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WORD RUSH  作者: こめい
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8/8

第8部 コンテスト当日

締め切り当日。


六人は、放課後の視聴覚室で最後の確認をしていた。


橘がゲームを最初から起動し、三十問すべてを順番に表示する。玲は英単語と選択肢を確認し、直人は絵の表示順を見る。響は効果音の音量を調整し、陽斗は応募資料の文章を読み直した。


湊は確認表を持ち、終わった項目に印をつけていく。


「cat、問題なし」


「bridgeも大丈夫」


「elephantの二つ目の表示、少し長くないか?」


響が尋ねる。


「今から変えるな」


橘が即座に止めた。


「一秒直すだけだろ」


「その一秒を直して、ほかの場所が動かなくなったらどうする」


「音の長さでプログラムが壊れるのか?」


「壊れなくても、今は触らない」


以前なら、湊も最後に何か追加しようとしていたはずだった。


しかし今は、確認表の最後の欄に印をつけた。


「これで完成にしよう」


橘が応募用のファイルを送信する。


画面に「提出が完了しました」と表示された。


誰もすぐには話さなかった。


まだ直す場所があるような気がする。


何かを忘れているような気もする。


「本当に終わったのか?」


直人が尋ねた。


「終わった」


橘が答える。


「じゃあ、もう絵を描かなくていいんだな」


「頼まれても描かないって言ってただろ」


「終わったと思ったら、一枚ぐらい描きたくなってきた」


直人がそう言うと、六人は笑った。


一週間後、『WORD RUSH』は校内選考を通過した。


全国の最終審査へ進めるのは、学校から一作品だけだった。


結果を伝えた英語教師は、湊を見て不思議そうに言った。


「朝倉が英語ゲームを作るとは思わなかったな」


「俺も思ってませんでした」


「これを作って、少しは単語を覚えたのか?」


「三十個は覚えました」


「少ないな」


その日の放課後、六人は視聴覚室で小さな祝勝会をした。


しかし、陽斗だけはすぐに発表資料を開いた。


「喜ぶのはまだ早い。全国では、ゲームを遊んでもらうだけじゃない。五分間で作品を説明して、そのあと審査員から質問される」


「説明は陽斗に任せる」


響が菓子の袋を開けながら言う。


「俺一人の作品じゃない。全員が話す」


陽斗は六人分の役割を決めた。


湊は、ゲームを作ろうと思ったきっかけ。


橘は、早押しと表示方法の仕組み。


玲は、英単語と選択肢の作り方。


直人は、イラストを少しずつ見せる理由。


響は、効果音について。


陽斗は、全体の進行とテストプレイの結果を説明する。


最終審査までの三週間、六人は発表の練習を続けた。


陽斗は、一人が話す時間を秒単位で測った。湊が予定にない話を始めると止め、橘の説明が難しすぎると書き直させた。


「『入力された信号を時間情報と一緒に記録する』じゃなくて、『誰が先に押したかを判定する』でいい」


「意味は同じだ」


「聞く人に伝わらなければ、同じじゃない」


直人は、三十問の制作過程が分かるように、一枚の絵を六段階に分けた資料を作った。


玲は、同じcatの絵でも、選択肢によって難しさが変わる例を用意した。


そして最終審査の日を迎えた。


会場は、大きな展示ホールだった。


全国から選ばれた十二組が、それぞれの作品を展示している。


受付を終えた六人は、ほかのチームの作品を見て回った。


カメラに映った手話を文章へ変換するアプリ。


町の歴史を体験できる仮想現実のゲーム。


人工知能と英会話ができ、発音まで採点してくれる学習アプリ。


数学の問題を撮影すると、途中の考え方を段階的に教えてくれる教材。


どの作品も、紹介画面から完成度が高かった。


「英会話のやつ、収録例文が千二百だって」


響が紹介文を読む。


陽斗は黙って、自分たちの展示にある「三十枚のイラスト」という文字を見た。


「今から百問に戻すか?」


湊が冗談で尋ねる。


「戻せるわけないだろ」


「戻したそうな顔してたぞ」


「三十問で勝つ方法を考えてるだけだ」


直人が陽斗の背中を軽くたたいた。


「また俺の絵を消すなよ」


