210.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
ルーカスとともに、父エルンストが遺したのだという最期の曲を探していたパウラ。そんな中、突然やってきたローガンに連れられ、国王の前にでることになった。
パウラたちを呼びだした国王は、「千夜族のことでお願いして欲しいことがある」と言い出し……。
「——今、どこら辺にいるんだろうね」
「知らないわよ、そんなこと。やっぱり、バカでしょ」
「へーんだ。フィンレーに言ったんですぅ」
「あーらそう。ごめんなさいね、大切なお話の邪魔をしちゃったみたいで」
「別にお気になさらず。ルイーズお嬢様」
「あら、フォティア王家の血を継ぐ方には劣りますわ」
二人はしばらくにらみ合い、同時にフンと鼻を鳴らして明後日の方向を向いた。
アリスの背中にくっつき、背後を見張っているフィンレーは、何度目かもわからないこのやり取りに、完全に疲れ切ってしまっていた。
あれから、二人は魔力の濃さを頼りに道を選んで進んできた。
最初は近くに他のペアもいたけれど、気が付けばアリスと彼女にくっつくフィンレーと、ルイーズだけだ。他には誰もいない。
——せめて階段とかあれば、今何階にいるのかくらいは分かったのに。
そう思って、アリスは大きなため息をついた。もう、ため息を隠そうとするのはやめにした。ルイーズだって、さっきからため息ばかりだ。
そんな二人の後ろに現れたのは、ガイアの制服に身を包んだ少女と少年だった。
後ろを見張っていたフィンレーが一番に気付き、アリスの髪を再び引っ張った。
「なになに!?」
使い魔に髪を引っ張られて振り向いたアリスは、驚きのあまり口を利けなくなってしまった。
確かに、この人たちは基準値など軽々と突破していることだろう。
「オリヴィア、ディル……」
すでに中級魔術師である二人が、ここにいるはずがない。
ということは、これが噂のコピー。
レイピアを持って襲い掛かってきたオリヴィアを避けようとして、アリスとルイーズはとっさに左右に飛んだ。
手錠で繋がれていることを、すっかり忘れて。
もちろん、勢いよく二人は転んだのだが、コピーが攻撃をやめるはずがなく。もうすぐそこまで、オリヴィアのレイピアが迫っていた。
「っ!」
「フィン!」
固く目をつむったルイーズに対し、アリスは使い魔の名前を呼んだ。
二人の前に飛び出した小さなキツネザルは、額の上に作り出した防御魔術でレイピアをはじき返した。
その瞬間、アリスは自分の手のひらに浮かばせていた魔法陣から、三発ほど攻撃魔術を放った。
それらは、ディルのコピーが撃ち出していた攻撃魔術とぶつかり合い、大きな爆発を巻き起こした。
「こっち!」
ルイーズの手を取って走り出しながら、アリスは「昔のアゴーナス、見ててよかったぁ!」と心の中で叫んでいた。
アリスは、戦略など何も知らない。戦い方もイマイチ分からない。
——もしかしなくても、魔術が使えるだけじゃ意味がない?
そのことに気付いたのは、本当に偶然だった。中級魔術師昇級試験の対策勉強をしている時、ふとそう思った。
それでアリスが思い立ったのは、先輩たちの動き方を客観的に見てみることだった。リーダーはどんな指示を出しているのか、メンバーはどんな動きをしているのか。こちらの状況は? 相手の動きは? 地形は? 気にするべきポイントは、山ほどあった。
そこで、アリスは図書館で勉強をしつつ、過去のアゴーナスの動画を借りて来て、せっせとそれらを見て研究をしていたのだ。
強い魔術師たちは、山ほどいた。その中には、アリスの知る人たちもいた。オリヴィアとディルも、そのうちの二人。
戦闘民族であるドラゴン、小人と国が近いガイア王国は、四カ国の中で一番、軍事力に力を入れている。国民皆兵制度があり、性別、種族、関係なく、十八になったら軍に入らなければならない。
そんな国をまとめる王家の人間が弱くては、話しにならない。
ガイアは、そういう考えを持っている国だった。だから、オリヴィアもソフィア姫も、姫でありながら衛兵たちと互角に戦えるだけのスキルを身に着けている。
そんなオリヴィアたちの戦闘スタイルは、いたってシンプル。オリヴィアが最前線に飛び出し、それをディルが魔術でフォローする、というもの。ただし、ディル自身も高い戦闘能力を持っているし、オリヴィアも腕の良い魔術師だ。
決まっているのは、オリヴィアが真っ先に飛び出すことだけ。あとは、その場に応じて近接戦と魔術を織り込んだ柔軟な戦い方をしてくる。だが、高確率で初手はオリヴィアの近接戦と、ディルのフォロー。
そのことを知っていたから、アリスはすぐディルが魔術でこちらを牽制してくるだろう、と読むことができた。
爆発の中走り続け、なんとかコピーたちを巻くことができたアリスたちは、地面に座り込んで息を整えた。
水を飲んだアリスは口元を拭いながら、地面を睨んでいた。
時間が無かったから、アゴーナスの動画をチェックできたのはここ数年分だけ。レオたちが一年生の時だった頃までだ。それより前のアゴーナスはチェックできていない。
つまり、上級の先生たちが出てきた時は、今回のようにうまく逃げられない。……かもしれない。
