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コミュ障、異世界転生で存在消失す ~透明人間はスローなライフも思いのままでした~  作者: 好きな言葉はタナボタ


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第89話 晩ゴハンの時間だから

セーフハウスでエリカが殺したのは7人。 1回の任務で暗殺した人数として新記録である。 7人の中には、一般人にしか見えない家政婦のような格好をした人もいた。


顔見知りを殺さざるを得なかったことと大量に人を殺したことで、エリカは正気を失う一歩手前であった。 正気では出来ない行為を強要されたとき、人は正気を失う。


(このまま私の心が壊れたら、きっと私は殺人マシーンになる。 そうなったら、あいつらの、大佐たちの思うつぼ。 《支配》を逃れたい気持ちすら失って、言われるがままに任務をこなし続ける都合のいい人形になる)


考えているうちに感情が高ぶってきたので、エリカは怒鳴った。


「ちくしょうっ! こんなの許さない! こんなの認めない! あいつら絶対に許さない!」


エリカは今、セーフハウスを出て大佐の部下たちが待つ地点へと戻る途中である。 街路には人通りがあるが、エリカの怒鳴り声は誰にも聞こえない。 虚しく周囲の大気を震わせるのみ。


怒鳴ることで怒気を発散させたエリカは次に、前世で通り慣れた心の脇道を通ってうつの方向に正気から逸脱する。


(いっそ死んでやろうかしら?)


他人にいいように利用されるぐらいなら死んだほうがマシだ。 幸いにもというべきか、死ぬのは「命令」で禁じられてない。


(でも生き返っちゃうのよね、私の場合)


そう思った次の瞬間、エリカの脳裏に1つのアイデアが閃く。


(っ! 一回死んで生き返れば......? 《支配》を逃れられるかも!)


絶望がエリカを狂気へと追いやり、その狂気がエリカに希望を与えたわけだ。


(《支配》の呪文を解くのは禁止されてるけど、この方法は解呪じゃないから禁止事項に該当しないよね)


実際のところ人によっては、自殺による《支配》からの解放を解呪だとみなすだろう。 しかし、「命令」が指定していない細かい部分の解釈はエリカに委ねられている。 エリカがOKだと思うならOKだ。


                 ◇❖◇❖◇


エリカが大佐の部下たちと合流してから十数分後。 何人かの軍関係者がクーララ王国のセーフハウスに入り、エリカに殺害された人たちの遺体を運び出し建物を封鎖した。


そのあいだアリスはずっとセーフハウスの中にいた。 作業員が全員退出して玄関が家の外から施錠されるのを家の中から見ていたし、敷地の周囲に立ち入り禁止を示すロープを張り巡らされるときにも、それを窓越しに眺めていた。


                 ◇❖◇❖◇


その日の午後、エリカは外出権を行使して散歩に出た。 自殺するためである。


町中を歩きながらエリカは、自殺による《支配》の解除について夢中で考え続ける。


(《支配》の魔法は精神に影響するぐらいだから、きっと脳に作用するのよね。 で、魔法であるからにはマナが関与してる。 ということは、脳に付着したマナが脳細胞が出すシグナルを狂わせるとか? いやいや、マナはマナ輸送体と結合してないとすぐに消えちゃうから――)


しばらく考え続けたが、自殺で《支配》から解放される確信を得られない。《支配》の術理を知らないから当然である。


(案ずるより産むが易し。 とりあえずやってみましょうか)


おりしも、街路の向こうから1台の馬車が重たげな音を立てて走って来る。


(手頃な馬車じゃない。アレならきっちりヤってくれそう)


エリカが死ぬのはこれで5回目。 なので落ち着いたものだ。


(重要なのは脳がいったん破壊されることだと思うの)


エリカは、馬車の車輪が通過する予定の地点に自分の頭部が来るようにして道路に寝そべった。 そして土壇場になって思いつく。


(そうだ、ついでに指輪(発信器)も処分しよっと)


エリカは指輪の携帯を命じられてはいるが、指輪の破壊は禁止されていない。 これまでに指輪を壊していなかったのは《支配》から逃れる見通しが立たないのに指輪を壊しても無意味だからだ。


