第36話 人の心は単純じゃない
「江並、まさかここでずっと待ってたのか?」
「そんなワケあるかよ。ずっと探してたに決まってんだろ」
「探してたって、朝陽奈さんをか?」
「ああ。俺は陽香に用があるんだ。でもいくら連絡しても音沙汰なしだったからな。だがあの人混みだ、そう簡単には見つからなかった。だからここで待ってたってわけだ」
結局は待ち伏せってことか。今の江並が言うとまるでストーカーのように思えるな。実際そういった気質があるのかもしれない。
そういえば朝陽奈さん、今日は一度もスマホを取り出していないような気がする。
それはもしかすると、俺との夏祭りだけに集中してくれていたってことなのかもしれない。
「話なら俺も一緒に聞こう」
「階堂は引っ込んでろ。俺が話したいのは陽香だ。俺の誘いを断っておきながら他の男と一緒だなんてナメてんのか」
「あ……、それは、その……」
江並の乱暴な言葉づかいに朝陽奈さんは萎縮してしまった。
それでも周りの人々は俺達には目もくれず、続々と立ち去っていく。他人からすればただの雑談に見えるからだろう。
言葉づかいこそ乱暴だが、江並の声からは冷静さを感じる。それがかえって不気味さを際立たせているようで、俺は思わず身構える。
「なぁ江並、もう少し優しくできないか? 朝陽奈さんが怖がってるじゃないか」
「ああ? 十分優しくしてるだろ」
「もし本当にそうなら朝陽奈さんがこうなるわけないだろう」
「おい階堂。さっきからうるせえぞ。大体どうしてお前が陽香と一緒にいるんだ」
「俺から誘ったんだよ」
「はぁ? なんでお前が陽香なんかを誘ってんだよ」
「陽香なんかって……。いくらなんでもそれは酷いだろ。それに前に言ったことあるじゃないか。俺は朝陽奈さんに彼女になってほしかったんだよ」
「俺は駄目で階堂ならいいってどういうことだ、陽香!」
「うぅ……!」
さらに圧をかけられた朝陽奈さんは、ついには俯いて何も言えなくなってしまったようだ。
「落ち着けって。これ以上彼女を責めるようなら俺は見過ごせない」
「彼女だと? 陽香はお前の彼女でもなんでもねえだろ」
「いや、さっき俺は朝陽奈さんに告白した。そしてOKの返事をもらったんだよ。だから俺達は恋人同士だ」
「陽香、本当なのか?」
そう聞かれた彼女は小さく頷いた。だがそこに言葉はなく、いつもの明るい彼女からは全く想像ができないほどに弱々しい。
「陽香、お前は俺が好きなんだとばかり思ってたんだがな……!」
(一体その自信はどこから来てるんだ……?)
江並がその言葉を発した直後、今まで黙っていた朝陽奈さんが顔を上げて江並を見た。
その表情はさっきまでの弱々しいものとは違っており、まるで何か大事な決断をしたかのように凛とした強さを感じとった。
「確かに私は蓮二が好きだったよ。それはもう小さい頃から。だから私は少しでも一緒にいたくてずっとそばにいたの」
江並はその言葉を黙って聞いている。
「でも大きくなるにつれて段々と話す機会が減ってきたかもって思うと、寂しかったんだ。だから二年生になって蓮二からデートに誘われた時、すごく嬉しかったの」
そうだ。そしてその時に江並から執拗に家に入らないかと誘われて怖かったと言ってたな。
「でもね、久しぶりに会った蓮二はなんだか私の胸ばかり見てるなって思ったの。だから『私』を見てくれてないような気がしたんだ。そして家に入ってって何回も言われて、怖いなと思っちゃった」
「それはまた昔みたいに一緒に遊びたかったからだ!」
「それならもっと『私』を見てほしかったな」
「何言ってんだよ、意味わかんねえ……!」
「江並、お前は朝陽奈さんがいつまでもお前のことを好きでいるはずだと思ってたんじゃないか?」
前にこいつと話した時、朝陽奈さんについて「他の奴らがどうにかできるとは思えない」と言っていたのを思い出した。
それはつまり、朝陽奈さんの気持ちがいつまでも自分に向いていると思ってたということだ。人の心に対してそんな保証はどこにもないというのに。
「階堂、お前に何が分かる? 人の女を横取りしやがって」
「彼女を物みたいに言うのはやめろ! それに横取りじゃない。俺はきちんと告白をしてOKをもらったんだ。俺の気持ちが彼女に伝わったからだと思ってる。それとお前にも確認したじゃないか、朝陽奈さんのことをどう思ってるかって。もし両想いのようなら俺は二人を応援しようとすら思ってたんだ」
「そんなの今更どうとでも言えるだろうが! 俺は本気だったんだぞ!」
「本気だと言うならもっと優しく、ゆっくりと仲を深めることができたはずだ。人の心は何もしないで繋ぎ止められるほど単純じゃない」
「何を偉そうに言ってやがる!」
その次の瞬間には、固く握った江並の右手が俺に向かって伸びて来ていた。
だが俺はその拳を左の手のひらで受け止めた。ケンカなどしたこともないが、自分でも驚くほどスムーズに受け止めていた。
手のひらに若干の痛みはあるが、そんなものは全く問題じゃない。
「ねぇ蓮二。私はもう蓮二がいなくても平気だから」
そう言った彼女の言葉には、やはり何かを決意したかのような力強さがあった。




