第7部 ゲームらしさ
直人が出ていったあと、視聴覚室には五人が残された。
画面では、百問になった『WORD RUSH』のタイトルが光っている。
誰も早押しキーへ手を戻さなかった。
「俺が悪いみたいになってるけど、問題が少ないと言ったのは俺だけじゃないからな」
陽斗が沈黙を破った。
「テストプレイした人たちも、問題を増やしてほしいと言っていた。玲だって、多い方が英語ゲームとしていいと言っただろ」
「言った」
玲は否定しなかった。
「でも、百問あれば内容を確認するのも百問分必要になる。今の状態では、英単語と絵が合っていない問題もある」
「それなら直せばいい」
「締め切りまで六日で?」
玲が問題一覧を開いた。
「一問につき、絵が六段階。全部で六百枚だ。そのうえ、正解と三つの選択肢も確認する。間違いを見つけたら画像を作り直して、もう一度確認する。数分で作れることと、数分で完成することは違う」
陽斗は言葉に詰まった。
橘がノートパソコンを自分の方へ引き寄せた。
「どちらがいいか、数字で比べる」
「数字?」
「今の百問版と、直人の三十問版を同じ回数だけ遊ぶ。何段階目で正解されたか、誤答が何回あったかを記録する」
橘は手描き版のフォルダを開き、別の試作品を作った。
一つは、百問のAI版。
もう一つは、三十問の手描き版。
五人は、それぞれを三回ずつ遊んだ。
最初にAI版を起動する。
一段階目には、物の特徴的な部分が表示されることが多かった。
象なら長い鼻。キリンなら茶色い模様。飛行機なら翼。ピアノなら白と黒の鍵盤。
選択肢を見れば、すぐに答えが分かる。
十五問中、十一問が二段階目までに正解された。誤答は二回だけだった。
次に手描き版を起動する。
直人のelephantは、最初に背中の曲線が表示された。その段階では、選択肢にあるhippoにも見える。次に太い足が現れ、三段階目で大きな耳が加わる。長い鼻が出るのは五段階目だった。
分かったと思っても、すぐには押せない。
ほかの誰かが押しそうになると、確信がないまま指が動く。
十五問のうち、二段階目までに正解されたのは三問。多くは三段階目か四段階目まで続き、誤答は七回あった。
「手描き版の方が間違いが多いじゃないか」
陽斗が言った。
「でも、得点差はこっちの方が大きい」
橘は二つの結果を並べた。
AI版では全員がほぼ同じ段階で正解し、得点も似た数字になっていた。
手描き版では、危険を承知で早く押した者と、確実になるまで待った者で得点が分かれた。英単語が分かっていても、押すタイミングを誤れば負ける。
「AI版は、答えが分かった人が一番早く押すゲームだ」
橘が言った。
「手描き版は、答えが分かる前に押すかどうかを考えるゲームになっている」
湊は最初のumbrellaを思い出した。
曲がった線だけでは、クラゲにもキノコにも見えた。次の線が加わった瞬間、それまで意味のなかった形が傘へ変わる。
その変化を待つ時間が、『WORD RUSH』の面白さだった。
百問のAI版には、きれいな答えが並んでいる。
だが、答えへたどり着くまでの迷いがなかった。
「問題が百問あっても、全部同じように二段階目で分かるなら、何回やっても同じだ」
響が言った。
「直人の問題は三十問しかないけど、一問ごとに押す場所が違った」
玲も手描き版の問題一覧を見る。
「選択肢との組み合わせまで考えてある。同じcatの絵でも、選択肢がdog、rabbit、foxなら早い段階では迷う。fish、bird、elephantなら、もっと早くcatだと分かる」
湊はその言葉で顔を上げた。
「選択肢を変えればいい」
「何が?」
「同じ絵でも、毎回同じ選択肢を出さなくていいんだ」
