4. 兄妹
アリシアには、皇太子である兄が一人。第二皇女である妹が一人いる。
今日は、そんな兄妹でお茶会だ。
「アリシア。君は性格はともかく、やはり所作や容姿は美しいね」
穏やかな日差しがそそぐ庭園にて、テーブルが用意され、この国で最も貴い立場を持つ兄妹たちのくつろぎの場となるように程よい調整がなされた空間。
そこに、気品を感じさせるしっとりとした、低い声が響いた。
褒められたのか貶されたのか微妙な評価をいただいた当人、アリシアは自身の兄のウィルソンを見た。
「そうでしょうか? まだまだですけれど、これでも研鑽を積んでまいりましたから、これくらいは当たり前のことです」
「そうよ、お姉様はお小さい頃から、お稽古をなさっていたのですから、当然ですわ。お兄様は何を今更なことを仰っているのかしら?」
兄に対して、中々に痛烈な返しをしたのは妹皇女、ダリアだ。
「ダリア、当たり前のことでも褒めてあげると人は嬉しいものなんだよ」
「それは分かっておりますけれど。お姉様はちっとも嬉しそうじゃありませんわ。ほら、照れて頰が紅潮しているわけでもなければ、嬉しさで笑みが深まり瞳が潤んだわけでもない」
ダリアの冷静な分析に、アリシアは慌てて顔を隠した。
少し、決まりが悪かったからだ。
ウィルソンはそっと顔をしかめると、ダリアに噛んで含ませるように言った。
「ダリアはアリシアのことが好きすぎる。大切なものを抱えすぎると、いずれ正しい判断が下せなくなるから気をつけなさい」
「お兄様のことも大切に思っておりますわよ」
「今更付け加えるように言われても。それに気にしていない」
ウィルソンの呆れたような声にダリアが声を出して笑った。
「ダリア、あんまりお兄様を揶揄わない方が良いわよ。後で報復が怖いもの」
「そうですね、お姉様」
「お前たち、兄に対する信用がゼロじゃないか」
ウィルソンがそっと眉を下げていうと、それが情けなく見えてきたのでアリシアとダリアは笑ってしまった。ウィルソンもつられて笑う。
「お兄様、今度の夜会はどなたと出席なさいますの?」
今度の夜会。その言葉を聞いた、ウィルソンとアリシア兄妹は同時に眉を寄せた。
アリシアは、例の国王たちとの話し合いを思い出したからである。婚約者を見つけなければいけない、という使命が下ってしまったために、アリシアの心境は複雑だ。
(ケヴィンも、婚約者候補になってくれる・・・と言っていたかしら?)
ふっと話し合いを思い出すアリシアの傍らで、そっくりな表情をして口を開いたのはウィルソンだ。
「夜会・・・ねぇ。出席したくないんだが、どうすれば良いと思う?」
「はぁ?! お兄様ったら、その年でまだそんなことをおっしゃってますの!? 信じられない」
ダリアの言い分は正論だが、それは大いに二人の心にグサっと刺さった。
二人とは、もちろんウィルソンとアリシアの事である。
この二人は、一見似ていないようで、かなり類似した性格を持っているのだ。
「わ、私はご令嬢が群がってくるのが嫌でだな・・・」
「群がるなんて言い方、よしてくださいませ。ご令嬢方に失礼でしてよ」
「うっ!」
言い訳をしようとしたものの、その言い方が悪いとダリアに一蹴される。
「全く・・・いい加減になさってくださいませ、兄様?」
ダリアが久しぶりに昔のウィルソンの呼び方で呼んだ。
それはすなわち、ダリアが結構本気で怒っていることの証左でもある。
たじたじになったウィルソンが救いを求めたのは、
「あっ、アリシア! お前も夜会は苦手だと以前、言っていたよな? な?」
「なっ・・・。わたくしは、以前のお話です。もう今は、ケヴィンがいれば平気になりました」
兄からの懇願にも近い振りを、アリシアはバッサリと切って捨てた。
さっぱりとしたその対応は、アリシアらしいと言えばらしい。
まあ、彼女もケヴィンにおねだりしようとしていたが。
ダリアは笑みを深め、瞳は燃えた炎を宿した。
その表情に兄と姉はごくりと息を呑む。
「お兄様? お姉様をダシにするのはおやめください。それから、夜会もしっかりとした態度で出席なさいませ。・・・ね?」
ダリアの迫力に兄と関係ないはずの姉までもこくこくと頷く。
二人の態度(主に兄)を見て、ダリアは満足したように微笑み、優しげな瞳で紅茶を楽しみ始めた。
「でも、お兄様。出席なさるのでしたら、どなたをパートナーに? やはり、サエリナ侯爵家のニコラ様かしら」
「あ、ああ。ニコラ嬢か。彼女からもパートナーにという話はあったんだが、ヒューラス侯爵家のマリア嬢からも打診があってね。どちらが良いだろうか?」
サエリナ侯爵家のニコラ嬢は、柔らかい空気を纏った、アリシアの幼なじみである。
一方のヒューラス侯爵家のマリア嬢はアリシアたちの祖母、つまり前皇后の生家である。つまり、親戚といえば親戚なのだ。
「どちらも縁深いわね。どちらのご令嬢も選び難いほどの才女ですし。けれど、サエリナ侯爵はニコラの婚約をそろそろ調えたいとも仰ってましたよ」
アリシアが報告する。
「ほお、そうなのか。しかし、それはどう言う意味だろうか。私と? それとも、他の公達と?」
「さて、わたくしにはそこまでは分かりかねますわ。そもそも、夜間自体にそれほど出てありませんし」
ウィルソンがまあそうだろうな、とあっさり頷く。アリシアの夜会嫌いは今に始まった事ではないし、自身もそうであることから深く追及しなかったのだろう。
ダリアがそっ、とため息をついて頰に手を当てる。
ダリアも、アリシアとは別の色合いだが、顔立ちはかなり整っており、美女そのものだ。
銀髪に碧眼。冷たい印象を与えるものの、彼女の瞳は完全な青というよりも水色に近い柔らかいものだ。一方で、兄のウィルソンは金髪碧眼。かなり度合いが濃い青色の瞳であり、ダリアとはまた違った瞳を持っている。
アリシア含め、三人とも顔立ちが整っている。
そのため、アリシアはもちろん、ダリアも何か仕草をしてみせれば絵になるほどの美しさだ。
「お兄様もお姉様も、悠長にそんなことをおっしゃっていますけれど、もう夜会は二ヶ月後に迫っているのですよ? 早いところ、パートナーを決めて、ドレスを贈って差し上げなければなりませんわ。ご令嬢方が不安になってしまいますもの」
ダリアの言う通りね、とアリシアも頷く。
ウィルソンも真剣な顔をしてそっと息をついた。それから切り替えたようにキリッとした表情で告げる。
「陛下たちと相談して決めることにするよ。その時は、君たちもぜひ力を貸してほしい」
さらっとしらを切るアリシア




