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20. 婚約者選定 ーep 6 ー

「ここは……」


 馬車から降りたレオンハルトが、ポツリと呟く。その横顔を見つめたアリシアは、優雅に微笑んでみせた。レオンハルトの視線がこちらを向いた。


「我が国で栄えている街の一つです。平民たちの暮らしている街なので、治安面を不安に思われるかも知れませんが、これでも国が警備隊を所々に張り巡らせているので、ご安心ください。本日は護衛もおりますし」


 レオンハルトがなるほど……と頷く。



「この規模の街は、我が国にはありません。ですが、これよりも小規模ではありますが、栄えている街はあります。そこの治安は少し不安なところもあるので警備隊を派遣するというのはとても良い案ですね……。ぜひ、見習わせていただきたい」


 アリシアは黙ったまま街を眺めた。レオンハルトからこの規模の街は無い、と堂々と言われてしまうとは思わず、少し戸惑ったのもある。



 人びとが集まり、商売が繁盛する豊かな街を作るには、様々な要素が必要となる。


 その街を上手く利用できる国力。人びとの活気を作り出せる商売。その商売を盛んにするための商品の流通ルート。


 そして何より、その街の治安を維持し、管理できる国の力だ。


 フィクタール帝国にはその力があり、だからこそこのような規模の街がいくつも存在する。帝国の帝都内に留まらず、帝都外にも複数存在しているのだ。それらの街を管理し、維持していくためには国の力は相当大きいものでないといけない。

 だからこそ、アリシアはこの街を案内するようにと皇帝ちちから言われたのだった。


 しかし、レオンハルトはこの規模の街はツィラン国にはないと言い切った。それはともすれば、侮られる可能性もある発言だったのだ。


(果たしてこの王太子は……正直に全てを言ってしまう馬鹿なのか、それとも———)


 アリシアは街から視線を戻し、レオンハルトを見て微笑んだ。いつの間にか、レオンハルトはこちらを見て黙っていた。


「さあ、いきましょうか。ぜひ、我が国の街を楽しんでいただければ幸いですわ」

「……ええ、ぜひ」



♢♢♢



「あっ、皇女さまだ〜〜!」


 街の賑わいの中にレオンハルトとともに、入っていくと、教会からお出かけにやってきているらしい子どもたちが声を上げた。

 教会では、無償で子どもたちの面倒を見るサービスを行っている。


「あっ、あたしも知ってる! 『言い伝えの巫女さま』でしょ!?」

「僕もそれ知ってる〜!」

「シスターが前、言ってたよね〜!」


 子どもたちが嬉しそうにそう言うのを聞いて、アリシアは優雅な笑みの下で凍った。


(しまった、こんなところまで浸透しているのね、『言い伝えの巫女』。しかも、『さま』までついてるし……!)


 より大袈裟に呼ばれたアリシアは、無意識のうちに子どもたちに微笑みかけてしまった。レオンハルトが横で首を傾げる。


「言い伝えの巫女……? 一体なんですか、それは」

「あ……まあ、我が国の伝説みたいなものです。どうかお気になさらずに」


 言い伝えの巫女と神聖視されるのはあまり好きではない。昔から、人に優遇される人生を送ってきたアリシアは、もっと周りに平等に扱ってほしいと願ってしまう。


(贅沢な願いとは分かっているけれど)


 アリシアは自嘲気味に浮かべていた笑みをふんわりとした柔らかいものにすると、レオンハルトの方を見た。


「どこか気になったお店がありましたら、声をかけてください。ご説明しますわ」

「良いんですか。ありがとうございます。……いやぁ、こんなに大きい街は初めてだから少し、緊張してしまうな。フィクタール帝国は本当にすごいですね」

「そう、でしょうか。お褒めいただきありがたいですが」


 アリシアは曖昧な物言いで濁す。本当に良い国は、辺境伯領で起きかけていた悪事をもっと早くに見つけられるだろう。


 アリシアの微妙な固まり方に気づいたのか否か、レオンハルトは早速気になったらしいお店を覗き始める。


「ここは……」

「ここはジュースを売っているお店ですね。新鮮なんですよ」


「色んなフルーツを今この場でジュースにするもんですからね、新鮮っていうのはそういうことなんですよ。どうです、一杯? 今おつくりできますけど」


 アリシアの簡単な説明を聞いていたらしい店主が、レオンハルトに嬉しそうに話しかける。アリシアはレオンハルトのことは気にせず、自分の分を頼むことにした。


「ねえ、フィラッチャ味はあるかしら? あれ、前飲んだけどすごく美味しかったのよ」

「そうですか、それはありがとうございます! ありますけど、おつくりします?」

「ええ、お願い。あと……」


 アリシアはくるっと後ろを振り返り、私服で護衛をしていた護衛騎士の一人を呼び寄せる。


「フェルノルト!」


 フェルノルトと呼ばれた男は、こちらに素早く駆け寄ってきた。


 フェルノルト・ディラー。フェルノルト伯爵家の次男で、フェルノルト伯爵はこの国の騎士団長をしている。彼自身もかなりの実力持ちだ。そのため、アリシアの筆頭護衛騎士という肩書きを持っている。


