第4部 小さな完成
次の日から、六人は十問だけのゲームを作り始めた。
最初に橘が用意した画面は、以前の四択ゲームよりもさらに簡単なものだった。
中央には大きな灰色の四角。その下には、英単語を表示するための四つの枠が並んでいる。画面の端には六人分の名前と得点欄があった。
「まだ絵がないから、ここは灰色にしてある」
橘が画面中央を指した。
「早押しはキーボードを使う。左から順番に、A、S、D、F、J、K。それぞれ自分のキーを決めろ」
「六人で一つのキーボードを使うのか?」
陽斗が聞く。
「試作品だからな。完成版のことは、試作品が面白かったら考える」
橘がゲームを開始すると、灰色の四角の中に数字の「1」が現れた。
二秒後、「2」に変わる。その後も、3、4、5、6と数字が切り替わっていった。
陽斗が自分のキーを押す。
画面が「4」で止まり、陽斗の名前が赤く光った。四つの選択肢のうち一つを数字キーで選ぶと、画面に「正解」と表示される。
「もう早押しの部分はできたのか?」
湊が尋ねた。
「絵が数字になっているだけで、仕組みは同じだ」
「やっぱり、お前すごいな」
「決めることが決まっていれば作れる」
橘は、前回のことを忘れていないようだった。
次は、灰色の数字を直人のイラストに置き換える作業だった。
直人は一問につき六枚の絵を用意した。正確には、別々の絵を六枚描くのではない。最初は一部分だけを描き、そこへ少しずつ線や色を加えていく。その途中の状態を一枚ずつ保存していく。
最初に選んだ単語は、catだった。
一段階目には三角形を一つ。二段階目にはもう一つ三角形を加える。三段階目で二つの目を描き、四段階目で顔の輪郭、五段階目でひげ、六段階目で猫の全身を完成させる。
「一段階目で分かるだろ」
響が言った。
「三角形だけで猫って分かるか?」
直人が聞き返す。
「選択肢がcat、dog、fish、rabbitなら、三角の耳がある時点でcatだろ」
玲も響に同意した。
「選択肢を見ながら答えるんだから、絵だけで考えたら駄目だ。ほかの三つにない特徴が見えた瞬間、答えが決まる」
直人は一段階目の三角形を消した。
「じゃあ、最初に何を描けばいいんだよ」
六人はしばらく考えた。
結局、最初に表示するのは背中の曲線になった。二段階目で尻尾、三段階目で足、四段階目で顔の輪郭、五段階目で耳、最後に目とひげを加える。
猫だと確実に分かる特徴を、あえて後ろへ回した。
しかし、実際に動かしてみると、今度は別の問題が起きた。
「dogでも正解じゃないか?」
三段階目まで見た陽斗が言った。
画面には、四本足で立つ動物の胴体しか描かれていない。catとdogのどちらにも見える。
「途中の絵なら、どっちにも見えていいんだよ」と湊は言った。「分からないのに押したら間違える。それが早押しだろ」
「でも、たまたま選んで正解するやつもいるぞ」
「それも含めて勝負じゃないか?」
今度は玲が首を振った。
「最後まで表示しても答えが曖昧なのは駄目だが、途中なら曖昧でもいいと思う。どこまで待てば確実になるかを考えるゲームなんだろ」
直人は完成した猫の顔に、長いひげを加えた。
「じゃあ、最後には絶対に分かる絵にする」
一枚の絵を作るだけでも、話し合うことは多かった。
玲は、正解と三つの不正解を選んだ。簡単すぎず、最後まで見れば必ず一つに決まる組み合わせにしなければならない。
bridgeの絵に対して、選択肢をbridge、river、road、stationにしたところ、湊が最後の絵を見てもroadを選んだ。
「橋の上に道路があるんだから、roadでも間違いじゃないだろ」
「正解は絵の中心にある物だ」
「そんなルール、初めて聞いたぞ」
玲は何も言わず、roadをtunnelに入れ替えた。
mouseでは、動物のネズミを描くのか、パソコンのマウスを描くのかで意見が割れた。
batなら、コウモリと野球のバットのどちらも同じ単語になる。絵がどちらでも正解はbatだと分かると、湊は一問で二種類の絵を出す案を思いついた。
「同じ英単語なのに、違う絵が出てくる問題も面白くないか?」
「今は十問を完成させる」
橘に止められ、湊は思いついた案をノートの端に書くだけにした。
響は、以前作った長い音楽をすべて閉じ、短い効果音を作り直した。
正解したときは、高く弾むような二つの音。不正解のときは、低く落ちる一つの音。早押しボタンが押された瞬間には、乾いた打撃音が鳴る。
「不正解の音、もう少し悔しくできないか?」
湊が頼むと、響は低い音をさらに長くした。
試しに鳴らすと、何か大きな物が崩れ落ちたような音が視聴覚室に響いた。
「世界が終わったみたいだな」と直人が言った。
「間違えるたびに世界が終わる英語ゲーム」
陽斗が笑う。
「それはそれで宣伝に使えそうだ」
結局、不正解音は最初の短いものに戻された。
陽斗は、完成した問題を一覧にまとめた。
