13. 今日も隠し合い
春。うららかな季節だ。柔らかい日差しとそよそよと気持ちの良い風が吹き、穏やかな気持ちでいられるはずの季節。
「アリシア、此度の件・・・ちと強引ではなかったか?」
(もー! 悪事を見逃さずに済んだんだから良いでしょうよ!)
内心、口をとがらすのは皇女アリシアだ。しかしそうはいかないらしく、皇帝は珍しく渋顔をつくっている。
隣に座っている皇后は面白そうに微笑んでいた。
「ですが、きちんと悪事は見逃しませんでしたよ?」
「それとこれとは問題が違う」
「ならばどうすれば良かったと? あの場で即座に逮捕できたのですからいいでしょう」
「お前は・・・っ!」
皇帝がぐっ、と押し黙る。これ以上反論しても無駄だと悟ったのだろう。
何か? とにっこり微笑んで見せれば、皇帝はふぐぐっとハンカチを噛み締めた。もちろん、フリだ。
「まあまあ、あなた。そうカッカなさらないで。血圧が上がりますわ」
「お前まで!」
「ほほ。仕方ないわ、アリシアが悪事を見逃さなかったのは本当ですもの」
けれど、と皇后はにこやかながらに続ける。
「もう少し穏便にしても良かったのかも知れないわね」
にこり。
ちくっと刺されたアリシアは分かりましたと、渋々頷いた。皇帝と皇后の言う通りではあるからだ。
ケヴィンが隣から憐れみの視線を送ってきているのが分かり、むっとする。けれどここでは何も言わずに笑顔で気持ちを覆い隠した。
気持ちを隠し通すのは慣れている。ケヴィンへの気持ちを常に隠し持っているからだ。それでもたまに気持ちが溢れてしまいそうになる時は、アリシアにだってあった。ケヴィンが格好良すぎると思い、抱きつきたくなった事も一度や二度ではない。
だが、皇女という責任ある立場や身分が彼女を深く律していたのだった。
常に民のために尽くすこと。
それがアリシアの身分に伴う義務であり、覚悟だった。民のために尽くし、民の生活を守り続ける。こう言った覚悟を持っているからこそ、民に傅かれる立場に立てるのだ。
アリシアはそれを思い返し、気を引き締め直すと、また笑顔を浮かべ直した。
「かしこまりました。以後、気をつけます」
「頼みますよ」
にっこりと皇后も笑顔で頷き、その場は解散となった。
♢♢♢
「殿下、こちらもお願いします。それからこれも緊急を要しまして」
ぼんやりとケヴィンを眺めてしまっていたらしく、彼に訝しまれたようだった。
「どうしました? 体調がお悪いのですか?」
「な、何でもないわ。書類をちょうだい」
「いけません。体調がすぐれないように見えます。一度、お休みになってくださいませんと」
どうしよう。
アリシアは困惑していた。ケヴィンがやたらと格好良くてただ見つめていただけなのに、体調不良だと勘違いされてしまった。このままでは公務をやめて、侍医を呼ばれかねない。
「本当に違うのよ。だるくないし、熱もないわ」
「本当ですか? 少し、失礼します」
ケヴィンの手がそっと伸びてくる。え、え、とアリシアがドキドキしている間に、ケヴィンの手はアリシアの額に触れていた。
冷え性なのか、ひんやりとしている。大きな手だな、とぼんやり考えてしまう。
「熱はなさそうですけど・・・やっぱり心配です。薬師を呼びましょう」
「いっ、良いのよ。本当に良いの。平気だから」
そんな大事にされては敵わない。その一心でアリシアは笑顔を見せる。誰もが魅了されてしまうような妖艶な笑みとは程遠い、可憐で楚々とした笑みだ。
その顔にケヴィンはどきゅん、と心臓を撃ち抜かれた。
もちろん、態度には一切出さない。
「そ、そうですか。なら良いのですが・・・」
「ええ」
またふわり、とアリシアは笑う。
その可愛さと美しさが両立した笑みは、本当に心臓に悪いなとケヴィンは思うのだった。
だがしかし、顔には出さない。
この二人、主従関係だけあって性格がとても似ているのだ。
自分の気持ちを隠し通すことに長けている。
それが裏目になるとは思わずに、二人は今日も隠し合いをするのだった。




