147.イヤイヤシリトラと『処刑人』達の動き①
ミーツラスは困っていた。
任務中であればイレギュラーやトラブルは日常茶飯事だ。だが、それに対応できるだけの厳しい訓練に耐えてきたと自負している。 自負しているが・・・
流石にこれはどうしたらいいんだろう・・・・。
ミーツラスの視線の先には、机に突っ伏して顔をあげてくれないシリトラの姿。
「あ、あのリーダー。国から・・・・」
「いや!」
「でしたら、この報告書を・・・」
「いや!」
・・・・
頼れるはずだったリーダーがさっきからこの調子なのである。
どうすればいいか分からない時は上に確認する。当たり前の事だけど、その上がこの場合はどうすれば・・・・コーバスにいるボスに指示を聞いている時間も無いし。
困ったミーツラスは、この状況でもいつもと変わらない笑顔を浮かべているモレリアに目で助けを求める。
「ミーツラスが返事しときなよ」
軽く言うけど、モレリア先輩はそれはどれだけの事か分かっているのだろうか。
「む、無理ですよ!空飛ぶ水竜。水竜を従える謎の女。タリマルに現れ、エールを大量に買った空飛ぶ若い緑髪の男とまだ幼さの残る土色の髪の女。それにその2人組が持っていた凄い伸びる白い入れ物。とてもじゃないけど私では何も考えつきません!何で私達の国で一度にこんな事が起こるんですか!」
「うーん、それは僕に言われてもなあ。取り合えず返事はシリトラの修理が終わるまで待つしかないね」
「修理って何ですか!リーダーは物じゃないんですよ!・・・いえ、それだったらモレリア先輩が早くリーダーを修理してくださいよ!」
「あー、僕が触ると余計壊れるからねえ。このまま安静にしておくのが一番だよ。多分あと3日ぐらいで直ると思うよ」
「3日じゃ遅すぎます!今日中に返事しろって言われてるんですよ!」
そう言うとモレリアは困った顔でシリトラに視線を移す。
「だってさ。シリトラ」
「いや!」
「ほら、やっぱりダメだよ。シリトラ、『イヤイヤ期』に入っちゃってるもん」
「子供?」
「そうなんだよ、シリトラってば考えても分からない事が多すぎると、こうやって『イヤ』、『イヤ』しか答えてくれないんだ。子供みたいでしょ」
ハハハと笑うモレリアにミーツラスがキレた。
「笑いごとじゃないですよ!返事どうするんですか?」
「・・・・仕方ない。僕が書くよ」
「ええ?モレリア先輩、報告書を書けるんですか?」
いつも報告書を書いているリーダーの横で、笑顔を浮かべて立っているだけのモレリア先輩が?リーダーからも先輩には報告書を書かせるなって言われているけど、いいのかな?
「フフフ。ミーツラスは忘れたのかな?一応潜入組の中で僕は副リーダーなんだ。報告書ぐらいチャチャっと書き上げてみせるさ」
「えーっと。それではお願いします」
そう言って報告書をミーツラスから受取り返事を書き始めるモレリア。
「えーと。『各地で目撃された空飛ぶ水竜について』・・・これっておとぎ話の『海運び』かな?」
「海を運んで来て城も街も押し流したって話ですか?多分違うんじゃないですか。その話だと空を泳ぐように飛んでたって書いてますけど、今回は泳いでいるようにはとても見えなかったそうです。後、大きさが全然違いますよ。おとぎ話だと街をぐるりと囲むぐらいで、今回は普通の大きさだったみたいですよ」
「そっかー。それでも、僕も見たかった。あと、多分空飛ぶお爺さんの関係者かな。よし」
「え?今言った事を報告書に書きました?」
「今度は『桜の湖に現れた水竜を従える女』かあ・・・うーん。絶対水竜より強い、見かけたら逃げよう。よし」
「・・・・ええー」
「『空飛ぶ二人組』。空飛ぶって事は、空飛ぶお爺さんの関係者だね。あとたくさんエール買って帰ったって事は誰かこの2人を買い出しに行かせた人がいると思うよ。よし」
「・・・・」
「『凄い伸びる白い入れ物』。これはミミズだね。絶対そう。はい、ミーツラス、書き終わったよ」
「終わったよじゃないですよ!こんなの送ったら怒られますよ!」
「大丈夫、大丈夫。こうやってシリトラのサイン書けば問題ないよ」
「いや、問題おおあり・・・って上手!!!何でリーダーのサイン書けるんですか!」
「実はいつもサイン書いているのは僕なのさ!シリトラからこれぐらいは手伝えって言われててね」
