第35話 きっと言葉はそれだけで十分だろう
俺にとってのハッピーエンドとはつまり、朝陽奈さんと付き合うということ。だからそのために告白をするつもりだ。
そのタイミングだが、真っ先に思い浮かんだのは打ち上げ花火の最中にするというもの。
やっぱりラブコメの定番なんじゃないだろうか。ゲームやアニメ、それに漫画。見てるほうの気持ちも盛り上がるシーンだ。
実はこのゲームの原作でも、打ち上げ花火のシーンはヒロインのフラグが立つ重要イベントだ。
周りには大勢の人がいて主人公とヒロインもそこに混ざっており、夜空に浮かぶ花火を二人で見上げる。そんな中で、ふと二人の視線がぶつかった。
そしてその時、見つめ合う二人のバックでは一際大きい花火が上がり、ヒロインの頬はほんのりと朱に染まっている。
そんなシーンが一枚絵で表現されており、ゲームのギャラリーモードに追加される。ヒロインだけの一枚絵もあり、それを全ヒロイン分コンプリートするのも楽しみの一つとなっていた。
(でも主人公って江並なんだよな……。とても同じ奴だとは思えない)
なんか想像するのも嫌になってきた。この状況で江並のことを考えるのは止めだ。
一通り屋台巡りを終えた頃には夜空が広がっており、それから人々が大移動を始めた。それはもうすぐ花火が始まることを意味している。
「俺達も行こう」
「うん!」
まだ会場までは少し距離があるというのに、混雑ぶりが凄い。屋台通りの比じゃないだろう。
そして会場へ到着してから少しすると、耳の奥に響くような轟音とともに、彩りのある光が夜空に現れた。いつ見ても壮観だ。周りの人々と同じように、俺と朝陽奈さんも無言で夜空を見上げた。
(原作だと花火の間のどこかで見つめ合う。告白するならその時か……?)
「綺麗だねー!」
音が静かになった少しの合間に朝陽奈さんが言う。なので俺も「うん、本当に!」と返した。
(ここか……?)
そう思ったが、ここでふと気がついた。ここは原作の名シーンでフラグイベントだから、きっと上手くいくはずだという、それはある種の思い込み。
それに原作通りに行動するということは、そこに俺の意思は無いと言える。それじゃまるでゲームのキャラクターみたいじゃないか。
朝陽奈さんだって間違いなく『生きている』し、もちろん俺だって自分の意思で行動している。だから自分の思うままにするべきだ。
それと現実的な話、花火の音が大きいため普通の会話ですらスムーズにできない。
だから告白をしても聞こえてないという可能性が出てくる。相手によく聞こえなかったから告白を二回というのは、さすがに恥ずかしい。
そんなことを考えていると、左手に何かが触れた。見なくても分かる。それは朝陽奈さんの右手だ。
慌てた俺は手を離そうとしたが、朝陽奈さんはそのまま俺の手を包み込んだ。理由は分からないが、偶然そんなことにはならないはず。
だから俺もそっと手を動かして、朝陽奈さんと手を繋いだ。
そのまま花火が終わるまでお互い無言だったが、大丈夫。その時間に言葉はいらなかったから。
周りの人達が続々と帰って行く。だけど俺も朝陽奈さんも動こうとしなかった。
「階堂くんと手、繋いじゃった」
「大丈夫、嬉しかったから」
「そう……? だったら私も嬉しいな」
「あのさ、朝陽奈さん。聞いてほしいことがあるんだ」
「は、はいっ……!」
朝陽奈さんは俺からぱっと手を離し、気をつけのごとくビシッとした姿勢になった。
それが可愛くて思わず笑ってしまいそうになったが、俺は真剣に向き合う。
「俺、朝陽奈さんが好きだ。だから俺と付き合ってください」
「えっ……?」
きっと言葉はそれだけで十分だろう。あとは俺の今までの行動や態度が後押ししてくれれば、きっといい結果になると信じて。
「私と……?」
「うん。朝陽奈さんと」
「私でいいの……?」
「俺は朝陽奈さんがいい」
朝陽奈さんが少し俯く。もしかして困っているのではないかと不安になってしまいそうだ。
「嬉しい……! 私の選択は間違ってなかったんだね……!」
「選択?」
「うん。今日は絶対に階堂くんと一緒にここに来たかったってことだよ」
「つまり相手に俺を選んだという選択のことか。ヤバい、めちゃくちゃ嬉しい」
「それは私もだよ……!」
「それなら返事は……?」
「よろしくお願いします! 私のほうからお願いしたかったくらい! ……あ、あれ? ちょっと泣きそうかも……」
「泣きそう……?」
「だって……、だっていっぱい悩んだから。階堂くんと蓮二、どうしてもどちらかを傷付けないといけなかったから……!」
「それは本当にごめん。二人がいいって言った俺のわがままだから」
「ううん、私が……悪いの。私から誘えばよかったんだよね。それか三人が無理ならどちらも断れば平等だったのにね。でもどうしても階堂くんと来たかったから……!」
「そう言ってくれてありがとう……! 俺はその言葉だけで幸せな気分になれるよ。江並には俺から話をするからさ」
「うん……!」
全身から力が抜ける感覚がした。でもそれはきっと安堵からくるもの。俺はこうして推しと付き合うことになった。まさに夢のような話だが、紛れもない現実。
周りにはすっかりと人の姿が減っていた。帰る時にまた屋台で何か買おうかな。
朝陽奈さんは何やら嬉しそうで、顔がニヤけているようにも見える。俺だって油断すればそうなりそうなところを必死で抑えているのに。でも本当に嬉しそうだからいいか。
そして少しだけ屋台を見て回り、あとは帰るだけとなった。
ところが心のどこかで抱いていた懸念が現実となる。
(あれは、江並……?)
夏祭り会場の出入り口に江並がいるのだ。俺だってその可能性は想定していた。
江並は朝陽奈さんから夏祭りに行くことを断られている。だから今日ここに朝陽奈さんがいるであろうことを予想するのは難しいことではない。
だが一緒に俺がいることを、あいつは想定しているのだろうか? 俺は彼女が江並にどう言って断ったのかを知らない。
もしかするとこれはいい機会かもしれない。俺が朝陽奈さんと付き合うことになったことを、江並には言っておいたほうがいいと思っているからだ。
実際すでに近いことを言ってはいるが、俺は悪いことをしてるわけじゃないから堂々としていられる。
すると江並も俺達に気がついたようで、こっちに向かって来ている。そして俺達と対峙した。
「そうか、そういうことかよ」
「ちょうどいいから話そうか」