「本番会場でどうやって消すんだよ」


発表の順番は八番目だった。


舞台の横で待つ間、湊はほかのチームの発表を聞いていた。


専門的な言葉が次々に出てくる。利用者への調査、精度の検証、将来の事業化。


自分たちのゲームが急に小さく見えた。


「なあ」


湊は隣の陽斗へ声をかけた。


「三十問しかないこと、やっぱり突っ込まれるよな」


「絶対に聞かれる」


「何て答える?」


陽斗は発表用のカードを整えた。


「そのために、ここまで来たんだろ」


チーム名が呼ばれた。


六人は舞台へ上がった。


大きな画面に『WORD RUSH』のタイトルが表示される。


客席の前方には、五人の審査員が座っていた。


陽斗が一歩前へ出る。


「私たちは、イラストから英単語を当てる早押しゲーム『WORD RUSH』を制作しました」


次に湊がマイクを持った。


「きっかけは、僕が英語のテストで三十二点を取ったことです」


客席から小さな笑いが起こる。


「単語帳は覚えられないのに、ゲームの道具や敵の名前は覚えられました。それなら、英単語もゲームにすれば覚えられるんじゃないかと思いました」


画面に、最初の企画書が表示された。


オンライン対戦、リスニング、スペル入力、キャラクター育成、ランキング。


そのすべてに、大きな赤いバツ印がついている。


「最初は、いろいろな機能を入れようとしました。でも、一つも完成しませんでした。そこで、それらを全部やめて、イラストから単語を当てるゲームだけを作りました」


橘が実際の画面を操作する。


一段階目の絵が表示され、二秒ごとに新しい線が加わっていく。


「プレイヤーは、答えが分かったと思った時点でボタンを押します。最初に押した人だけが、画面上の四つの英単語から答えを選べます。早い段階で正解するほど高得点ですが、間違えるとその問題には答えられません」


玲が、二種類の選択肢を画面へ出した。


「同じ絵でも、選択肢によって難しさが変わります。似ていない単語を並べれば、早く正解できます。似た物を表す単語を並べれば、絵が完成するまで判断できません」


続いて、直人がumbrellaの制作過程を見せた。


最初は意味の分からない曲線。それが少しずつ増え、最後に風で裏返った傘になる。


「イラストは、きれいな完成図を描くだけではありません。どの部分を最初に見せれば迷うのか、どの段階で答えに気づくのかを考えて、表示する順番を決めました」


響は、正解、不正解、早押しの効果音を順番に鳴らした。


「音を長くすると、次の問題を考える邪魔になります。短すぎると、正解した感覚がありません。遊ぶ流れを止めない長さに調整しました」


最後に陽斗が、テストプレイの結果を示した。


「完成版のイラストは三十枚です。しかし、一つの絵に三種類の表示順を用意しました。選択肢と表示速度も変化するため、同じ絵でも答えるタイミングは毎回同じではありません」


五分間の発表が終わった。


審査員の一人が手を挙げる。


「発表の中で、イラストは三十枚とありました。学習アプリとしては少ないと思いますが、なぜ問題を増やさなかったのでしょうか」


予想していた質問だった。


それでも、六人の間に緊張が走った。


陽斗がマイクを持った。


「一度は、生成AIを使って百問まで増やしました」


審査員が顔を上げる。


「AIのイラストは、短時間で大量に作ることができました。線もきれいで、画風も統一されていました。しかし、特徴的な部分が最初から表示される問題が多く、ほとんどが二段階目までに正解されました」


画面に、AI版と手描き版の結果が並ぶ。


「百問のAI版は、分かった人が素早く押すだけのゲームになりました。三十問の手描き版では、間違える危険を承知で押すか、確実になるまで待つかという駆け引きが生まれました」


陽斗は一度、直人を見た。


「問題数を増やすことも必要です。でも、私たちは今回、百個の素材より、三十個のゲームとして設計された問題を選びました」


別の審査員が尋ねる。


「将来、問題を増やす場合も、すべて手作業で作るのですか?」


今度は直人が答えた。


「AIを使わないと決めたわけではありません。完成した絵を作る部分には使えると思います。ただ、どの線をいつ見せるかは、実際に遊んで確かめる必要があります。人が作ったかAIが作ったかより、早押し問題として設計されているかが大切だと考えています」