・・・・・・
「怒られる時は私を巻き込まないで下さいね」
■
時間は遡りトレオン達『処刑人』
「チッ、久しぶりに本気出したぜ」
同じような恰好で顔を隠した怪しい連中が集まる中、トレオンは足元に倒れるヒューズ。・・・クラン『深緑翼』のトップを軽く蹴りつける。そんなトレオンに細い目の男が近づいてくる。
「お見事です、教官。『処刑人』最速の名は伊達じゃないですね」
「うるせえよ、ニシア。てめえも潜入してたんなら、さっさとアジトの場所見つけろ!ベイルなんて来て早々見つけてんだぞ」
「そりゃあ、ないですよ、教官。あのベイルって人と比べないで下さい。っていうかあの人マジで何者なんですか?騒ぎばっかり起こして今は牢屋に立て籠もる。意味分かんないんですけど?」
そりゃあ、俺も知りてえよ。ただ今は『ドルーフおじさん』よりも人攫いだ。ようやくだ、ようやく尻尾を掴んだ。こっから必ず証拠見つけて、スラムのみんなの仇を討ってやる!
■
「どういう事だ?何故『赤』と『黄』が全滅した!トレオン!」
「俺じゃねえよ。落ち着けジジイ」
珍しく・・・いや、多分ジジイがここまで取り乱すのは初めて見たな。俺も流石にクラン2つの主要メンバーが全員殺されたって聞いたら驚いたぜ。ジジイが睨んで来たけど、流石に俺でもそんな真似できねえ。出来ても5級パーティを何人か殺すぐらいだろう。リーダーなら・・・いや無理だな。あの人でも5級パーティ一つが限界だと思う。しかも同時に二つ消えるとか意味分かんねえ
「潜り込ませてた奴はどうした?」
「殺されておった。外から見張っていた奴が、アジトの場所を確認して報告に戻ってきた間にだ。目撃者はいないが、死体の状況から『赤』を潰したのは全員槍使いのパーティだ」
槍か。別に珍しい武器じゃねえが、『赤』を全滅させる程の腕前のパーティーで全員槍使いとなると、流石に心当たりがねえ。
「更に悪い知らせだ。『黄』をやったのは、恐らく『土盛り』だろう。盛られた土がたくさん残っていた」
・・・『土盛り』ってハルツールの『人食い土盛り』か?確か死体のそばに何故か盛られた土が複数あるってのが特徴で、何かしらの土魔法の跡だろうと言われているが、その正体や人数は不明。都市伝説みたいな話だ。
「そりゃあ、10年以上前にハルツールで噂になってたやつか?」
「恐らくな。模倣犯だとしても『黄』を倒せる実力だ。何故そんな奴が『黄』をこのタイミングで狙ったか分からん」
聞けばこっちも同じように、見張りが報告に戻った隙に動いて、潜入させてた奴は殺されていたそうだ。
まあ、俺はそいつらの正体はどうでもいい。潜入してた奴も『処刑人』と言っても顔も知らねえ、俺達みたいに死刑の代わりに『処刑人』になった奴だろうからどうでもいい。それよりも人攫いの連中だ。
「で?その二つから何か証拠は出てきたのか?」
「潜入させていた奴の死体から殴り書きでディリングと書かれた紙が見つかった」
「やっぱりあの国に売ってやがったか。人至上主義はどうしたんだよ」
「そんな国だから、獣人やエルフ、ドワーフ等他種族の特徴が強く出ている奴を欲しがるんだろう」
チッ、分かっちゃいるが、実際言葉にされると、イラつくぜ。
攫われたみんなは絶対碌な目にあってねえだろうな。いつかディリングに行って・・・いや、多分みんな死んでるだろう。それにディリングのどこに売られたかも分からねえ。まあ、その前にこの国のクソどもをどうにかしねえとな。
取り合えず今は今回見つけた3つのアジトの調査結果待ちだ。『緑』のアジトは軽く調べたけど手掛かりは無かった。出来れば他二つから手掛かりが出ればいいが、厳しいか・・・ユルビルとマーティンが明日には王都に来るはずだから、何も手掛かりが無いと、うるせえだろうな。
そんな俺の心配は杞憂だった。全く別の所から手掛かりが飛び込んで来たんだ。
「訳が分からんぞ!この字は『黒』を見張らせていた奴の字だ。もう一度始めから分かり易く説明しろ!」
昨日に引き続き、今日も珍しくジジイが慌てふためいている。いや、俺も報告聞いたけど、訳が分からねえよ。
ハルツールへの街道にいきなり土の壁があった?それが崩れたらサファガリア家の連中が死んでいて、サファガリア伯も殺されていた?唯一生き残った令嬢が持っていたメモがこれ?
