第37話 積み重なったざまぁ
「俺がいなくても平気ってどういうことだよ! 陽香!」
江並は俺に受け止められた拳を下げ、朝陽奈さんに向けて言い放つ。
「そのままの意味だよ。私はもう蓮二の後を追いかけない」
「俺がいないと何もできなかったくせに……!」
「私だってもう高校二年生なんだよ? これでも少しは大人になったと思ってるの」
彼女の言う通りだ。誰だって小さな子供の頃と比べると身体だけじゃなく、精神的にも成長しているはずだ。
いつまでも誰かに頼ってばかりではいられない。自分で考え、自分で行動する。
きっと彼女だってそれを分かっているに違いない。だから昔のようにある意味で江並に依存することをやめたのだろう。
「蓮二、安心してね。これからは私一人でも大丈夫だから。それに階堂くんもいてくれるから」
「階堂、てめぇ……!」
今度は俺かよと思ったが、彼女の代わりに怒りの矛先が俺に向けられるのなら、喜んで歓迎しよう。
「江並、言っておくが俺は何も悪いことをしてないからな。彼女に振り向いてもらえるよう頑張ってきただけだ」
「だがお前は俺と陽香が幼馴染だってことを知ってただろ!」
「確かに知ってたな。でもだからって付き合ってたわけじゃないよな?」
「だから幼馴染だって言ってんだろ!」
「付き合うことと幼馴染は何も関係ないじゃないか」
「俺だって陽香が好きなんだ!」
「そうだと言うならもっと真剣に朝陽奈さんと向き合って、彼女の気持ちに応えるべきだったんじゃないのか? お前は彼女の気持ちを知っていたはずだ。それにそれができるだけの時間だって十分にあっただろう」
江並が言っていたように、いつも朝陽奈さんがべったりとくっついてきていたのなら、もしかすると自分のことを好きなのかもと、多少なりとも思うだろう。
それが小学生までなら好きな子にワザと意地悪してしまうみたいな感覚で、照れ隠しからウザいと思うことだってあるかもしれない。
だが高校生にもなれば、そうも言っていられない。もしさっき江並が言ったように本当に好きだったというのならば、少しでも早く行動に移すべきだ。
なぜならいつまでも相手の気持ちが自分に向いている保証なんてどこにもないのだから。
「三人でお前の部屋でテスト勉強をした時に朝陽奈さんが言っていたよな、高校生になってからは全然遊んでなかったって。つまり少なくとも一年は何の進展もなかったということだ。朝陽奈さんが好きだと言うのなら、なぜそんなにも期間が空くんだ? そうしてるうちに彼氏ができることだって考えられるだろう?」
「陽香が俺以外の奴を好きになるなんてありえねえ」
「本当にその自信はどこから来てるんだ? そんなに自信があるのなら、むしろもっと早くアプローチしてるのが自然だと思うが。きっと朝陽奈さんはお前にアプローチする勇気が出なかったんだろう。もしかするとお前から来てくれるのを待っていたのかもな」
ここで初めて江並が少し顔を背けた。
「俺からすれば、高二になってからまるで思い出したかのように朝陽奈さんを遊びに誘った理由が分からない。……そういえば前にデカいから一度ヤッてみたいって言ってたよな?」
それは紛れもない事実。そんなこと思っているにしても口に出すようなことじゃない。
だが江並はそれを俺に聞かせた。そんな軽口を叩くということは、朝陽奈さんのことを軽く考えていたということだ。
「階堂てめぇ……! 陽香! 俺とこいつ、どっちを信じるんだ! もちろん俺だよな?」
俺と江並がそろって彼女のほうを見た。そして意外なほど早く、その答えが彼女の口から発せられる。
「私は階堂くんを信じるよ」
「陽香……? お前は俺よりもこんな嘘つき野郎を信じるっていうのか?」
「やっと分かったよ。蓮二が私の胸ばかり見てたのはそういうことだったんだね。やっぱり『私』を見てくれてたわけじゃなかったんだ……。デートに誘ってくれた時は本当に嬉しかったのに」
「違う! 俺は……!」
「もしもあの時、蓮二がきちんと『私』を見てくれていたら、やっぱり好きだなって思ってたよ」
「待て陽香! こいつは俺の悪口を言ったんだぞ? 俺の印象が悪くなるようなことを! そんな奴のことなんて信じるなよ!」
「だったらさっき蓮二が階堂くんに向けて言った『嘘つき野郎』って言葉はどうなの? 私はそれこそが悪口で言ってはいけないことだと思うよ。それに階堂くんは蓮二が言ってたことを私に伝えてくれただけじゃないかな」
「だからそれこそが階堂の性格が悪い証拠だろ!」
「それは違うよ。短い間だけど私は階堂くんがどういう人なのか知って、そしてきちんと『私』を見てくれてることが分かって、好きだなって思ったの」
「江並、俺は誠実に彼女に接してきたつもりだ。そしてそれが彼女に伝わってくれたんだと思ってる。俺は二年になってからという短い期間だったが、お前にはもっと多くの時間があった。もしお前が本当に朝陽奈さんのことが好きで、本心から思いやることができていたら、きっと違う結果になっていただろうな」
「また偉そうに言いやがって……!」
江並は言葉こそ強気だが、さっきまでの勢いを失っていた。
「俺のことはどうとでも思えばいい。だが一度離れた人の心はそう簡単には戻って来ない。彼女のことはもちろん、俺のことでさえも。お前にはクラス替え初日に話しかけてくれて今まで友達でいてくれた恩がある。だがもう友達とは思えない。でもお前なら俺がいないことくらいどうってことないよな。今までありがとう」
「蓮二、今まで一緒に遊んでくれてありがとう。これからはただのクラスメイトとしてよろしくお願いします」
敬語。これは地味に効くんじゃないだろうか。
江並は何も言わず、ただその場に立っているだけだ。その様子を見た俺は、もう戦う意思はないのだと判断して彼女と歩き出した。
それでも時々は振り返ってみたが追いかけてくる様子もなく、ひざから崩れ落ちていた。
きっと失ってからようやく朝陽奈さんの大切さが分かったのだろう。
それは何もせずとも「ずっと俺のことが好きなんだ」という江並の思い込み、傲慢さの積み重ねが招いたことに違いないのだ。




