15. 婚約者選定 ーep 1 ー
「そういえば、今日はお茶会があるようですね? ハンナから聞きましたよ」
朝餉を済ませ、そろそろ公務に取り掛かろうかという頃。ケヴィンが唐突にそう言った。
いや、唐突ではなかったかもしれない。それまで、気もそぞろであまり会話に集中できていなかっただけで、彼は普通にそう切り出しただけかもしれなかった。
「え、ええそうね」
けれど、アリシアは困ったように微笑んだ。上の空だったのは、まさにそのことを考えていたからだった。
今日は婚約者選定の第一日目。言うなれば、皇女の婚約者選定が幕開けるめでたい日である。
しかし、アリシアの気持ちは晴れなかった。
今日のお茶会で、一人目の婚約者候補と話す。
候補者は全員で四人。誰がその候補の中にいるのか、アリシアは知らなかった。
ちらとケヴィンを窺う。理知をたたえた翡翠の瞳がケヴィンを見つめた。
果たして、彼はその候補者の中にいるのだろうか。
そんな詮無いことを考えてしまい、アリシアは気を引き締めなければ、と心に決めた。
♢♢♢
庭園に用意されたお茶会の席。お茶会と言っても、今回の参加者はアリシアを含めて二人だ。そのため、つくりも優雅なものだが、簡単なものになっている。
アリシアがケヴィンと別れ、茶会の席に向かった際にはもう相手はついていた。
「お待たせしたわね」
アリシアが到着すると、相手は立ち上がり、丁寧に礼を執った。
「お久しぶりですね、殿下。カイル・フュードです。覚えていらっしゃいますか?」
目の前でにこやかに微笑むのは、カイル・フュードだ。フュード伯爵家の長男であり、もしアリシアが彼と結婚するならば、アリシアが降嫁という形でフュード伯爵家に入ることになるだろう。
彼の父親は、良くも悪くも野心家だ。
カイルとは幼い頃、王宮にてケヴィン含め三人で遊んだ記憶があるが、その幼なじみという立場を利用してアリシアを花嫁に迎えたいという意図が透けて見える。
カイルもアリシアが気づいていることに気づいているのか、苦笑しながらの挨拶だった。
「ええ、久しぶりね、カイル。良くケヴィンと三人で遊んだわね」
「ああ、覚えていてくださったとは光栄です」
「フュード伯爵には会議などでよくお世話になっているわ」
時々手を焼くときもあるけれど、とは言わずに済ます。
脳裏に口うるさい従者が目を怒らせて注意する姿が目に浮かんだからだ。
しかし、鋭いカイルは気づいたようで、また苦笑した。
「いえ、父の方がお世話になっているようです。ありがたいことです」
「・・・そういえば、覚えているかしら。ケヴィンが池に落ちてしまったときのことよ」
「ああ! ははっ、今まで忘れておりましたが、思い出しましたよ。いやあ、いつまでも覚えられているのは恥ずかしいでしょうね、ケヴィンの奴」
昔話に花を咲かせていると、近くで二人きりにならないように控えていた侍女が、こちらへ歩いてくる。
「アリシア第一皇女殿下、フュード伯爵令息、そろそろお時間でございます」
「あら、もうそんな時間なのね。カイル、楽しかったわ」
「こちらこそ、楽しいお時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらよ。まあ、今度はケヴィンも一緒に会えたら良いのだけれど」
何の気なしに呟くと、カイルは苦笑した。
今日一日で、何度カイルが苦笑する姿を見たか分からないわ、とアリシアはふと思う。
「ええ、そうですね。そのご返答だと、私とは婚約は結んでいただけないようで」
「・・・あっ・・・!」
忘れていた。
今、このお茶会が何のためだったかを。つい幼なじみの彼と出会い、久しぶりに幼い頃のケヴィンについて話せると思うと嬉しくて、我を忘れてしまっていた。
「ご、ごめんなさい。それはまた後日・・・」
「ええ、もちろんです。———貴女にはもう、お似合いの方がいらっしゃるようですからね」
「え? 何か言ったかしら?」
もちろんです、と言うところまでは聞こえたものの、後半が聞こえず、聞き返す。ケヴィンは軽く首を横に振ると、庭園への入り口へ視線をやった。
「お迎えがいらしたようですよ、殿下」
「え? お迎え?」
アリシアもつられてそちらに視線をやると、そこにはケヴィンがいた。
「あら」
「お迎えに上がりました、殿下。もうお茶会はすんだのでしょう?」
「あら、そんな言い方をしてはいけないわ」
「申し訳ございません。どうぞ、お手を」
すっ、と当たり前のように差し出されたケヴィンの手を、アリシアも当たり前のように受け入れた。エスコートをしてもらい、カイルの前まで向かう。
「カイル、今日はありがとう。とても楽しい時間を過ごせたわ。陛下から、返事は全候補者を纏める機会があるので、返事はそこで返すようにと言われているの」
「ええ、それは私ども候補者も伺っております。———そういえば殿下。中にはまだ、自分が候補者ということを知らぬものもいるという噂をご存知ですか?」
「え? 本当なの、それ」
「ええ、そのようですよ」
カイルはそこで少し黙って疲れたように微笑んだ。
「殿下とお茶会を楽しめて良かったです。良い機会になりました。これからも父が何かを申すかも知れませんが、どうぞお気になさらず」
「? ええ、分かったわ」
「それから———ケヴィン」
それまで黙ってアリシアとカイルのやり取りを聞いていたケヴィンは、初めてカイルの方を真っ向から見つめた。
「久しぶりだな、ケヴィン」
「———ああ。カイル、元気そうで何よりだよ」
「それはこっちの台詞だ。・・・お前の夢、応援してるよ」
「は? 夢・・・?」
カイルの言葉に、呆然としたようにケヴィンが首を傾げる。それを見て、カイルはこの場に来てから初めて間抜けな顔をした。ぽかん、と驚いた顔をしたのだ。
「まさかお前・・・望んでないのか?」
「何のことだよ?」
「まあ、良い。俺はともかくお前の味方だ。敵じゃないから安心してくれ」
「だから何の話だよ?」
重ねられるカイルの言葉に、アリシアも困惑した。一体、味方だの敵だの、何の話をしているのだろうか。
「ま、久しぶりにケヴィン、お前と話せて良かったよ」
「ああ」
「殿下もお元気そうで何よりです。本日はお時間をいただきまして、ありがとうございました。今日はエスコート役もいるようですし、私はこれで失礼致します」
「あ・・・ええ、ありがとう」
確かに婚約者候補が目の前にいると言うのに、別の男性のエスコートを受けるのは駄目だったか、と今更ながらに気づくが、もう遅かった。カイルはすっ、と美しい礼を執ってから、颯爽と去っていった。
「———お茶会というのは、婚約者候補とのお茶会だったのですね?」
「あ・・・ええ。そうなの。でも、相手が誰かは知らなかったのよ?」
朝、誰とお茶会をするのかは知らないと答えてしまった。アリシアはなぜか言い訳めいた口調で言い訳めいたことをいうと、ええ分かっていますとケヴィンは頷いた。
「ですが、もう隠し事はしないでくださいね!? 殿下の隠し事はまじで怖いので」
「まあ、ケヴィンったら。主に対してそんなことを言って良いと思っているの?」
いつもの調子に戻った二人は、楽しそうにぽんぽんと弾む会話を繰り広げながら、執務室の方へ戻っていった。




