第41話 不意打ち
八月になり夏休みも中盤に差し掛かった。これでもし朝陽奈さんに彼女になってもらえてなかったら、俺は今ごろ時間を持て余していたに違いない。
実際に前世では夏休みに何をしてたのか、あまり思い出せない。たまに男友達と遊ぶくらいでほとんどは家で過ごしていたので、特に印象に残ることが無いと言ったほうがいいかもしれない。
でもこの世界で俺は朝陽奈さんと夏祭りに行ったという大切な思い出ができた。
そして今日もまた新しい思い出を作るため、彼女と過ごす。今日は彼女のほうから誘ってくれたんだ。
時刻は午後一時。待ち合わせはいつもの駅前広場。今日は平日なので道ゆく人々の中にはスーツ姿の人もいる。
そういえば俺も前世で社会人だった時は学生が羨ましいって思ったっけ。
目印となっているオブジェの前に行くと、すでに彼女が待ってくれていた。
黒いシャツにデニムショートパンツという姿で実に夏らしい。
いつも以上に胸の膨らみが目立ち、白くてスラっとした長い足の大部分が見えていることも相まって、改めてスタイルのよさが分かる。
きっとこれはゲームという二次元の世界では分からなかったことだろう。
「ごめん! 遅れた」
「大丈夫だいじょうぶ、まだ約束の二十分も前だよ」
「でも待たせてしまったからさ」
「それを言ったら同時に着かないといけなくなっちゃうよー。でもそれって一緒に住んでないと難しいよね。だからもう一緒に住んじゃう? なんてねっ!」
そう言って彼女が恥ずかしそうに笑う。冗談でもそんなことを言ってくれることが嬉しくて、しばらく言葉が出てこなかった。
「いつかそうなれるように俺、頑張るよ」
そしてようやく出てきた言葉を彼女に伝えた。
「うん! 私ももっと好きになってもらえるよう頑張るね」
それから歩き出そうとすると、左腕に温かな感触があった。彼女が腕を組んできたからだ。しかも両手で。
「ちょっ……朝陽奈さん?」
「何かな?」
「……いや、なんでもない」
言葉を飲み込んだ。ここで彼女を離す必要がどこにある? せっかく距離を縮めようとしてくれてるのに、俺がそれを断ってしまうのは違うと思った。
「フフッ、変な階堂くん!」
もしかしたら俺の高鳴る鼓動が伝わってしまってるかもしれないが、恥ずかしいとは思わない。俺の気持ちが彼女に伝わるのならそれもいいかと思った。
だが! 力加減はこれでいいのか? 完全に胸が当たってるんだけど。しかも横の部分がちょっと当たってるって感じじゃない。
言い方はどうかと思うが当たってる面積が広く、まるで正面から当たってるかのような感触がする。柔らかくて温かい。
「朝陽奈さん、ちょっと力加減を間違えてないかなー? このままだと歩きづらいかも?」
そう言って彼女を見ると、腕組みしてるのに顔と体は俺のほうを向いていた。
つまりホントに正面から当てていた。……そんなわけない、当たっていた。これはもはや『しがみつく』と言うべきなのでは……?
「だって腕組みしたいんだもん」
上目づかいでそんなこと言われたら好きになってしまうじゃないか。……あ、もう好きだから大丈夫なのか。
「とりあえず前を向いて歩こう」
「人生前向きにってことだね!」
そしてようやく歩き出したわけだが、彼女が肩にカバンをかけて両手で腕組みというのは変わらなかった。なので結局はずっと当たってる状態に。
気のせいかもしれないが、すれ違う男の何人かは朝陽奈さんを見てたような気がする。やっぱり美少女すぎて目立つのだろうか。
確かに俺だってたまたま見かけた女の子に対して、あの子かわいいとか思うことあるしな。
この日は彼女が行きたい所に行くというのがメインだが、一つの場所に長くとどまるわけじゃなく、いろんな場所を回ったためいつもより多く歩いたような気がする。
もちろんその間も当たったままだったので、気を紛らわせるため全然違うことでも考えようと思ったが、それは彼女に失礼だと考えた。
その結果、もう恋人同士なんだから全然おかしいことじゃないと素直に受け入れることに。
まぁそれはそれでいろいろと抑えるのが大変だったけど。
そして今日も楽しい一日を終えて、彼女の家の前に帰って来た。
「送ってくれてありがとう! 今日も楽しかったよ!」
彼女がそう言って笑ってくれる。俺はこの笑顔が見たいんだなと改めて思わせてくれた。
「こちらこそ誘ってくれてありがとう。俺も楽しかった。また連絡するよ」
そう言って彼女に背を向けようとする。
「あっ……! 待って!」
「どうした——」
本当は「どうしたの?」と言いたかったが、続きを言うことができなかった。
なぜなら唇に温かく柔らかな感触があったから。それはほんの数秒の出来事。
「じゃあまたね!」
俺が言葉を発する前に彼女は家の中へと入ってしまう。
全く想定していなかったことに、それがキスだと理解するのに少し時間がかかってしまった。
(もしかして待たせてしまってる……?)
そうだ、恋人同士になったんだから全然おかしいことじゃない。気がつくのが遅かった。
あまり慎重すぎるのも不安にさせてしまうかもしれないと思うと、彼女に申し訳ないなと思った。
【同日、階堂と別れた直後】
家の中に入った陽香は玄関ドアを閉めるなりドアにもたれかかり、ついさっきのことを思い返した。
(キス、しちゃった……。だって我慢できなかったんだもん)
そしてそのまま姉である詩恩の部屋に入る。
「おかえり陽香。楽しかった? ちゃんと当ててきた?」
「うん、今日も楽しかったよ! 私としては頑張ったんだけど、どうかなー? ちゃんと正面からも当てたし、階堂くんドキドキしてくれてたらいいな」
そして陽香は自分から階堂にキスをしたことを話した。
「やったわね! それで階堂君の反応はどうだったの?」
「なんだか恥ずかしくなっちゃって、顔を見ずに家に入っちゃった」
「そうかぁ。でもこれで一歩前進したわね! さぁ、次の段階に行こうじゃない」
「うん!」
「そうそう、思い出した。前に陽香に貸した本、部屋まで取りに行っていいかしら?」
「うん、わかった。……あ、やっぱりちょっと待ってもらえないかな?」
「どうしたの? もしかしてまだ読んでない?」
「ううん、読んだよ。でも、その……さっきキスしちゃったからとても落ち着かなくって……。だからちょっとだけ一人にしてもらえないかな?」
その言葉を聞いた詩恩は、どうやらすぐにその言葉の意味を理解したようだ。
「あっ……! そういうことね。姉妹とはいえ見られたら恥ずかしいものね。どれか小説持って行く?」
「ううん、一人でできるから大丈夫だよ。本、終わったら持って行くね」
こうして陽香は自室に戻った。そしてその間に詩恩は文月姉妹に連絡をしたのである。




