12. お呼び出し
「アリシア第一皇女殿下からお呼び出しと伺いまして、参りました。前アジリメッタ辺境伯のグスタフです」
神妙な表情をした初老の男性が、そっと頭を下げた。アリシアは皇帝をそっと振り返り、頷きを見ると許可を与えた。
「顔をあげなさい」
グスタフの表情は平然としたものに見えるが、瞳には焦燥が浮かんでおり、なぜ自分が呼び出されたのか、理解できないようだ。
「今日はどのような・・・御用でございましょうか」
「昨日、アジリメッタ辺境伯に話を聞きましたが、辺境伯領の不作について陛下に奏上することをとめていたそうですね?」
アリシアの直球な問いかけに、びくっとグスタフの表情が揺らいだ。
「それは事実なのですか?」
「・・・それは・・・」
「はっきりと答えてください、陛下の御前ですよ」
隣から、ケヴィンが鋭く口を添えた。グスタフは揺らいだ目のまま、首を振った。
「ち、違います。私はそんなこと・・・」
「そうなのですか? では、アジリメッタ辺境伯のいうことが虚偽であると?」
「そうです!」
アジリメッタ辺境伯がちが・・・! と言いかけたが、スワード公爵が宥めている。そちらにちらっと視線をやりつつも、グスタフがぺらぺらと話し始める。
「むしろ私の方こそ、奏上をした方が良いのでは無いかと彼に何度も申しました。ですが、彼の方が聞き入れてくれなかったのです。殿下がご存知かは知りませんが、パウロは虚言癖がありましてな。虚偽を申すのですよ」
「なっ・・・! 叔父上、何を申されているのです!」
パウロと呼ばれた辺境伯が顔を真っ赤にして反論し始めた。
「私は嘘などつきません! 皇帝陛下や皇女殿下の前でそのような大それたことは出来ませんし、何より日常的にも嘘をつくことはありません!」
「嘘をいうな、パウロ! お前を育ててやった私にそのようなことを申して良いと思っているのか!」
「叔父上こそ、何を仰っているんです! 私は真実を述べているだけ!」
「お前・・・!」
「そこまでにせよ」
二人の言葉をとめたのは、誰よりも上座にいる皇帝だった。アリシアは沈黙と化し、父の言葉を待つ。
アリシアはあくまで会議を進行するだけの役だ。皇帝の怒りを買った彼らを庇う理由はない。
「そなたら、ここが何をする場か分かっておるのか? 会議をする場だ。冷静になれ」
皇帝の叱責に、誰もが沈黙を貫いていた。みっともない父子喧嘩をしていた二人は、顔を青ざめさせている。
「申し訳ありません・・・」
パウロの方が青ざめた顔のまま、謝罪する。アリシアは冷静に口を挟み込んだ。
「では、会議を再開します。今後、グスタフ殿とパウロ殿はわたくしに許可されたこと以外、口を開かぬように」
こくこく、と二人が慌てて頷く。早速アリシアは、二人に質問をぶつけた。
「では、グスタフ殿はパウロ殿の奏上をとめたというのは真実ですか?」
「違います」
「では、パウロ殿が逆に止めるように言ったというのは本当ですか?」
「そうです」
パウロにも同じ質問をしたら、同じ返答が返ってきた。
これはどちらかが嘘をついている可能性がある。でも、この時点ではどちらが嘘をついているかは判断できなかった。
もしもグスタフが嘘をついており、パウロの最初の申し出が本当ならば、グスタフは何かを隠したかったに違いない。しかし、それはパウロも同じ条件だ。恐らく、隠したいものが違うだけで。
もし、二人とも嘘をついていたらどうだろうか?
グスタフもパウロも嘘をついていたら。
その仮説に沿って考えていくと、ある一つの答えに辿り着いた。
「グスタフ、そなたは確かギャンブルが好きだったわね?」
アリシアの質問に、グスタフが何を言い出すのかと怯えた態度で答えを返した。
「は、昔の話ですが」
「そう、では今はやっていないのね?」
「え、ええ。もちろんです」
そこでケヴィンが手を挙げた。
「何かしら、ケヴィン」
「グスタフ殿は嘘をつきましたね? 私が調べたところによりますと、彼はよくギャンブルの街へ足を運んでいます」
「なっ・・・! それは嘘にございます、殿下。信じてください」
「私の許可なく話すなと言ったはずだけれど?」
アリシアの厳しい視線の一瞥に、グスタフはびくっと体を揺らす。
「つまり、まだグスタフ殿は通っているのね?」
「はい、間違いございません」
「なるほど、では領に割り当てられている国からの予算を使っていても不思議ではないわね」
「なっ・・・!」
アリシアの飛躍した言葉に、グスタフとパウロがそっくりな顔を驚きの表情に変える。叔父と甥という関係のはずだが、かなりそっくりだなとアリシアは思った。
「では、二人は横領をしていたということですかな?」
「私は違います!」
ハワード公爵のひっかけに、パウロがすぐ引っかかった。
パウロも自分で気付いたのか、あっ・・・と声をあげる。
「つまり、グスタフは横領をしていたのね?」
「・・・っ!」
グスタフとパウロが焦った表情を浮かべた。
あまりにも簡単なひっかけにかかってしまったのだ、二人ともかなり追い詰められていたのだろう。だからと言って情状酌量の余地があるわけではないが。
アリシアは冷ややかな目で二人を見つめた。
言い伝えの巫女に酷似しているというアリシアの姿はかなり美しい。だが、美しい分、人を威圧するときはかなりの圧を生むことをアリシアは知っていた。
「では、二人には追って沙汰を下します。陛下の指示に沿って、ね」
最後にニッコリと笑ってやると、アリシアはケヴィンがいつの間にか呼んでいた兵に申しつけた。
「連れて行きなさい」
「はっ!」
「ああちょっと待って」
呼び止めたアリシアに、周りの人たちがどうしたのかと訝しげな瞳を向けた。アリシアは無表情で二人に告げる。
「領地のことはわたくしが責任を持って管理しておきます。どうぞ安心なさっていいわよ」
「・・・っ! は」
グスタフは悔しそうな表情というよりかは安心したかのような表情になり、パウロは穏やかな表情で頷いた。
元々、二人とも領民を思い遣る良き領主だったのだろう。
ともかく、アリシアの鋭い洞察により、二人の悪事を見逃さずにすんだのだった。