『ケバールシ、サファガリア、ばけもノ』
「何なんだ。一体何が起こっている。『黒』を見張っていた奴と潜入させていた奴は?何故このメモをサファガリアの令嬢が持っている?そもそも『黒」はどうした?」
冷静に考えれば、このメモと状況からケバールシからサファガリアの暗殺依頼があったって事だろう。そうなると、それを受けたのは、実力や状況から見て『黒』の連中って考えた方が無難だ。最後の化け物ってのは意味が分からねえが、字が震えているから、相当焦っていたんだろう。
「ジジイ、その令嬢の話は何て?」
「襲われたと同時に気絶したから何も分からないそうだ」
「その令嬢がめちゃくちゃ強いって事は?」
滅茶苦茶強い令嬢をこの目で見た事あるからな。もしかしたらだ。
「それはない、サファガリア令嬢の強さは既に確認済だ。『身体強化』を使っても新兵にも勝てないだろう」
そうなると『化け物』ってのがいたって事か。それなら『黒』も死んでいるって考えた方がいいな。まあ、生きていた所で俺はどっちでもいい。ただ、この一連のクランを狙った騒ぎ、無関係と決めつける訳にはいかねえ。
手掛かりはケバールシ。こいつは確かカルガーの元婚約者の子爵だ。こいつとサファガリアの接点はコーバスに来た時だろう。その時に何かトラブルでサファガリアの令嬢が恨みをかって、狙われた。・・・・とは考えられねえ。
何故か?そりゃあケバールシ子爵は典型的な小物貴族だからだ。爵位が上の者には逆らわず、下の者には権力をひけらかす。そんな小物が上位貴族に手を出すわけがねえ。ただ、上からの命令なら別だ。
こいつは最近ボートレット派閥に入った。恐らく派閥からの命令で、サファガリア暗殺に動いたんだろう。このタイミングでってのは別に不思議じゃねえ、サファガリアは派閥を移籍しようとしたからな。そうなると、裏で糸引いてるのはボートレットだな。こいつはずっと俺達が見張っていた奴だ。けど今まで全く証拠が掴めなかった。けどこれでケバールシを叩けば、もしかしたら何か人攫いの証拠が出てくるかもしれねえ。
そうして証拠や証言があれば契約通り、他の『処刑人』を動かせる。流石に俺達3人じゃボートレットの私兵に殺されるからな。特にあそこの『第一部隊』はやばい。ここ最近姿を見せねえが、この状況だ、ボートレットの屋敷に必ず潜伏しているはず。
けど、今、王都にいる『処刑人』を動かせれば、『第一部隊』と言えど何とかなる。今度こそボートレットまで辿り着ける、いや、着いてみせる。
「ジジイ、俺は動くぞ。まずはケバールシだ。止めるなよ」
「止めはしないが、殺すなよ。殺せば騎士団が本格的に犯人捜しを始めるからな。生きていれば騎士団も面子が保てる」
「分かってるよ。貴族のプライドとかだろ?理解は出来ねえけどな。それにあんな小物どうでもいいさ・・・っといいタイミングだ」
ケバールシの所に向かおうとしたら、アジトに聞き覚えのある足音が聞こえてきた。分かってはいたが、やってきたのはユルビルとマーティンだった。
「よお、お疲れ。早速で悪いけど行くぞ」
「敵は?」
「ドルモル・ケバールシ子爵だ。詳しくは向かいながら説明する」
「ククク、『ベイルが王都にくれば何か動くかも』とトレオンの言った通りじゃったな」
「動き過ぎだ!笑いごとではない!くそ、ジークはどうした?」
ユルビルの軽口如きで普段は怒らねえジジイが怒りだす。そんなに余裕がねえのか。
「組合長は馬車だからもう少しかかる」




