第6部 差し替え
翌朝、陽斗は誰よりも早く視聴覚室へ来ていた。
机の上にノートパソコンを置き、共有フォルダから『WORD RUSH』のデータを開く。
直人のイラストは、単語ごとに分けられていた。
「cat_1」から「cat_6」。
「bridge_1」から「bridge_6」。
ファイル名の最後にある数字が、表示される段階を表している。同じ名前の画像を同じ場所へ入れれば、ゲームのプログラムを変更しなくても絵だけを差し替えられる。
陽斗は直人の画像を「手描き版」というフォルダへ移した。
削除はしていない。
だから、いつでも元に戻せる。
そう自分に言い聞かせながら、AIで作った画像をゲームのフォルダへ入れていった。
三十問すべてを差し替え、さらに七十問を追加する。
三時間目の休み時間までかかって、収録問題数は百問になった。
放課後、湊たちが視聴覚室へ入ると、陽斗はすでにゲームを起動していた。
タイトル画面の右下に、「100 WORDS」と表示されている。
「百問?」
響が画面へ近づいた。
「もう入れたのか?」
「昨日の夜に画像を作って、今朝から追加した」
陽斗は少し誇らしそうに答えた。
湊は画面の数字を見た。
昨日まで三十だったものが、一日で百になっている。
「直人の絵と混ぜたのか?」
「いや。画風が途中で変わると、作りかけに見えるだろ。直人の三十問もAIで作り直した」
湊は陽斗を見た。
「話し合ってから決めるって言ったよな」
「だから、比べられるように実際の形にしたんだ。元の画像は残してある。すぐ戻せる」
「直人には?」
「まだ言ってない」
その言葉を聞いて、玲が顔をしかめた。
「先に見せた方がよかったんじゃないか」
「見せてから入れたら、反対するに決まってる。動いているものを見ないまま話しても、また何も決まらない」
橘は陽斗の隣へ座り、ゲームのデータを確認した。
「プログラムは触ってないな?」
「画像と問題一覧を追加しただけだ」
「英単語と正解番号は?」
「何度も確認した」
「何度も、というのは確認したことにならない。玲に見てもらえ」
「細かい修正はあとでやればいい。まず遊んでみよう」
陽斗は、六人分の名前から直人を除いた五人を選んだ。
「直人が来るまで待とう」
湊が言った。
「見せるなら、問題がないか確認してからの方がいいだろ」
そう言って、陽斗は自分の早押しキーに指を置いた。
響と玲も席に着く。
湊は迷ったが、ゲームの状態を確認するためだと考え、キーボードの前へ座った。
橘が開始ボタンを押す。
最初の問題が表示された。
選択肢は、fox、wolf、dog、cat。
一段階目で、橙色の太い線が現れた。
二段階目では、その線の先が白く塗られた。
陽斗がキーを押し、foxを選ぶ。
正解音が鳴った。
「簡単すぎないか?」
響が言った。
「最初の段階で尻尾が出ているからな」
玲は画面に完成したキツネを見ながら答えた。
「でも、早く答えられた方が気持ちいいだろ」
陽斗は得点欄を指す。第一段階で押したため、最高点の六点が入っていた。
次の問題はbicycleだった。
一段階目に車輪が一つ表示され、二段階目でもう一つの車輪が加わった。選択肢にはcar、train、airplaneが並んでいたため、二段階目で全員が答えに気づいた。
三問目はgiraffe。
黄色い長方形に茶色の模様がついた時点で、玲が正解した。
四問目はhamburger。
最初から丸いパンが表示され、間に肉が加わる前に湊が答えた。
百問あるため、見たことのない単語は次々と出てきた。
画面のイラストもきれいだった。線の太さや色がそろっており、タイトル画面から見ても、一つの製品としてまとまっている。
しかし、ほとんどの問題が二段階目までに正解された。
押すべきか待つべきか迷う場面がない。
分かった者が、ただ一番早くキーを押す。
「直人の問題と違うな」
響が言った。
「そりゃ、描いたのが違うからな」
「そういう意味じゃない。前は、分かったと思っても、違うかもしれないって迷っただろ」
「そのせいで不正解になる人が多かった。こっちの方が英単語は覚えやすい」
陽斗が答えた。
次の問題はturtleだった。
一段階目には緑色の楕円。二段階目では、その楕円が茶色い皿のような形に変わった。三段階目になると、再び緑色へ戻り、頭と四本の足が現れた。
画像を一枚ずつ別々に生成したため、段階が変わるたびに形や色がわずかに変化している。
「途中で別の絵になってる」
湊が言った。
「百問のうち、少しくらいは失敗もある。見つけたら作り直せばいい」
陽斗は問題番号をメモした。
玲は選択肢にも間違いを見つけた。
眼鏡の絵に対して、正解がglassesではなくsunglassesになっている。完成した絵のレンズは透明で、サングラスには見えなかった。