——オリヴィアとディルがいた。ってことは、お兄ちゃんたちも確実にいる。
レオたちだけではない。シオン、ニコはレオたちと肩を並べる実力者。しかも、シオンは魔法使い家系でありながら、一年生で中級に上がった天才児と呼ばれる魔術師。加えて、ニコの動きは何度見ても理解できなかった。
本当、とんでもない洞窟に足を踏み入れてしまったものだ。試験だけれど。
「……あの」
隣から小さな声がしたから、アリスはそっと視線をルイーズに向けた。
彼女は、顔を真っ赤にして、膝に置いた手を見つめていた。
「さっきは、その、……あ、ありがとう」
「……なんか変なものでも食べた?」
「失礼ね! 助けてもらったお礼をしただけじゃない!」
確かに、ルイーズの言う通りだ。
だから、アリスは初めてルイーズに笑って見せた。
「どういたしまして!」
アリスの笑顔を見て、ルイーズは顔を曇らせてうつむいた。
「……どうして、私にそんな風に接していられるの? 普通、避けるでしょ」
「普段避けまくってるつもりだけど」
「そうね。普段は避けまくられてるわね」
鼻を鳴らしてから、ルイーズは膝を抱えた。
「……お母様に言われたわ。どんな手を使ってでも、アンタを不合格にしなさいって」
「なんで?」
「お母様、ルイス・ランフォードの熱烈なファンなの」
「……はあ?」
アリスはたっぷり五秒使って、その言葉をかみ砕いた。
「なんで、お父さんのファンだと、私が不合格になるように仕向けないといけないの?」
「アンタが、アン・ポポフの娘だからよ。戸籍上はね」
ルイーズは膝に顎を乗せ、地面を見つめた。
「お母様は、ルイス・ランフォードとの結婚を望んでいた。フォティア王家の血筋だし、何があったのかは知らないけれど、とにかく好きみたい。おばあ様にも頼み込んで、ルイス・ランフォードと結婚できるように色々と手回ししてもらったらしいわ。でも、実際にルイス・ランフォードが選んだのは、アン・ポポフ。さすがに公爵家には抗えなくて、お母様はしぶしぶ私のお父様と結婚した。それでもまだ、ルイス・ランフォードが好きだから、お母様は私に『ルイーズ』って名付けた。ルイスの女性名」
アリスの脳裏に、ルイーズとそっくりな女性が思い浮かんだ。
会ったのは、あのデビュタントの時だけだが……。とても、感じが悪かったのを覚えている。アリスに「ヘレナとそっくりだ」と言ってアンが母親ではないことを強調し、パウラには「不純物」と差別的なことを言い残し、去って行った。
それを思い出してから、アリスはハッとして顔をあげた。
「もしかして、私に嫌な態度で当たってきたのって、お母さんから言われてたから?」
「それは普通に、アンタが嫌いだから」
「あっそ」
吐き捨てるように返してから、アリスは黙ってフィンレーの頭を撫でた。
そんな家庭環境で、しかも母親から「クラスメイトを不合格にさせなさい」なんて命令されて、少しルイーズが可哀そうに思えた。少なくとも、アリスの家族なら絶対にそんなことは言わない。
けれど、ルイーズの母親であるマルセル・ド・フレースが、アリスを品定めでもするかのような目で見てきた理由は、分かった。とりあえず言えることは、あの場にアンとラファエルがいなくて良かった、ということだけだ。いたら、とんでもない言い争いになっていたかもしれない。アリスにすら、あんな態度だったのだから。
「——そろそろ行くわよ。時間がない」
立ち上がったルイーズに引きずられるようにして、アリスも腰をあげた。
二人は再び魔力の濃さだけを頼りに、洞窟内を歩き始めた。
しかし、奥へ行くにつれ、コピーの数が多くなっていく。
他国の中級魔術師たちのコピーからも逃げおおせ、アリスたちは小休憩を挟みながら先を急いだ。
「——どうやら、アンタが言っていたみたいに、保有できるコピーには上限があるみたいね」
汗をぬぐいながら、ルイーズはそうこぼした。
「それか、一定期間しか保持できないのか。最近の魔術師ばかりだわ。先生たちのコピーはこれまで出てきてない」
「というか、奥に行くにつれてコピーも強くなってきてない? さっきから、千夜族のコピーばっかり……」
「最深部が近いってことなのかも。最初にオリヴィア姫とディル・ソウザをぶつけてきたのは、私たちの力量を試すため」
つまり、この洞窟自身もアリスたちを品定めしている、と。
空になったペットボトルをしまい、アリスはフィンレーを再び背中にくっ付けて歩き出した。
「……ルイーズ」
「なによ」
「まだ、私のことを不合格にさせようとしてる?」
「……さあ」
ぴたりと足を止め、ルイーズは瞳を潤ませて地面を見つめていた。
「分からない。お母様の言うことは絶対よ。家長だもの。でも、私は……。アンタのことは気に喰わない。心の底から大嫌い。だからこそ、こんな手を使うんじゃなくて、正々堂々とぶつかりたい」
「なら、ここを出たらぶつかろう」
振り向き、アリスは真っ直ぐにルイーズを見つめた。
「昇級試験の結果も、ルイーズのお母さんのことも、関係なし。真正面からぶつかり合おう。あの時の——」
一年生の時の、一対一になったエキシビション。
「あの時の、続きをしよう」
お読みいただきありがとうございました!




