第44話 もう一歩踏み出す
注文した品が届くのを待っている間は当然だが彼女と二人だけになる。
前世では社会人になってから一度だけ同期の女の子と食事に行ったことがあるが、あの時はとにかく喋らないといけないと思い必死だったっけ。沈黙が怖かったと言ってもいい。
でも朝陽奈さんといる時はそんなことは一切考えてない。自然体でいられるというか、素を見せられるというか、とにかく安心する。
無理しても絶対に長続きはしないし、そんなことをしてもきっといつかは疲れてしまうだろう。
だからカッコいいところを見せようという気持ちよりも、彼女に楽しんでもらえることを一番に考えている。
「今日はここで一日過ごそうと思ってるんだけど、それでいい? もし他に行きたい所があるなら遠慮なく言ってくれていいからさ」
「ありがとう。でも大丈夫よ。私はあなたと二人で居られるだけで満足だもの。だから場所なんて関係ないわ」
なんだか結構すごいことを言われたような気がする。でもそれって絶対に素じゃないよなぁ……。果たしてどうしたものか。
「あのさ、今日って何か雰囲気が違うように思えるんだけど俺の気のせいかな?」
「何言ってんの、そんなワケないじゃない。私はいつも通りよ。だから気のせいよ」
「そう? それならいいんだけど」
なんて平静を装ってはみたが、絶対いつも通りじゃないし。やっぱり口調が安定してない。
いや、待てよ。もしかすると今みたいな感じが朝陽奈さんの素だという可能性もあるんじゃないか?
つまり俺がいつも見てる彼女のキャラクターのほうが、ある意味では演技だということも。いや、でもなー。とてもそうだとは思えない。
店内を見回してみたが、まだ注文の品はやってきそうにない。もう少し話をしていようと話題を探していると、ふと彼女の隣に置かれているバッグが目にとまった。
白くてかわいらしいデザインのトートバッグで、デートの時はいつも持っている。
荷物を極力持ち歩かない俺からすれば、いったい何が入っているのかと不思議に思うが、きっと女の子には男では分からない何かがあるのだろう。
だから本当に何気なく、ただの会話の一つとして聞いてみることにした。
「そのバッグ何が入ってるの?」
「え? これの中!?」
なぜか慌て始める朝陽奈さん。そんなにおかしなことを聞いたつもりはないんだけどな。
「こ、これはね? あのっ、そのっ、いつでもいけるようにというか、備えというか……!」
この反応、いつもの朝陽奈さんで間違いない。マンガ風に言うなら、目がうず巻きみたいにぐるぐるしてるみたいな。きっとこっちが素なのだろう。やっぱり可愛いな。
「いけるようにってどういうこと?」
「いけるってのはそういう意味じゃなくて、遊びにいくって意味で、えっと、あとはどうしよう? ……う、うるさいわね!」
「なんで!?」
「ちょっ、ちょっとお花を買いに行ってくる……!」
彼女はそう言い残して席を立ってしまった。なぜだ! バッグの中身を聞いただけなのに。しかも忘れたのかしっかりとバッグを置いたまま行ってるし。だからって勝手に中を見るわけないけど。
あと『お花買い』を訂正するタイミングが意外と無いし!
