第十三話
―殺しちゃ、駄目だ-
晃の先程の言葉が蘇り、了祐は目を見開いた。
刀を振り下ろす手が、直前で止まる。
刹那の暗い目が、無言で自分を見上げた。
-今のお前は俺と同じ復讐者だ-
―風音さんの本当の気持ちも分からないのか。あの人が、お前に復讐して欲しいと思うわけないだろー
―憎しみからは何も生まれない。お前が言う強さは本当の強さじゃない。了祐、そんな言葉を聞いちゃ駄目だ-
「・・・晃、俺は」
復讐じゃない、お前を助けたいだけだ。
それには時間が無いんだ。
一刻も早く術を解いてお前を手当てするために。
そのために、刹那を殺す。
それで本当にいいのか?
違う、術を解く方法はあと一つあったはずだ。
思い出せ、早く。
-それはものすごく大変みたいだけど、誰も死なずに済むなら、俺たちはまずその道を選びますー
「その道を・・・選ぶ」
憎しみを全て、守るための力に変えろ。
晃を消えさせたりしない。
今度こそ絶対に、俺が守る。
刹那は、突然動きを止めた了祐の間合いから素早く離れた。
そして、ちょうどその時、彼らの下に辿り着いた蒼介。
二人は同時に目の当たりにした。
了祐の体の輪郭がゆっくりと霞むようにぶれ、その姿が透けていくのを-。
「・・・!」
「了祐・・・晃!」
***
気付くと目の前に晃が倒れていた。
慌てて近づき抱き起してみれば、まだちゃんと息がある。
晃、と呼ぶとうっすらと目を開けて、笑った。
―俺の言葉、ちゃんと聞いてくれたな。ちょっと冷や冷やしたけどー
―ああ、心配かけてー
―すまない、は無しだぞー
―分かった。すぐに医者に連れて行くから、絶対に死ぬな-
―うん。約束はできないけど・・・俺は絶対諦めない。だからお前も-
晃の言葉を最後まで聞けないまま、目の前の景色がいきなり変わった。
慌てて辺りを見回して、思い出す。
これは、影突を受けたあの日の景色だ。
まるで一枚の絵の様に、何ひとつ動かない景色。
その中で、刹那の血のように赤い目が、自分を真っ直ぐに見つめている。
今にも術をかけようとする、その目。
自分の心臓の音がひとつ大きく鳴った。
ああ、あの目だ。
術を解く方法が、やっと分かった。
自分の力の全てを刀に託して、景色の中の刹那を斬る。
その瞬間、光が弾けるように視界が真白くなった-。
***
蒼介と刹那は、為す術もなくその光景を見つめていた。
そして、ぶれた了祐の姿が完全に消えたと思った瞬間。
目を開けていられない程の突風が、彼のいた場所から巻き起こった。
「!!」
風が弱まり目を開けた時。
蒼介と刹那の目の前には、二人の男の姿があった。
倒れこんだ晃と、その横で横一文字に刀を振り切った了祐。
「了祐!・・・晃!」
蒼介は慌てて駆け寄った。
大丈夫かと声を掛けようとして、晃の傷に驚愕する。
「蒼介、晃を早く師範の下へ。・・・頼む」
「分かった、任せろ」
素早く晃を抱えると、蒼介は走り出した。
刹那はそれを追おうともせず、了祐を見つめている。
その視線に気づいた了祐は、刀を納めると、無言で彼に向き直った。
「見事だな。なぜ解けた?」
「・・・俺はずっと、今の状態から抜け出そうとしていた。でも、それは間違いだった。俺が捕らわれたのは術をかけられたあの瞬間、あの時のお前の目だ。そこに意識を戻して、術の根本から断ち切った」
刹那は小さく笑った。
これまでの悪意に満ちたそれと違い、彼の自然な笑いに見えた。
「俺が気づいたのもそれだ。見立ては正しかったという訳だな」
「・・・俺は目的を達した。これ以上、好き好んでお前と争うつもりは無い。ただ、お前が復讐を続けるというなら、俺はそれを止めなければならない」
「お前がそこまでする理由がどこにある?」
「頼まれたからな、お前を知る皆に。・・・それに俺は、人を真に強くするのは復讐ではないと知った。それをお前にも知ってほしいと思ってる」
「つくづく馬鹿だな、お前もあの餓鬼も。・・・知ってるんだよ、そんなことは」
復讐こそ力だと、そう口にすることで己を鼓舞した。
それが無ければ生きて行けなかった。
そうして動かなければ、亡くした多くの命に申し訳が立たない、そう思った。
「・・・風音は自分のせいだと言ったが、そもそも討幕派につくよう主張したのは俺だ。あいつも含めて九頭見の皆の幸せを壊したのは、俺なんだ。負けたまま生き続けることも、罪から逃げて死ぬことも、どちらも俺には選べなかった」
「・・・」
「お前には、俺の嘘を真実に変えてほしかった。怒りで我を忘れたお前に殺されることで、やはり復讐こそが正しい道だと、俺のしたことは全て無駄ではなかったと、証明して死にたかった。・・・だが、そう甘くはないな」
刹那は再び笑ったが、その直後に大きく咳き込んだ。
口元を拭った拳には、血がついている。
「刹那・・・それは」
「あの術の反動は、確実に術者を追い詰める。俺はすぐには死ななかっただけだ。ましてや、今回お前に術を解かれたからな。解かれた術の力は術者に返る。反動は加速するだろう」
「・・・逃れる方法はきっとある。俺にも出来たんだから」
「そんな顔をするな。お前が気にすることじゃない。言っただろ、もともと俺に時間は大して残されてないと。多少早くなろうと問題ない」
背後の木にもたれて、刹那は空を見上げた。
辺りが白み始め、夜明けが近づいていた。
「お前は早くあの餓鬼の下へ行け。俺もすぐにここを去る」
「・・・」
「心配しなくても、復讐はやめたよ。・・・お前らに散々暴かれたからな、俺の過ちを」
「これからどこへ行く。・・・長屋の子どもたちがお前を待っているぞ」
「東京には戻らない。確かに俺は多くの罪を犯したが、だからと言って政府に捕まるのは御免だ」
そして笑って続けた。
どこかずっと遠く。
死んでも誰にも見つからないような所へ行く、と。




