第88話 任務
翌朝。
ケータイで誰かと通話していたシバー少尉がエリカに伝える。
「エリカさんに任務があるそうです」
チン?(どんな?)
「エリカさんに直接会って伝えるとのことです。 朝食が済んだら軍庁舎に行きましょう」
◇❖◇❖◇
エリカとシバー少尉はガブリュー大佐の執務室にやって来た。
「来たか、サワラジリ中尉」と大佐はいささか猛々しく笑う。「今日の任務はな、クーララ王国のエージェントの殲滅だ」
(昨日アリスちゃんの《支配》を妨害したから?)
「クーララ王国とは友好的な関係にあったから、これまで我が国でのスパイ活動を見逃してやっていたが、昨日のアレは明確な敵対行為だ。 やつらの潜伏場所は判明している。 さっそく現地へ向かえ」
チン?(殲滅って具体的には?)
「殲滅と言ったら殲滅だ、全員始末しろ。 中尉には簡単なことだ」
(えー、また人殺し?)
◇❖◇❖◇
大佐の部下たちに案内されて、エリカはクーララ王国のエージェントが潜むセーフ・ハウスまでやって来た。
「あの建物が、やつらの住処です。 ここからは中尉お一人でお願いします。 我々は透明じゃありませんから」
大佐の部下が指差した建物は2階建ての木造民家だった。
チン?(あの家の中にいる人を全員殺すの?)
「そうです」
チン?(スパイっぽくない人も?)
「そうです」
何の恨みもない人を殺すのは全く気乗りがしなかったが、大佐に「命令」されてしまってはどうしようもない。 エリカはノロノロと2階建ての木造民家に向かって歩き出した。
◇❖◇
セーフハウスの玄関のドアには鍵がかかっていたので、エリカは剣でドアを切り壊すことにした。 エリカの剣は普通の鋼鉄製の剣だが、刀身にマナを纏わせれば木製のドアぐらいは切断できる。
どこを切ればドアが開くようになるのかよく分からなかったので、エリカはドアノブの周辺を剣で適当に突き刺してゆく。 マナで切れ味が増した彼女の剣は木製の扉に簡単にグサグサと突き刺さり、なんだかよくわからないうちにドアノブが周囲の部分ごとポロリと取れて地面に落ちてしまった。
ドアノブが壊れた戸を開いて屋内に侵入すると、家の中から誰かが玄関のほうに歩いて来た。 ドアノブが地面に落ちた音を聞きつけたのだろう。 このすぐ後に自分が刺殺されるとは思ってもいない。
(人が来た。 一人目の犠牲者はこの人なのね)
ターゲットを目前にしてエリカは殺人の決意を固めた。
廊下の奥から姿を現した犠牲者。 その人物は見覚えのある女性だった。 以前にエリカをスカウトに来た2人のうちの1人。 名前はたしか... パーデュー? いやパデュー? 違う。 思い出した。 プルデンス、そうプルデンスだ。 地味な感じの中年女性である。
(この人を殺すの!?)
エリカは大いに逡巡した。 これまでの数度の暗殺でエリカは見知らぬ人を殺すことに慣れつつあったが、顔見知りを殺すのは初めてだ。
顔見知りでも自分が憎む人であれば、見知らぬ人を殺すよりは殺しやすいかもしれない。 だが、エリカはプルデンスを嫌いではない。 エリカは人嫌いなりに、プルデンスの丁寧な物腰と控えめな態度に好感を抱いていた。
しかしエリカはプルデンスを殺すしかない。 プルデンスが殲滅指令のターゲットに含まれているからだ。
(ごめんなさいっ!)
心の中で謝罪しつつ、エリカはプルデンスの背後に回り背中から心臓を剣で一突きした。
◇❖◇
絶命したプルデンスの遺体を通り過ぎて廊下を進んでいると、また人の気配。 プルデンスが倒れた音を聞きつけたに違いない。
(また殺さなきゃならいのか)
心を殺して手早く済ませてしまおう。 そう決心したエリカの目に映ったのは長身の美青年。 これも見たことがある顔だ。 プルデンスと一緒にエリカを勧誘に来たエリカ好みの好男子......
(ヒネモスだっけ? ヒモネスだっけ? なんかそんな名前。 この人も殺すのか。 もったいない)
しかしエリカはヒネモスを殺すしかない。 彼が殲滅指令のターゲットに含まれているからだ。
(ごめんなさいっ!)
心の中で謝罪しつつ、エリカはヒネモスの背後に回り背中から心臓を剣で一突きした。
◇❖◇
絶命したヒネモスの遺体を通り過ぎて廊下をさらに進んでいると、また人の気配。 しかも今度は複数だ。
(けっこう大勢いるっぽい。 もー、何人殺さなきゃいけないのよ!)
◇❖◇❖◇
アリスは、セーフハウス内でエリカが人を殺して回るのを見ていた。 エリカの姿は見えないが、家のあちこちで人が次々と血を吹き出して倒れていくのをアリスは見ていた。
(これ絶対エリカさんや... 動きまわる音も聞こえへんから《迷彩》とかじゃない。 エリカさんが人を殺してる。 こんなにたくさん......)
アリスは昨日、名店ケーキ屋でガブリュー大佐の一味により《支配》されかけていたところをクーララ王国のエージェントに救われ、このセーフハウスに匿われていた。
(私のせいなん? マロン君がクビになったんも、この人らがエリカさんに殺されるんも、ぜんぶ私のせいなん?)




