頭上からわっと降り注いだ。




