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第四話「安藤このみの最期」

 

 食堂の、ひかりの席には誰も座っていない。


 正確には、誰かが座っている。毎日、誰かが座っている。このみ以外の誰かが、そこにトレーを置いて、飯を食べて、立っていく。


 ただ、このみには誰も見えない。


 ひかりの席だから。


 このみはいつも、少し離れたテーブルで一人で食べる。量は少なめ。食べすぎると、罪悪感がある。なぜかはわからない。でも、あの席で山盛りの飯を食べていた人のことを考えると、自分が腹を満たすことが、うまくできない。


 今日の朝食はトーストと卵。

 食べた。

 味はしなかった。


            ◆


 任務の集合場所で、このみは新しい子の顔を見た。


 十五歳くらいだろうか。緊張で顔が白い。手が少し震えている。でも眼に、まだ光がある。何かを守るために来た、という光。


 このみには、覚えがあった。


 ひかりも、あんな顔をしていた。


 ブリーフィングが始まった。今回は「高難度任務」。上位種複数の確認。当区域は過去にも被害が出ている。フォーメーションは四人一組。


 このみは頷いた。


 怖くない。本当に、怖くない。それが少し、怖かった。


 新しい子が隣に来た。このみに話しかけようとして、やめた。空気を読んだのだろう。


 このみは先に言った。


「帰ろうね」


 新しい子が、驚いた顔をした。それから、こくりと頷いた。


 このみは前を向いた。


 誰かに言わなければ、と思った。

 誰かが言ってくれなければ、と思った。

 それが守られなくても、言わなければ、と思った。


            ◆


 このみは、強かった。


 自分でわかるくらい、強かった。


 ひかりが死んだ日から、何かが変わった。魔力の扱い方ではない。もっと根っこの部分が。怖いものが、なくなった。正確には、怖さより重いものができた。それが身体の芯になって、このみを動かしていた。


 上位種を一体落とした。

 二体目に入った。

 フォーメーションは崩れていない。


 このみは連携しながら、常に全体を見ていた。誰が遅れているか。誰が危ないか。穴はどこか。ひかりがやっていたことを、いつの間にか自分がやっていた。


 三体目が崩れた。


 いける、と思った。


 その瞬間、新しい子の叫び声が聞こえた。


            ◆


 見た瞬間に、このみの身体は動いていた。


 考えなかった。考える必要がなかった。この動きを、このみは知っていた。何ヶ月も前に、別の誰かが自分のためにやった動きだから。


 骨が鳴った。


 肋骨が、二本か三本、いった。


 それだけだった。


            ◆


 痛かった。


 ひかりのときと違う。痛かった。息を吸うたびに、胸の中で何かが軋む。魔力が漏れている感覚がある。《夜鳴》の核が、ぐらついている。


 それでも動いた。


 痛みは理由にならない。

 このみには、もっと重いものがあったから。


 最後の一体に向かった。

 全部の魔力を集めた。

 放った。


            ◆


 音が消えた。


 誰かが泣いていた。

 新しい子の声だった。


 このみ、という声だった。


 このみは、少しだけ笑った気がした。

 よかった、と思った。


 膝が折れた。地面に倒れた。空が見えた。


 星は、出ていなかった。夜明け前の、白んだ空だった。ひかりが見た空とは違う空だった。でも、同じ空だと思った。どこかで繋がっている、同じ空。


 ひかり、とこのみは思った。


 声に出たかどうか、わからない。


 帰れなかった。

 ごめん。

 でも、あの子は帰れたから。


 それで、よかったから。


 新しい子の顔が、視界に入った。泣いていた。口が動いていた。このみの名前を呼んでいる、と思った。


 知ってるよ、とこのみは思った。


 私はここにいる。


 ちゃんと、ここに——


 「      ——」


            ◆


 回収部隊が来たのは、それから二十三分後だった。


 二人組。無言。


 一人がタグを確認した。もう一人が袋を広げた。


 タグには番号が書いてあった。


 #0002。


 二人はその番号を声に出して確認した。そして作業を始めた。


 名前は、どちらも呼ばなかった。


 新しい子が遠くで見ていた。


 止める人は、いなかった。


            ◆


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第四管区・第二前線基地 廃棄記録 追記


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 対象    :#0002

 氏名    :安藤 このみ


 状態    :完全損耗

 死亡確認時刻:██:██

 死因    :魔力枯渇による存在崩壊


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■回収記録


 回収部位 :なし(全損耗 廃棄処理)

 特記事項 :損耗率98.7% 回収可能部位なし


■市民被害 :0


■処理区分 :廃棄完了


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■遺族連絡事項


 通知内容 :「訓練中の事故による死亡」

 送付物  :弔慰金 規定額

 備考   :遺品なし


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            ◆


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後記 担当管理官 黒木 誠 (手書き追記)


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                   (削除予定)


            ◆


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新規登録


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 管理番号  :#0003

 記録種別  :初期登録

 記録日   :██年██月██日


─────────────────────────────────────


 魔力残存量 :99.1%

 身体損耗率 :0.0%

 精神安定度 :A(良好)


 特記事項  :なし


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


           

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