第5部 三十問の壁
十問の『WORD RUSH』が完成した翌日、陽斗はさっそくテストプレイを企画した。
昼休みの視聴覚室に、同じクラスの生徒を集める。一度に遊べるのは六人までなので、希望者を三つの組に分けた。
「俺たちが作った英語の早押しゲームです。絵が少しずつ表示されるので、答えが分かったら自分のキーを押してください」
陽斗が説明すると、最初の六人がキーボードを囲んだ。
「英語のゲームって、勉強みたいなやつ?」
「四択だから、英語が苦手でも遊べる」
「一番得点が高かった人には、購買のパンをおごる」
「それ、俺たちが払うのか?」
湊が小声で尋ねると、陽斗は視線をそらした。
「宣伝費だ」
響の作った開始音が鳴り、第一問が始まった。
選択肢は、camera、clock、television、window。
画面には、黒い小さな丸だけが表示されている。
六人は様子を見ていたが、二段階目で丸の周囲に四角い線が加わると、二人が同時にキーを押した。
先に反応した生徒がcameraを選ぶ。
正解音が鳴ると、見ていた生徒から歓声が上がった。
次の問題では、絵がほとんど見えていないうちに押した生徒が間違えた。その直後に特徴的な部分が表示され、別の生徒が正解を取る。
「今押そうと思ったのに!」
「絶対、俺の方が分かるの早かったって!」
遊んでいる六人だけでなく、後ろで見ている生徒まで画面に向かって手を動かしていた。
一回目の対戦が終わると、すぐに次の組が席へ着いた。
湊は教室の後ろから、その様子を眺めていた。
自分たち以外の人間が『WORD RUSH』を遊んでいる。
何の説明もない絵を見て迷い、誰かが早押しすると悔しがり、不正解音が鳴ると笑う。それは、六人で遊んだときと同じだった。
「これなら、校内選考もいけるんじゃないか?」
湊が言うと、隣にいた橘も小さくうなずいた。
「少なくとも、ゲームにはなっている」
橘にしては十分な褒め言葉だった。
三組目の対戦が終わっても、生徒たちはすぐには帰らなかった。
「もう一回やっていい?」
最初に遊んだ六人が、再びキーボードを囲んだ。
陽斗が湊の肩をたたく。
「見ろよ。もう一回やりたいって言ってる」
二回目のゲームが始まった。
第一問。黒い丸が表示された瞬間、三人が一斉にキーを押した。
最初に押した生徒が、迷わずcameraを選ぶ。
正解だった。
第二問では、緑色の線が一本表示されただけでcactusが選ばれた。第三問のpenguinも、一段階目で正解された。
先ほどとは違い、誰も絵を見て考えていなかった。
どの問題が、どの順番で出るのか。最初にどんな線が表示されるのか。全員がすでに覚えていた。
十問のゲームは、一分もかからずに終わった。
「問題の順番、変えた方がいいんじゃない?」
参加していた生徒の一人が言った。
橘がすぐに設定を変更し、出題順を無作為にした。
しかし、三回目も結果は変わらなかった。
赤い三角形ならstrawberry。黒い楕円ならpenguin。曲がった細い線ならumbrella。
順番が変わっても、最初の絵を覚えられている。
「面白いけど、十問だとすぐ終わるな」
「もっと問題があったら、もう一回やりたい」
「百問ぐらい欲しくない?」
感想を書いてもらった紙には、同じ意見が並んでいた。
ゲームは面白い。
ただし、問題が少ない。
放課後、陽斗は十八人分の感想をホワイトボードにまとめた。
面白かったと答えた者は十五人。もう一度遊びたいと答えた者は十四人。そのうち十二人が、条件として「問題を増やしてほしい」と書いていた。
「十問では足りない」
陽斗が結論を言った。
「それは分かってる。最初から十問で完成とは思ってない」
湊は直人を見る。
「あと何問ぐらい描けそうだ?」
直人は少し考えた。
「締め切りまで二週間だろ。授業もあるし……一日二問として、二十問ぐらい」
「今の十問と合わせて三十問か」
「それ以上は無理だと思う」
一問につき、六段階の絵が必要になる。
ただ完成した絵を描くだけではない。どの部分を最初に見せるのか、どの段階で答えが分かるのかを考えながら、途中の画像を一枚ずつ保存する。
直人が一問を完成させるまで、早くても一時間近くかかっていた。
「三十問あれば十分じゃないか?」
響が言った。
「テストプレイでは、十問を三回遊んだら全部覚えられた。三十問でも、その三倍にしかならない」
陽斗は感想用紙を持ち上げた。
「一回遊んで終わるゲームにしたくないだろ」
「でも、描けないものは描けない」
「だから、今は三十問を作るしかない」
湊はそう言って話を終わらせた。
その日から、直人は毎日二問ずつ絵を増やした。
elephantでは、最初の段階で鼻を見せるとすぐ答えが分かってしまう。鼻を後回しにすると、途中まで別の動物にしか見えない。
