第20話 増えそうな癖(へき)
朝陽奈さんがこっちに向かって来ている。そんな俺の視線に気がついたのか、朝陽奈さんは少し口角を上げて小さく右手を振ってくれた。
文月さんの様子をうかがうと、俺の目線に釣られたのか同じく朝陽奈さんを見ている。
「学食に行ってたんじゃないの?」
「もう食べ終わったからね。でも友達はみんな用事があるみたいだから戻って来ちゃった」
俺達の前に立ったままの朝陽奈さんはそう言うと、文月さんのほうを見て俺に問う。
「階堂くんの友達?」
「一年の文月さん。俺に聞きたいことがあったんだって」
そう言うと文月さんが立ち上がり、「文月です。はじめまして」と頭を下げた。それを受けて朝陽奈さんも頭を下げ名乗る。
「つまり階堂くんと文月さんはお話ししてたってことだね。階堂くん、ちょっと立ってもらっていい?」
「え? 別にいいけど」
俺が立ち上がると、入れ替わるようにして朝陽奈さんが座った。
「私も混ぜてほしいなー」
「それはいいけど、そこ俺の席だよね」
「うん、知ってるよ。階堂くんの席に一度座ってみたかったの」
「俺の席に? なんで?」
「あっ……! ち、違うよ! ここって窓際の一番後ろだから外の景色が見られていいなってこと!」
もしこの場面がマンガだったなら、朝陽奈さんの頭の横に汗のマークが描かれていたことだろう。そのくらい慌てているように見える。
まぁ別にその席を死守する必要なんてないから、俺は横にある男子生徒の席からイスを借りることにした。そこが女子の席じゃなくてよかったよ。
もしそうだったらイスを借りるわけにはいかず、目の前に自分の席があるのにずっと立ったままで会話するという珍事になってたところだ。
というわけで左に朝陽奈さん、右に文月さんという両手に花の状態で雑談をすることに。
「それで何を話してたの?」
さあ困ったぞ。NTRについて話してたとか言うわけにはいかない。俺はいいとしても文月さんが変に思われてしまう。
俺がアイコンタクトのつもりで文月さんを見ると目が合った。「言ってもいい?」という念を込めたが、果たして伝わるかどうか。
いや、それ以前にどのキャラで朝陽奈さんと接するのか。江並の時みたいに控えめなのか、俺の時みたいにさらけ出すのか。
「あの、その……、階堂さんに相談にのってもらってまして……。上級生の教室にまで来るなんてご迷惑かなと思ったんですけど、どうしてもお話ししたかったんです。ごめんなさい」
「そんな、謝らなくていいよー!」
見事な猫かぶり! どうして俺に対してはそれができないのか。返事が「は?」とか結構メンタルやられるんだぞ。
待て、よく考えればそれは俺に対してだけ素を見せてくれてるってことにもなるか。いつも無理してたら疲れてしまうから、どこかで気を抜くことも必要だな。
ここで朝陽奈さんが何かに気がついた様子だ。どうやら机の上にある文月さんのスマホを見ているようだ。特に何かあるわけじゃないと思うんだけど。
俺も視線を落として見てみると、画面には本の販売画面が映し出されていた。
そして俺はそれに見覚えがある。前にその中から気になるものを教えてほしいと頼まれたことがあるからだ。つまりエロいやつ。
いくつかの表紙イラストが載ってるが、見事なまでにその全部が恍惚の表情を浮かべた女の子ばかり。高校生やらスーツ姿やら部屋着やら。
いったいいつの間に。そうか、またこの話をしようとしてたんだな?
「うわぁー、これすごいね! こんなにいっぱい作品があるんだね!」
ところが全く動じない朝陽奈さん。それどころか目をキラキラさせている。さすがメインヒロインだ。
「そうなんですよ! もしかして朝陽奈先輩も好きなんですか!?」
朝陽奈さんのリアクションに文月さんがヒートアップ! どうやらさっきの猫は速攻でどこかに行ったらしい。野良猫だったか。猫って気まぐれなとこあるからな。
それにしても文月さんのスイッチは趣味を知られると入るのだろうか。
「興味はあったんだけどね、私にはまだ早いかなって」
「そんなことないと思いますよ。買うことはできませんけど興味を持つことがダメってわけじゃありませんから。むしろみんな興味あるんじゃないかなと思います」
「そう……だよね! うん、ちょっと見てみようかな。……あっ、これちょっと読みたいかも。最近仲良くなった子が彼女になったけど彼女が毎日のようにセッ——」
俺は左手で朝陽奈さんの口を塞いだ。それはもう爆速で。唇の柔らかな感触が手のひらに伝わってきたが、それどころじゃない。
さっきまで寝取られとか言ってたことは分かってるんだけど、小説のタイトルはまた別だと思うんだ。
(危なかった……。だってあまりにサラッと言うから)
とはいえ勝手に女の子に触れるなんて、やってはいけないこと。
「ごめん朝陽奈さん! 反射的にしてしまった。でもここは教室だからタイトルを読み上げるのはやめてもらっていい?」
「んっ……!」
朝陽奈さんはコクコクと頷いた。すると少し頬が赤くなっているように見えた。
こういうことに興味津々みたいだからな。その気持ちは分かるけど、朝陽奈さんの何かが覚醒しそうな気がする。
「階堂さん、朝陽奈先輩とずいぶん仲がいいですねぇー?」
ヒートアップしてた文月さんが急速冷凍されていた。