「如何なさいましたか」

「護衛、お疲れ様。今日は少し暑いでしょう、皆にジュースをあげるから、好きなのを頼みなさい」

「ありがとうございます!」


 フェルノルトは嬉しそうに微笑むと、その緑色の瞳を後ろに向けて全員に何やら、合図を送った。騎士団には騎士団内でしか通用しない指文字のようなものがあるのだ。


 フェルノルトが店主に騎士分を頼んでいると、レオンハルトもそわそわしだした。それに気づいたアリシアは質問してみることにした。


「何か、お好きな味はございますか? 良ければ、レオンハルト様も如何でしょう?」

「良いのですか? それならば……アリシア様と同じものをいただけるかな」


 レオンハルトの注文に頷いて、店主にもう一つと頼むと、店主は忙しそうに立ち働いた。その間、レオンハルトもアリシアも無言で過ごす。


 街ではそれぞれ安易に身分がばれないようにするため、名前と様付けで呼んでいる。別にそうしようと示し合わせたわけではないが、そうした方が良いというのはアリシアの呼び方で悟ったようだ。


(聡い方なのね)


 今日は日差しも強く、気温も高い。平民たちはこの暑さに慣れているため、皆平気な顔をしているが、レオンハルトは慣れてはいないだろう。

 ちらりと窺うが、その顔には一筋も汗は流れていなかった。


(北の方の国のはずなのに……)


 アリシアの視線に気づいたらしいレオンハルトが、こちらを見る。彼はどうしたのだろうかという顔をしていた。


「……暑くはありませんか?」

「暑いですねえ。こういう夏っぽいのは久しぶりですかね」

「……以前もどこかで?」

「ええ。我が国からは少し、南の方の国でしてね。避寒地みたいなもので僅かな冬の間、避寒していたことがあったんですよね」

「そうなのですね」


 なるほど。

 ツィラン国の王太子だからといえど、別に他国に慣れていないわけではないようだ。道理で最初から手慣れた様子だなと思ったのだった。


「アリシア様、ツィラン様。ジュースが出来たようですよ」


 フェルノルトに声をかけられ、振り返ると彼は二人のジュースを持っていた。彼自身のジュースは他の護衛が持っているらしい。


「ありがとう、フェル」

「どう致しまして。ところで、あちらの方で大道芸をやっているようでして……あまり近づかれると人通りが多くなりそうです」

「あら。では避けましょうか」

「どうして避けるのですか?」


 アリシアとフェルノルトは割り込んできた声の主に視線をやった。レオンハルトは不思議そうな顔で二人を見ている。


 大道芸などをやっていると、あまりに人が多すぎて、護衛が完璧ではなくなる。その生まれた隙に、何かに巻き込まれでもしたら、大問題だ。それがアリシアであっても、レオンハルトであっても。


 だから避けるべきなのだが……。それをどう説明しようかとアリシアは困って、レオンハルトの無邪気な表情を見た。


「申し訳ありませんが、人通りが多いと護衛も大変になりますので……。今回は見送っていただけませんか?」


 素直にそう言うと、レオンハルトはハッとした顔になった。思い至らなかった、とその顔には書いてある。


「こちらこそ、我がままを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、ご希望に添えず……」

「気にしないでください。あ、そういえばさっき、アクセサリーのお店がありましたよね? そこまで戻っても良いでしょうか?」


 すぐに話題転換を図ってくれたレオンハルトに感謝しつつ、レオンハルトの願いにアリシアは内心きょとんとした。


「ええ、もちろんですが……不躾な質問ですみませんが、普段、アクセサリーはおつけになるのですか? それとも、どなたかへの贈り物に?」


 アリシアの疑問に、レオンハルトは苦笑した。それはアリシアに呆れたというよりも、自身にたいしての苦笑に見えたアリシアは少し息をのむ。


「ええ、幼馴染みに……。幼い頃は仲が良かったのですが、今は疎遠になってしまって。近頃、デビュタントを迎え、成人したと聞いているので、贈り物でもと」

「なるほど……。もう一つ、不躾ついでに良いでしょうか?」

「ええどうぞ」

「その方は女性ですか?」

「はい。公爵令嬢の身分を持っている、素敵な女性です。立派な志もお持ちで……」


 レオンハルトは少し懐かしむように目を細めた。その女性を語る際には、どこか嬉しそうにしているようにも見える。


「そうなのですね。……では、先ほどのアクセサリーショップではない方が良いかと思います」

「何故かを聞いても?」

「先ほどのアクセサリーショップは、男性向けのものがメインに売られておりまして。我が国にはそう言った店も多いんですよ。ですから、女性に対する贈り物でしたら、わたくしのおすすめのお店へご案内しますよ?」


 アリシアの提案に、彼はぱあっと顔を輝かせる。


「良いのですか?」

「もちろんですわ。お任せくださいませ」

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