その13
彼女らが立ち止まる先には、カーベットを敷いたような赤色の床。 帯びただしい血の海に染まっていた。
「――うっぷ」
喉を詰まらせるような鉄の混じった香り。
死体から出る腐敗した臭い。
真っ赤に地に一面に拡がる大量の血。
生気のない人の姿。
悲劇の過去を甦らす光景。
人の死が原因で呼吸が荒くなっていく。
ただ気絶させただけなのになぜ死んでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
殺した? 俺らが? それはない。
何故なら外部に漏れるほど出血させてなかった。
打撃を与えただけでここまで酷い出血はしない。 俺たちが上のフロアに移動した際に誰かが殺ったとしか思えない。
「心臓を一刺しに首を跳ねてますわね。 相当の手練れですわ」
「常人じゃないよね。 念入りした殺した方をしてるとこから、殺しに慣れているね」
カルラとリーネさんはなぜ冷静に分析できる。 人が死んでいるんだぞ。
いくら死に慣れているとはいえ、鼻を突く臭いになぜ耐えられる。
異常だ。 どれだけ死を経験してるのか………考えるだけ恐ろしい。
トルカも気分は良くないが俺ほど体調を崩してはない。
やはり死を多く体験してる者は耐性が付くのか。 ……理解しがたい。
「危険だねここは……早く表に出た方がいいね。 皆急いで!」
カルラの指示と共に足が動かそうとするが震えて前に進まない。
人の死を間近で見ただけで、身体は強張って自由が効かない。
早く塔から出ないと危険だぞと、脳が伝えているのにだ。
脳と身体は別行動して動かない。
「なにしてるのサクマ! 広い場所に出ないと――」
腕を引っ張り連れて行こうとしたカルラの胸から…………長い何かが生えていた。
光をも吸い込むブラックホールのような漆黒。
長く鋭く尖る剣。
俺は一度目の当たりしたことがある。
忘れようがない、あの日の夜を再現させる死の匂いに思考が停止する。
「――がふっ………あんた……!」
「私の邪魔ばかりするカルラが悪いのよ。 大人しく安息な地で隠っていれば刺されなかったのに」
フードを被った漆黒の剣士がそう言い放つ。
血がこびりついた剣を引き抜き、苦しそうにもがくカルラを見下ろす。
赤く滴る血液を舌で舐めとり、狂気を感じさせる。
「お前は村の人を殺した奴! カルラちゃんまでも命を奪うかクズ野郎!」
「見事な奇襲。 ……でも単純ね」
完璧なる死角からの刻鉄の蒼を叩き込んだと思えたが、常人を越えた反射神経の漆黒の剣士には通用しなかった。
拳は脱ぎ捨てた抜け殻のフードを直撃し破れ、その空いた絶対の隙に遠心力を加えた回し蹴りがトルカの溝に直撃した。
「……うっ……ぁ……」
三メートル先まで飛ばされ、壁に背中から衝突し頭を強く打ってしまった。
意識は段々と薄れ視界が真っ暗となる。
最大戦力である二人を赤子のように捻り潰された。
「次はあなた番よ」
真っ黒のドレスを着た漆黒の髪を持つ人殺しが、一歩一歩と水色の瞳でギラつかせながら迫ってくる。
出口は漆黒の剣士を越えた先。 逃げ場はない。
このまま死を待つしかないのか………。
「させませんわ!」
出入口にいたリーネが忽然と、消えたと思えば目の前に現れた。
俺の肩を掴み、ドアに指を差した途端に視界が歪んだ。
気が付くと出口の前にいる。
この能力は空間転移か!
以前にカルラが種族説明した能力をヒントに即座に頭に浮かんだ。
紫麗の力を行使したリーネだが、容態が非常に悪い。
疲労困憊で今にも倒れそうなのだ。
強い素振りをしていた彼女の元気さがない。
まさか魔法を使うほど、余裕もなく歩くだけで精一杯だったのか。
一人でなら逃げれたのに……どうして俺を助けた。
「……はぁはぁ。 お逃げなさい。 あなたに死なれてわ困りますわ」
「俺を見捨捨てて、なぜ逃げなかったんだよ!」
「クソみたいな質問ですわよ。 崩壊した異世界はあなたにしか救えない。 例え私が死んでも代わりはいくらでも居ますわ。 だけどあなたの代わりは存在しない。 ……それだけですわ」
なんだよそれ! 自分の命は惜しくないのか!
人一人をも救えない俺に、命を掛けるほどの価値はないんだ。
前任者の力を受け継いだだけの能無しだ。
そんな奴に命を張らないでくれ。
「さぁ、早くお逃げなさい! 彼女は私が引き止めますわ」
「……馬鹿言え。 男が女を置いて逃げれるわけないだろ」
「なっ、馬鹿ですって! あなたが馬鹿でしょう! 下らない理屈はいらないのですわ」
「ああ、そうだよ。 俺の性根は馬鹿なんだから 」
カッコよく言ったもののピンチな状態は依然と変わらない。
見栄を張っただけでなんの解決にもなっていない。
本当は逃げたくて仕方ない。
本能も逃げろと警鐘を鳴らしている。
だけど逃亡するわけにはいかない。
例え救う力がなくとも、仲間を置いていけない。
無能でも無気力でも逃げない。




