第六話「遺族記録:水瀬 節子」
封筒は、ポストに入っていた。
朝の六時十分。夜勤明けで帰ってきた節子が、鍵を出しながら何気なく開けた、いつものポスト。チラシに混じって、白い封筒が一通。
差出人は、国家魔法少女管理局第四管区。
節子は玄関先で、それを読んだ。
読み終わって、靴を脱いで、台所でお湯を沸かした。インスタントのコーヒーを作った。飲んだ。
泣かなかった。
泣き方が、わからなかった。
◆
書いてあったことは、三つだった。
一つ、水瀬ひかりは訓練中の事故により死亡した。
一つ、遺体の返還は「処理上の都合により」困難である。
一つ、弔慰金を規定額、振り込む。
事故の詳細は、書いていなかった。
問い合わせ先の電話番号は、書いてあった。
節子は三回かけた。三回とも、繋がらなかった。四回目にかけたとき、自動音声が「担当者が不在のため——」と言った。節子は電話を切った。
もう、かけなかった。
◆
一週間後、別の封筒が届いた。
中には、現金書留と、一枚の紙が入っていた。
紙には、「返金」と書いてあった。
金額は、ひかりが最後に送ってきた給料と、同じだった。
節子は、その紙をしばらく見ていた。
ひかりが封筒に入れて、面会日に渡そうとしていたお金。渡せなかったお金。それが今、別の封筒に入って、「返金」という言葉と一緒に戻ってきた。
節子は封筒を台所の引き出しに入れた。
使えなかった。
一ヶ月経っても、使えなかった。
◆
生活は、続いた。
夜勤は週に四回。帰りは朝の六時か七時。シフトは変わらない。変える理由がなくなった、とも言えるし、変える気力がない、とも言える。どちらも本当だった。
食卓は、一人分になった。
ひかりがいたころは、いつも帰りが読めなかった。いるときはいる、いないときはいない。それでも節子は二人分の米を炊いていた。余ったら冷凍する。ひかりが帰ったときに出せるように。
今は一人分を炊く。
それだけのことなのに、最初の一週間は間違えた。炊飯器に米を入れる手が、勝手に多めに計ってしまった。気づいて、少し戻した。それを三回繰り返した。
四回目からは、間違えなくなった。
洗濯物は減った。部屋はそのままだった。触れなかった。触れる理由がないし、触れる気にもなれなかった。ひかりの服が、畳まれたまま棚に入っている。制服が、ハンガーにかかっている。使いかけのシャンプーが、風呂場にある。
節子は毎朝、それを見て、目を逸らした。
捨てることも、残すことも、まだ決められなかった。
◆
二ヶ月後、同じアパートの住人から声をかけられた。
三階の佐々木さん。娘さんが同じ時期に魔法少女になったという。
「水瀬さんのお嬢さんも……ですか」
節子は頷いた。
「うちも先月、同じ封筒が来て」
佐々木さんは、声を落とした。
「ネットに、書いてる人がいるんです。本当の死因は別だって。訓練の事故なんかじゃないって」
節子は、何も言わなかった。
「管理局が隠してるって。死亡率も、本当はもっと高いって。信じますか、こういうの」
節子は少し考えた。
「……わからないです」
それが本当のことだった。
信じるかどうかより先に、信じた先に何があるのかが、節子にはわからなかった。真実を知ったとして、それでひかりが戻るわけではない。怒鳴り込む場所があるわけでもない。電話は繋がらないし、遺体もない。
佐々木さんと別れて、部屋に戻った。
コーヒーを作った。飲んだ。
◆
三ヶ月後、振込通知が届いた。
遺族補助金、継続支給。月額、規定額。自動振込、毎月二十五日。
節子はその紙をしばらく見た。
ひかりが生きていた頃と、銀行口座に入る金額は、そんなに変わらなかった。ひかりの給料の分が補助金に変わっただけで、数字の上では似たようなものだった。
節子は、その事実を、どう処理すればいいかわからなかった。
怒るべきなのかもしれない。でも怒り方がわからなかった。悲しむべきなのかもしれない。でも悲しみは、もっと静かな場所にあって、こういう紙を見て動くものじゃなかった。
引き出しに入れた。
◆
四ヶ月後、近所の子が挨拶に来た。
十五歳くらいの、細い子だった。魔法少女に志願したという。出発前に、近所の人に挨拶をしている、と言った。お母さんが病気で、お金が必要で、でも自分には他にできることがなくて。
節子は、その子の顔を見た。
ひかりより、少し幼い顔だった。目に、まだ光がある。何かを守るために行くという光。
何か言わなければ、と思った。
やめておけ、と言うべきかもしれない。でも何を根拠に言う。噂だけで。繋がらない電話と、戻らない遺体と、「返金」と書かれた封筒だけで。
節子は、少しだけ笑った。
「……頑張ってね」
言ってから、後悔した。
でも取り消せなかった。
その子は「ありがとうございます」と言って、帰っていった。
節子は玄関を閉めた。
台所に戻った。
お湯を沸かした。
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国家魔法少女管理局
遺族管理記録
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遺族番号 :F-0001
対象氏名 :水瀬 節子
続柄 :母
対応個体 :#0001(水瀬 ひかり 廃棄済み)
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■対応記録
訃報通知 :送付済み
弔慰金 :振込済み(規定額)
返金処理 :完了
遺族補助金 :継続支給中
問い合わせ :3件(未対応)
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■行動記録
情報開示請求 :なし
メディア接触 :なし
組織的抗議 :なし
離脱リスク :低
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■総評
特異な動向なし。
補助金受給継続中。
モニタリング継続。
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