shipの問題では、完成した絵が小さな手こぎ舟だった。
「これはboatの方が近い」
「あとで直す」
「ほかの百問も全部確認しないと駄目だ」
「五人で分ければ、一人二十問だ。今日中にできる」
陽斗は問題一覧を開いた。
そのとき、視聴覚室の扉が開いた。
直人が入ってきた。
「もう始めてたのか」
直人はいつもの席へ鞄を置き、画面を見た。
ちょうど新しい問題が始まるところだった。
白い背景の中央に、整った青い曲線が表示される。
次の段階では、銀色の持ち手が加わった。
選択肢は、umbrella、mushroom、jellyfish、balloon。
響がumbrellaを選び、正解音が鳴る。
画面に完成したのは、まっすぐに開いた青い傘だった。
風で裏返った傘ではなかった。
直人は得点欄の下に表示された数字を見つめた。
「百問になってる」
誰もすぐには答えなかった。
「AIの問題を追加した」
陽斗が言った。
直人は画面へ近づいた。
「俺の絵は?」
「画風をそろえるために、いったん全部差し替えた。元のデータは残してある」
「全部?」
「手描きとAIが混ざっていたら、見た目が統一されない。コンテストに出すなら、こっちの方が完成品に見える」
陽斗はタイトル画面に戻った。
同じ太さの線、同じ色合い、同じ構図のイラストが、背景で次々に切り替わる。その横には「収録英単語100問」と大きく表示されていた。
「問題数も三倍以上になった。英語ゲームとしては、この方が——」
直人がノートパソコンを閉じた。
響の正解音が途中で切れた。
「何するんだよ」
陽斗が画面を開こうとすると、直人が手で押さえた。
「俺の絵を戻せ」
「元のデータは残してあるって言ってるだろ」
「そういうことじゃない」
「じゃあ、どういうことだよ。三十問じゃ足りないのは、お前も分かってただろ」
「だからって、勝手に全部変えていいわけないだろ」
「締め切りまで六日しかないんだぞ。話し合って、迷って、結局三十問のまま出すのか?」
「百問あれば何でもいいのか?」
「多い方がいいに決まってる」
陽斗の声も大きくなった。
直人は画面を開き、先ほどのturtleを表示した。
緑の楕円が茶色い皿へ変わり、また緑の亀になる。
「こんなの、絵が完成していくんじゃない。毎回、別の絵が出てるだけだ」
「そこは直せばいい」
次にfoxを表示する。
最初から特徴的な尻尾が描かれているため、ほかの選択肢を見るだけで答えが分かる。
「これも、最初の絵で答えが決まってる」
「簡単な問題があってもいいだろ」
「俺は、ただ絵を六枚描いてたんじゃない」
直人は、押さえていた手を離した。
「最初は別の物に見えて、途中で二つか三つまで絞れて、最後には絶対に正解が分かるようにしてた。どこで押すか迷うように、一枚ずつ考えて描いたんだ」
湊は、最初に遊んだcatの問題を思い出した。
猫の耳を早く見せると、catだとすぐに分かってしまう。だから直人は、特徴の少ない背中や尻尾から描き始めた。
ただ上手な絵を作っていたのではない。
六枚の間に、早押しの駆け引きを作っていた。
「でも、それでは三十問しか作れなかった」
陽斗が言った。
「このゲームには問題数が必要だ。テストした人も、みんなそう言ってた。直人の絵が悪いんじゃない。足りないんだよ。三十問で、誰が何度も遊ぶんだよ」
直人の表情が変わった。
陽斗も、言いすぎたと気づいたようだった。
「違う。お前を責めてるんじゃなくて——」
「分かってる」
直人は静かに答えた。
「俺よりAIの方が速い。線もきれいだし、何枚でも作れる。だったら、俺が残る理由もないだろ」
「直人」
湊が名前を呼ぶ。
直人は鞄を持った。
「待てよ。陽斗が勝手に変えただけだ。俺はまだ、こっちで出すなんて決めてない」
「昨日も決めなかっただろ」
その言葉に、湊は何も言えなくなった。
自分が決めることを先延ばしにしたから、陽斗は勝手に動いた。
「手描き版のフォルダは残ってる。好きに使っていい」
「お前がいないと直せないだろ」
「AIに頼めばいい」
直人は視聴覚室を出ていった。
湊が追いかけようとすると、廊下の向こうから予鈴が鳴った。直人の姿は階段の先へ消えていた。
室内には、五人だけが残された。
陽斗は再びノートパソコンを開いた。
画面には、百問の『WORD RUSH』が表示されている。
昨日より問題は七十問も増えていた。
イラストはきれいになり、色も統一されている。紹介画面に並べれば、三十問の手描き版より完成度が高く見えるかもしれない。
「続けるのか?」
響が尋ねた。
陽斗は早押しキーから手を離した。
誰も答えなかった。
画面の中では、次のイラストが二秒ごとに完成へ近づいていく。
一段階目。
二段階目。
三段階目。
それでも、五人のうち誰もボタンを押さなかった。