大きな音を立てて馬車が近付いて来る。 エリカは目をギュッと閉じ、両の拳を握って身を固くする。 音がいよいよ大きくなり、激しい衝撃がエリカの頭部を襲い――


エリカの意識は途絶えた。 馬車の車輪が目論見どおりにエリカの頭部の上を通過し、これを破壊した。


                 ◇❖◇❖◇


エリカの後を付いて来ていた監視役2名は、エリカがいると(おぼ)しき地点で馬車がゴトリと大きく揺れるのを見た。


「なんだ?」


「ちょうど中尉がいる辺りだ」


その直後、監視役の1人が受信デバイスの画面を見て驚く。


「中尉のシグナルが!?」


「どうした?」


「消えた...」


馬車の車輪が首尾よく指輪も破壊した。


「なに? ......たしかに。 指輪の故障か?」


監視役2人はエリカの死体が転がる辺りへ駆け寄る。


「最後に居たのは、この辺だったが」


そう言う監視役の片足は、酷いことになってるエリカの頭部のド真ん中を踏みしめている。 が、彼はそれに気付いていない。 エリカは、死体になっても破片になっても他人に認識されない。


監視役は、エリカの返事を期待して周囲に呼びかける。


「サワラジリ中尉、指輪の故障ですか? 返事をお願いします」


だが、いつまで待っても返事が無い。 それも当然、エリカはいま彼の足元で蘇生中である。 周囲に飛び散った体の断片と体液がエリカの頭部を目指して移動し、ひどいことになっている頭部がうぞうぞと蠢いて元の構造を復元しようとしている。


監視役2名はエリカの返事を諦めた。 ケータイ・テレホンでどこかに連絡し、その場を立ち去った。


                 ◇❖◇❖◇


しばらく後、エリカは蘇生を完了して意識を取り戻した。 馬車にかれて酷いことになっていた頭部はほぼ修復が済んでいる。 頭痛や耳鳴りがするが、まもなく治るだろう。


「《支配》は解けたかな?」


エリカの心臓は、緊張と興奮で激しく鼓動している。 胸の高鳴りどころではない。 ドッキンドッキンと胸の(たが)が外れそうなほどに心臓が鳴っている。


「これで《支配》が解けてなかったら、とりあえず八方(ふさ)がりなのよね」


必死で考えればまた何かアイデアを思いつくかもしれないが、思いつかないかもしれない。


「《支配》が解けたかどうか、どうやって確認しよう? シバー少尉に何か命令させてみようか? それとも軍庁舎に突入して大佐をタコ殴り――」


そう考えかけた途端、大佐への暴行を禁止する気持ちがエリカの心に飛来した。


(それはダメ!)


「軍の関係者に危害を加えてはならない」という基本ルールが発動したのだ。 エリカは期せずして確認を終えてしまった。《支配》は解けていなかった。


(そんな......)


エリカは望みを失い、その場にガックリと両膝を突いた。 両手まで地面に突いて四つん這い(ORZ)になり、吐き気を催しそうな絶望にさいなまれる。


(死んでも死ねないし、死んでも《支配》が解けない、私はあいつらに《支配》されたまま生きるしかないってこと? 神様は、あのジジイはこんな非道を野放しにしておくの?)


エリカはしばらく四つん這いの格好で固まっていたが、通行人に時折ぶつかられるのに辟易へきえきして、ノロノロと立ち上がり通行人の邪魔にならない道端へ移動した。 そして、そこに力なく腰を下ろすとダラしなく胡座あぐらをかき背中を丸めて座り込む。 これから本格的に落ち込むのだ。


                 ◇❖◇❖◇


どれくらいの時間が経っただろうか、茫然自失から覚めたると周囲は薄暗かった。 すっかり夕方である。 家を出たのが午後2時前だから、外出権で得られる自由時間を大幅に超過している。


(もうこんな時間? そろそろ帰らないと)


失意に沈む重い体でよっこいしょと立ちあがるエリカ。 彼女は気付いていなかった。「そろそろ帰らないと」と思った理由が単に「晩ゴハンの時間だから」であることに。

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