湊はホワイトボードの前へ立った。
catの横に、二種類の選択肢を書いた。
一つ目は、dog、rabbit、fox。
二つ目は、lion、tiger、cheetah。
「一つ目なら、四本足の動物だと分かっても答えを決められない。二つ目なら、小さな体だと分かった時点でcatに絞れる。同じ絵でも、選択肢によって押すタイミングが変わる」
「三組ずつ作れば、三十問で九十通りか」
陽斗が計算した。
その声には、先ほどまでの強さがなかった。
「絵の表示順も変えられないか?」
響が尋ねる。
「直人の元データが、部分ごとに分かれていればできる」
橘が答えた。
直人は、絵へ線や色を加えるたびに別の層へ分けて保存していた。
背中、足、尻尾、顔、耳、目。
通常は決められた順番で表示しているが、層の順番を入れ替えれば、同じ猫でも別の部分から描き始められる。
「全部を無作為にすると、最初に答えが出ることもある」
玲が言った。
「だから、一つの絵につき三種類だけ用意する。ゲームとして成立する順番を人が選ぶ」
橘はホワイトボードへ条件を書き始めた。
表示順は三種類。
選択肢も三種類。
難易度によって、一段階ごとの時間を変える。
さらに難しい設定では、早押しボタンを押すまで選択肢を隠す。絵だけを見て答えを考え、回答権を取ったあとに四つの英単語から選ぶ。
新しい絵を増やさなくても、遊ぶたびに条件が変わる。
「これなら、問題を増やすより早い」
橘が言った。
「直人が戻ってくればな」
響の一言で、全員が黙った。
湊は陽斗を見る。
「手描き版に戻す」
陽斗はすぐには答えなかった。
「百問を捨てるのか?」
「このまま出したら、問題数は多くても、俺たちが作ったゲームじゃなくなる」
「俺だって、遊んでもらうために増やしたんだ」
「分かってる。だから陽斗が全部悪いとは言わない」
湊は自分の手を見た。
「昨日、俺が決めなかったのが悪かった。どっちも傷つけたくなくて、明日に延ばした。結果として、陽斗一人に決めさせた」
「一人で決めろなんて頼んでない」
「それでも、今は俺が決める。三十問の手描き版で出す」
陽斗はしばらくタイトル画面を見ていた。
右下には、「100 WORDS」と表示されている。
「校内選考で、問題が少ないと言われても知らないからな」
「そのときは、六人で責任を取る」
陽斗は百問版を閉じた。
「宣伝文句も作り直しだ。『収録百問』が一番分かりやすかったのに」
「『三十枚の絵から九十通りの問題』は?」
響が提案する。
陽斗は少し考えた。
「百問よりは弱い。でも、嘘ではないな」
「その言い方、戻る気になってるだろ」
「直人が戻ってきたらの話だ」
翌日の放課後、直人は視聴覚室に来なかった。
メッセージを送っても、既読がつくだけで返事はない。
湊は校内を探し、最後に自分たちの教室へ戻った。
直人は窓際の席に一人で座っていた。
ノートは開いていたが、何も描かれていない。
「視聴覚室、来ないのか?」
湊が尋ねる。
「もう五人で作ればいいだろ」
「手描き版に戻した」
直人は顔を上げた。
「陽斗が納得したのか?」
「完全にはしてない。でも、AI版と両方遊んで比べた」
湊は橘がまとめた結果を机に置いた。
「AI版は答えがすぐ分かる。問題数は多いけど、押すタイミングで迷わない。お前の絵は、どの段階で押すか迷う。それで得点も変わる」
「AIの指示を変えれば作れるんじゃないか?」
「作れるかもしれない。でも、六百枚を確認して直す時間はない。それに、今ある三十問はもうゲームになってる」
直人は結果の紙を見た。
「俺の絵が上手いから戻したい、って話じゃないんだな」
「上手いかどうかは、俺には分からない」
「そこは嘘でも上手いって言えよ」