審査員はうなずき、何かを記録した。


発表が終わると、六人はそろって頭を下げた。


舞台から降りた瞬間、湊は大きく息を吐いた。


「終わった」


「まだ体験展示がある」


陽斗が言う。


「少しくらい休ませろよ」


午後の体験展示では、来場者が自由に作品を遊ぶことができた。


開場してすぐ、多くの人が仮想現実の展示や、人工知能を使った英会話アプリへ向かった。


『WORD RUSH』の前には、誰も来なかった。


六人は展示台の後ろに並び、通り過ぎる人を見ていた。


「画面が地味なんじゃないか?」


陽斗が紹介パネルの位置を直す。


「今さら言うなよ」


十分ほどして、二人の男子高校生が足を止めた。


「これ、対戦できるの?」


「二人から六人まで遊べます」


陽斗がすぐに説明する。


二人はキーボードの前へ座った。


早押し用のキーには、直人が作った赤と青のシールが貼られている。


第一問が始まった。


選択肢はまだ表示されない。


画面に、茶色い小さな曲線が現れる。


二人とも押さない。


二段階目で、その曲線の下に二本の細い線が加わった。


赤のプレイヤーが早押しする。


選択肢は、horse、camel、deer、cow。


赤のプレイヤーはhorseを選んだ。


不正解音が鳴る。


「やっぱりcamelか」


青のプレイヤーは、次の段階で現れた背中のこぶを見てボタンを押した。


camelを選び、正解音が鳴る。


二問目では、赤のプレイヤーが一段階目で正解し、六点を取った。


三問目では、二人がほぼ同時に押し、赤い名前が先に光った。


「今の俺だろ!」


「画面ではこっちが先だから」


二人のやり取りを見て、通りかかった別の生徒が足を止めた。


空いていたキーへ指を置き、三人目として参加する。


その次には四人目が加わった。


一回の対戦が終わるころには、展示の前に順番を待つ人が並んでいた。


遊び終わった人も、すぐには離れなかった。後ろから画面を見ながら、どの段階で押すべきかを考えている。


同じumbrellaの問題が出ても、表示される線の順番と選択肢が前回とは違う。


一度遊んだ生徒が早く押しすぎ、mushroomを選んで間違えた。


「覚えたはずなのに」


悔しそうに言いながら、再び列の後ろへ並ぶ。


「本当に、もう一回遊んでる」


湊が言った。


陽斗は、列の人数を数えていた。


「十三人待ち。説明は一分以内にした方がいいな」


「今も大会のことしか考えてないのか?」


「違う。早く回さないと、休憩時間が終わるだろ」


直人は、自分が描いた絵が大きな画面で少しずつ完成していく様子を見ていた。


以前のテストプレイとは違い、今いる人たちは誰も答えを知らない。


意味の分からなかった線が、動物や道具に変わるたび、プレイヤーの指が動く。


橘は早押し判定が一度も止まっていないことを確認し、響は周囲が騒がしくても正解音が聞こえるよう、音量を少しだけ上げた。


玲は遊び終わった生徒から、知らなかった単語を聞かれていた。


六人が作ったものを、それぞれが自分の場所から支えていた。


夕方、表彰式が始まった。


最優秀賞に選ばれたのは、人工知能と英会話ができる学習アプリだった。


高い発音判定の精度と、千を超える例文が評価された。


作品名を聞いた陽斗が、小さく息を吐く。


「やっぱり、あれか」


技術賞、デザイン賞、教育賞と発表が続く。


『WORD RUSH』の名前は呼ばれなかった。


「まあ、全国まで来ただけでも十分だろ」


響が言った。


陽斗は返事をしなかった。


最後に、司会者がもう一枚の封筒を開いた。


「続いて、審査員特別賞です」


大きな画面に、一枚の描きかけのイラストが表示された。


風で裏返った傘だった。


「審査員特別賞は、『WORD RUSH』」


六人は一瞬、動けなかった。


「俺たちだぞ」


玲の声で、全員が立ち上がった。


舞台へ向かう途中、響が陽斗の背中を押す。


「早く行け。発表担当」


「六人で行くんだよ」


六人は横一列に並び、賞状を受け取った。


審査員は講評で、問題数や機能の多さではなく、限られた素材を早押しの駆け引きへ変えた点を評価したと話した。


体験展示で、年齢や英語力の違う参加者が同じ画面を囲み、繰り返し遊んでいたことも受賞理由の一つだった。


最優秀賞ではない。


それでも、六人のうち誰も不満を口にしなかった。


舞台の上から展示会場を見ると、『WORD RUSH』の前にはまだ人が並んでいた。


自分たちがいなくても、ゲームは遊ばれ続けていた。


## エピローグ


コンテストから一週間後。


英語の授業で、単語テストが返された。


「朝倉。六十四点」


答案を受け取った湊は、最初に点数を確認した。


以前の三十二点から、ちょうど二倍になっている。


満点には遠い。それでも、赤い数字を見て机に突っ伏すことはなかった。


「ゲームの効果か?」


教師が尋ねる。


「三十問しか入ってないので、そこだけは完璧です」


放課後、六人は再び視聴覚室に集まった。


全国大会が終わったあとも、『WORD RUSH』の制作は続いていた。


ホワイトボードには、新しい案が並んでいる。


スマートフォンへの対応。


一人用モード。


オンライン対戦。


リスニング問題。


キャラクター育成。


最初に作ろうとしていた機能が、再び増え始めていた。


橘はホワイトボードを見て、赤いマーカーを手に取った。


六人が身構える。


しかし、橘はすべてにバツ印をつける代わりに、スマートフォン対応だけを丸で囲んだ。


「まず、これを完成させる」


「オンライン対戦も一緒にできないか?」


湊が尋ねる。


「できない」


「リスニングは?」


「あとだ」


「育成は?」


「もっとあとだ」


直人が一枚の絵を机に置いた。


まだ途中までしか描かれていない。


細長い二本の線と、その間に並ぶ短い横線。


湊はすぐにladderだと分かったが、黙って早押しキーへ指を置いた。


ほかの五人も、自分のキーに手を伸ばす。


画面には、次の一枚が表示されようとしていた。


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