cat、bridge、snake、strawberry、ladder、penguin、volcano、camera、cactus、umbrella。
同じ種類の単語ばかりにならないよう、動物、食べ物、道具、場所を分ける。初心者が知らない単語には、選択肢の横に小さく日本語の意味を出す機能も提案した。
「それだと答えが分かるだろ」と湊が言う。
「ゲームが終わったあとに表示するんだよ。正解を見せるだけじゃ、知らない単語は知らないままだ」
玲が少し驚いた顔で陽斗を見る。
「それは入れた方がいい」
「だろ?」
陽斗は得意そうに答えた。
湊は、作業の進み具合を確認し、必要なことを全員へ伝えた。
前の企画では、全体をまとめると言いながら、自分の思いつきを増やしていただけだった。今は、直人から受け取った画像を橘へ渡し、玲が直した選択肢を一覧にし、響の効果音を一問ずつ確認した。
自分にしかできない作業はなかった。
それでも、六人が作ったものをつなぐ仕事は必要だった。
作業を始めて七日目。
十問分のイラストが、すべてゲームに入った。
橘が最後の修正を終えると、六人は一つのキーボードを囲んだ。
「狭い」
玲が隣の響の手を押し戻す。
「そっちが場所を取りすぎなんだよ」
「自分のキー以外には触るな。押されたら判定される」
橘が注意する。
六人は、それぞれの早押しキーに指を置いた。
画面が暗くなり、響の作った短い開始音が鳴る。
『QUESTION 1』
四つの選択肢が表示された。
penguin、eagle、chicken、duck。
一段階目の絵には、黒い楕円が一つだけ描かれていた。
誰も押さない。
二段階目で、楕円の下に二本の短い足が加わる。
陽斗の指が動いたが、途中で止まった。
三段階目。胴体の中央が白く塗られる。
玲と陽斗がほとんど同時にキーを押した。
画面上で、玲の名前が赤く光る。
玲は数字キーの一を押し、penguinを選んだ。
高く弾むような正解音が鳴った。
「今、俺の方が早かっただろ」
「入力されたのは玲が先だ」
橘が冷静に告げる。
「判定がおかしいんじゃないか?」
「負けたやつは大体そう言う」
次の問題では、細い灰色の線が表示された瞬間、響がキーを押した。
選んだ答えはcameraだった。
低い不正解音が鳴り、響の名前が灰色になる。
「何であれがカメラなんだよ」と直人が笑う。
「早く押した方が高得点なんだろ」
「分からないのに押したら零点だ」
絵の続きが表示される。
灰色の線は次第に太い煙となり、その下に赤い山が現れた。
正解はvolcanoだった。
三問目はcactusだった。
緑の縦線だけが表示された段階で、玲が早押しした。しかし、選択肢にはtreeとbambooもあったため、答えを決められない。五秒の制限時間がなくなり、玲は回答権を失った。
次の段階で、緑の線から横向きの短い枝が伸びた。
湊はすぐにキーを押した。
cactusを選ぶと、正解音が鳴った。
「玲より先に正解した」
「英語力は関係ないだろ」
「英語ゲームで俺が勝ったんだから、英語力だよ」
四問目、五問目と進むうちに、六人は作った本人であることを忘れていった。
誰かがキーを押しそうになると、ほかの五人もつられて指を動かす。簡単な絵なのに、早く答えようとすると別の物に見える。不正解音が鳴るたびに笑いが起こり、正解した者はわずか数点の差で本気になって喜んだ。
最後の問題になった。
選択肢は、umbrella、mushroom、jellyfish、balloon。
一段階目には、曲がった細い線が一本だけ表示された。
誰も動かなかった。
二段階目で、その線の周囲に短い線が何本か加わる。
湊は、最初に直人から見せられた描きかけの絵を思い出した。
キーを押す。
湊の名前が赤く光り、絵の表示が止まった。
まだ傘には見えない。クラゲの足にも、壊れた何かにも見える。それでも湊は迷わずumbrellaを選んだ。
正解音が鳴った。
最後まで表示されたのは、風で裏返った傘だった。
十問が終わり、画面に順位が表示された。
一位は玲。二位は湊。最下位は、序盤で無理な早押しを繰り返した響だった。
「もう一回やろう」
最初に言ったのは、最下位の響だった。
「次は勝てる」
「問題を全部知っているだろ」
そう言いながら、陽斗も自分のキーへ指を戻した。
直人は、自分が描いた絵が画面の中で少しずつ完成していく様子を見ていた。橘は順位表示のずれを直しながら、ゲームを終了せずに再戦できるよう、新しいボタンを加えた。
湊はタイトル画面に戻った『WORD RUSH』を見つめた。
収録されている問題は、たった十問。
オンライン対戦も、育成機能も、長い物語もない。
それでも、今度は確かに遊ぶことができた。
六人が最初に作ろうとしていた巨大なゲームよりも、ずっと小さい。
そして初めて、それは企画書の中ではなく、画面の中に存在していた。