「お待たせしましたー。こちら旬のフルーツパンケーキセットと旬のフルーツパフェセットです」
そしてこんなタイミングでさっきのギャル店員さんがやって来て、品物をテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
「彼女さんは席を外してるんですね」
「そうですね、ついさっき席を立ちました」
「そうなんですね。それにしても可愛い彼女さんですね!」
ギャル店員さんはそう言うと、どこか人懐っこい笑顔を見せてくれた。
まさか話しかけられるとは思ってなかったが、明るそうな人だからなのか自然と会話ができていた。
「ありがとうございます。なんだか俺まで嬉しくなりますね! 見た目もそうなんですけど、話し方や何気ない仕草が特に可愛くて好きなんですよ。もちろん性格もです」
「そっかそっかぁ。私はてっきり君が恥ずかしがるのかと思ったよ」
「恥ずかしいわけないですよ。あんないい子の彼氏になれたんだなって思うとむしろ誇らしいです。ちょっと大げさですかね? でも俺にとってはそのくらい嬉しいことなんですよ。だからこそ彼女のためなら何でもしたいっていうか、どうすれば喜んでくれるかなっていつも考えてるというか、とても語り尽くせませんがとにかく大切にしたいなって思ってます」
「めっちゃ喋るじゃん! でももし彼女さんがそれを聞いたら喜ぶだろうねー。それと君にその気持ちがあればきっとこれからも大丈夫。それは彼女さんにも伝わるはずだからね。ていうかもうめっちゃ伝わってると思うよ」
「はい。ありがとうございます……?」
こうしてギャル店員さんは去って行った。なんか後半タメ口だったけど全然気にならなかったな。
そういえば朝陽奈さんが俺の彼女だってどうして分かったんだろう。まぁ男女二人で来てたらカップルだって思うか。
それから入れ替わるようにして朝陽奈さんが戻って来た。
「ごめん、お待たせー。あ、もう届いてる」
「大丈夫、さっき来たばかりだから。さあ食べよう」
そして食べ始めること数分。朝陽奈さんが自分のパンケーキを一口大にしてフォークに突き刺し、それを俺に近づけてきた。
「はい、あーん」
「え?」
「はい、あーん」
「くれるの? ありがとう。でも自分で取るから大丈夫」
「はい、あーん」
これは食べないと無限ループになるやつだ。俺が口を開けると、パンケーキがズボッと押し込まれた。
「どう? おいしい?」
「美味い」
「そ、そう? 私……ボクが食べさせてあげたんだから当然よ! ただの気まぐれだから別にアンタのためじゃないんだからね! それに私に食べさせてもらえるなんて幸せ者ね。ボクに感謝しなさい。これからもずーっと一緒だからね……? ね?」
(なんだかいろんなキャラが適当に混ざったようなセリフだな……)
こうして多少おかしいとは思いつつも今日もデートが終わり、彼女の家の前まで帰って来た。時刻は午後七時。
「送ってくれてありがとう。それでね、階堂くん。今日の私、どうだった?」
「どうって?」
「変じゃなかったかな?」
これはやっぱり今日のおかしなキャラのことを言ってるんだろうな。それならここはやんわりと伝えよう。
「変じゃないけどいつもと違うかなーとは思った」
「バレちゃってたかぁ。やっぱり私には難しいよ」
「あれってどういう意味があったの?」
「えっと、どうすれば階堂くんが喜んでくれるかなって思ったの」
「それなら一緒にデートしてくれるだけで十分に嬉しいよ」
「ホント? でも……」
彼女の表情が曇る。いったい何故なんだと思ったが、前にここで不意にキスをされたことを思い出した。
(そうだ、あの時決めたじゃないか)
「もしかして今日いつもと違ったのは俺好みのキャラになろうとしてくれていたから?」
そう聞くと彼女は小さく頷いて口を開く。
「だって本当に好きだから。そして階堂くんにももっと私を好きになってもらいたくって……! だから少しでも理想に近づけたらなって思ったの。でも何が好きなのかわからなかったんだ……。だからもう全部やっちゃえって。でも私には向いてないみたい……」
胸が高鳴った。慣れないことをしてまで、そんなにも俺のことを想ってくれているなんて……!
何をやろうとしてくれたのかは関係ない。その気持ちが嬉しかったんだ。
「俺のためにありがとう。でも俺は今まで見てきた素の朝陽奈さんが一番好きなんだ。だからそのままでいてくれたら嬉しいな」
「ホント? 嬉しい。私、本当に嬉しいよ……!」
それは今まで見てきた中で一番の笑顔だった。それを見た瞬間、俺の中で彼女の存在が急激に大きくなり、思わず彼女を抱きしめた。
「ええぇっ!? 階堂くん!?」
それから少しすると、さすがに恥ずかしくなってきたので元の位置に戻る。
「今日はもう少し朝陽奈さんと一緒にいたいなって思ってるんだけど、ダメかな?」
「ううん、そんなことないよ」
「よかったら俺の家に来る?」
「いいの?」
「でもさすがに急すぎるか。準備とか必要だよね」
「それなら大丈夫だよ。もう準備してあるから」
彼女はそう言って、あの白いトートバッグを自信たっぷりに見せてきた。
「この中にはね、お泊まりセットが入ってるの」