「でも、お前がどの線をいつ見せるか考えたから、早押しゲームになった。それは分かった」
湊は頭を下げた。
「昨日、止められなくて悪かった。俺が決めなかったせいだ」
直人は何も答えなかった。
「戻ってきてくれ」
「絵のデータは残ってるんだろ。俺がいなくても使える」
「使うだけならできる。でも、表示する順番を増やしたい」
湊は、三十問を繰り返し遊べるようにする案を説明した。
一つの絵を三種類の順番で表示する。選択肢も変える。難易度によって表示速度を変え、選択肢を隠す設定も作る。
直人は途中で何度か質問した。
「猫の耳を先に出したら、一発で分かるぞ」
「だから、使える順番を三つだけ選んでほしい」
「象の鼻も最初には出せない」
「そこもお前が決める」
「結局、俺の仕事が増えるじゃないか」
「新しい絵は描かなくていい。並べ替えるだけだ」
「三十問全部?」
「……できる範囲で」
直人は小さく笑った。
湊は、直人の向かいの席へ座った。
「問題数を増やすために絵を捨てるんじゃない。直人の絵を、何度も遊べるゲームにしたい」
しばらくして、直人は白紙だったノートを閉じた。
「一つだけ条件がある」
「何だ?」
「新しい絵は、もう描かない。手が痛い」
「分かった」
「徹夜もしない」
「分かった」
「あと、陽斗から謝らせろ」
「それは自分で言えよ」
「お前、全体をまとめる担当だろ」
直人は鞄を持って立ち上がった。
二人が視聴覚室へ入ると、陽斗はすぐに席を立った。
直人と陽斗は、しばらく向かい合った。
先に口を開いたのは陽斗だった。
「勝手に差し替えて悪かった」
「三十問じゃ足りないと思ったことは?」
「今でも足りないと思ってる」
「そこは変わらないのかよ」
「でも、お前の絵を消していい理由にはならない」
直人は少しだけ考え、手を差し出した。
「次に勝手に変えたら、パソコンごと窓から捨てる」
陽斗はその手を握った。
「橘のパソコンだけどな」
「俺のを捨てるな」
橘の声に、久しぶりに六人全員が笑った。
締め切りまで、あと四日。
橘は、絵の層を指定した順番で表示できるようにプログラムを作り直した。
直人は一問につき三種類の表示順を選んだ。
玲は、それぞれの順番で難しさが変わるよう、三組の選択肢を用意した。
響は、難易度ごとに開始音を変えた。速い設定では、短く鋭い音が鳴る。
陽斗は紹介資料から「百問収録」という文字を消した。
代わりに、新しい言葉を入れた。
『三十枚のイラストから生まれる、九十通りの早押し問題』
湊は、完成した問題を一つずつ遊んだ。
表示順がおかしいもの、選択肢が簡単すぎるもの、最後まで見ても答えが分かりにくいものを一覧にし、全員へ伝えた。
締め切り前日の夜。
最後の修正が終わった。
六人は、完成版の『WORD RUSH』を起動した。
問題はcat。
一段階目で、直人が描いた細長い尻尾が表示される。
選択肢はまだ見えない。
陽斗が早押しする。
初めて遊んだときならcatを選んでいたはずだった。しかし、回答権を取ったあとに表示された選択肢は、cat、monkey、squirrel、fox。
尻尾だけでは決められない。
五秒が過ぎ、陽斗は回答権を失った。
二段階目では、小さな足が加わった。
響が押してsquirrelを選び、不正解。
三段階目で背中の曲線が現れた瞬間、湊と玲が同時にキーを押した。
湊の名前が赤く光る。
catを選ぶと、正解音が鳴った。
「同じ絵なのに、前と全然違う」
響が言った。
「問題数は三十問だけどな」
陽斗はそう言いながら、再戦ボタンを押した。
次に出てきたcatは、耳ではなく、丸い背中から描き始められた。
六人は再び、早押しキーへ指を置いた。