airplaneでは、翼を出すタイミングを遅らせた。guitarでは、楽器の細い首を最初に描くと、baseball batと間違えるようにした。
玲が選択肢を調整し、湊が実際に遊んで難しさを確認する。分かりやすすぎる問題は、直人が最初から描き直した。
二十問目を超えたころから、直人は休み時間にも絵を描くようになった。
授業中はノートの端に構図を考え、昼休みには視聴覚室で画像を仕上げる。放課後も一人で残り、家へ帰ってから続きを描いた。
「右手、大丈夫か?」
湊が尋ねると、直人は手首を回した。
「ちょっと痛いだけ」
「今日は休んだ方がいいんじゃないか?」
「一日休んだら、二問減るだろ」
締め切りまで一週間となった日、三十問目のイラストが完成した。
最後に追加された単語はlionだった。
直人は六段階の画像を橘へ送り、机に突っ伏した。
「もう無理。しばらく何も描きたくない」
「お疲れ」
響が直人の前に紙パックのジュースを置いた。
橘が新しい画像をゲームへ追加する。画面の問題数表示が「30」に変わった。
湊はその数字を見て、ようやく安心した。
十問だったゲームが三十問になった。これなら、コンテストへ出しても恥ずかしくない。
しかし、陽斗はその数字を黙って見つめていた。
「三十問じゃ足りない」
直人がゆっくり顔を上げる。
「聞こえなかった。もう一回言ってみろ」
「お前が頑張ったのは分かってる。でも、三十問では少ない。テストプレイした十八人も、もっと増やしてほしいと書いている」
「だからって、これ以上どうしろっていうんだよ」
「直人に描けとは言ってない」
陽斗は自分のノートパソコンを開いた。
画面に、六枚のイラストが表示された。
最初は茶色い線だけ。次の絵では丸い輪郭が加わり、少しずつたてがみや耳が現れる。最後の一枚には、正面を向いたライオンが描かれていた。
直人が描いたlionとは別の絵だった。
線は整っており、色も鮮やかだった。どの段階も、同じ画風で統一されている。
「これ、誰が描いた?」
直人が尋ねた。
「AI」
部屋の空気が変わった。
陽斗は、画像を生成できるサービスに、単語と絵の条件を入力したのだと説明した。
白い背景。単純な形。六段階で少しずつ完成すること。高校生が見て意味を判断できること。
一度で成功するとは限らなかったが、何度か作り直せば、一問分の画像を数分で用意できた。
「これなら、残り一週間で百問まで増やせる」
「百問?」
「直人が作った三十問はそのまま使う。残りの七十問をAIで作ればいい」
直人は、画面のライオンを見つめた。
自分が一時間かけて描いたものよりも、線がきれいだった。しかも陽斗の話が本当なら、同じ時間で何枚も作れる。
「だったら、最初からそれでよかっただろ」
「最初は、こんな方法があると思わなかった」
「そうじゃない。俺が三十問描く前に言えって言ってるんだよ」
「直人の絵を消すとは言ってないだろ。足りない分を増やすだけだ」
「画面の中で、俺の絵とそれが交互に出てくるのか?」
直人の絵は、輪郭が少し歪んでいることもあった。表情も大げさで、物によって色の塗り方も違う。
一方、AIのイラストは、線の太さも色の明るさもそろっていた。
二つを混ぜれば、画風の違いは誰にでも分かる。
「それは……実際に入れてから調整すればいい」
陽斗が答える。
玲はAIのイラストを一枚ずつ確認した。
「最後の絵が正しくて、途中の段階もこちらで確認するなら、問題としては使えると思う」
「玲も賛成なのか?」
直人が尋ねた。
「三十問では、学べる単語も三十個だけだ。英語ゲームとして考えるなら、問題は多い方がいい」
「絵は何でもいいってことか」
「そうは言ってない」
「同じだろ」
響は何も言わなかった。
橘は陽斗のパソコンに表示された画像の名前を確認している。
「今と同じ形式で保存すれば、ゲームに入れることはできる」
「お前まで」
「できるかどうかを答えただけだ。入れるべきだとは言ってない」
全員の視線が湊へ集まった。
最初にゲームを作ろうと言い出したのは湊だった。作るものを一つに決めたのも湊だった。
ここでも、最後に決めるのは自分だと思われている。
直人の三十問には、六人で悩んだ時間が入っている。
だが、テストプレイで問題の少なさを指摘されたのも事実だった。百問になれば、初めて遊ぶ人だけでなく、何度も遊ぶ人にも楽しんでもらえる。
湊はどちらかを選べなかった。
「今日は決めない」
しばらく考えた末に、そう答えた。
「明日、全員でもう一度話そう」
「締め切りまで一週間しかないんだぞ」
陽斗が言う。
「だからこそ、勝手には決められない」
直人は何も言わず、机の上に置いていたペンを筆箱へ戻した。
帰り際、陽斗のノートパソコンがまだ開かれていた。
画面には、新しく作られたフォルダが二つ並んでいる。
一つは、直人が描いた三十問。
もう一つには、すでに百問分の英単語が並んでいた。




