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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第十三話

―殺しちゃ、駄目だ-


晃の先程の言葉が蘇り、了祐は目を見開いた。

刀を振り下ろす手が、直前で止まる。

刹那の暗い目が、無言で自分を見上げた。


-今のお前は俺と同じ復讐者だ-

―風音さんの本当の気持ちも分からないのか。あの人が、お前に復讐して欲しいと思うわけないだろー

―憎しみからは何も生まれない。お前が言う強さは本当の強さじゃない。了祐、そんな言葉を聞いちゃ駄目だ-


「・・・晃、俺は」


復讐じゃない、お前を助けたいだけだ。

それには時間が無いんだ。

一刻も早く術を解いてお前を手当てするために。

そのために、刹那を殺す。

それで本当にいいのか?


違う、術を解く方法はあと一つあったはずだ。

思い出せ、早く。


-それはものすごく大変みたいだけど、誰も死なずに済むなら、俺たちはまずその道を選びますー


「その道を・・・選ぶ」


憎しみを全て、守るための力に変えろ。

晃を消えさせたりしない。

今度こそ絶対に、俺が守る。



刹那は、突然動きを止めた了祐の間合いから素早く離れた。

そして、ちょうどその時、彼らの下に辿り着いた蒼介。

二人は同時に目の当たりにした。

了祐の体の輪郭がゆっくりと霞むようにぶれ、その姿が透けていくのを-。


「・・・!」

「了祐・・・晃!」


        ***


 気付くと目の前に晃が倒れていた。

 慌てて近づき抱き起してみれば、まだちゃんと息がある。

 晃、と呼ぶとうっすらと目を開けて、笑った。


 ―俺の言葉、ちゃんと聞いてくれたな。ちょっと冷や冷やしたけどー

 ―ああ、心配かけてー

 ―すまない、は無しだぞー

 ―分かった。すぐに医者に連れて行くから、絶対に死ぬな-

 ―うん。約束はできないけど・・・俺は絶対諦めない。だからお前も-

 

 晃の言葉を最後まで聞けないまま、目の前の景色がいきなり変わった。

 慌てて辺りを見回して、思い出す。

 これは、影突(かげづき)を受けたあの日の景色だ。

 まるで一枚の絵の様に、何ひとつ動かない景色。

 その中で、刹那の血のように赤い目が、自分を真っ直ぐに見つめている。

 今にも術をかけようとする、その目。

 自分の心臓の音がひとつ大きく鳴った。


 ああ、あの目だ。

 術を解く方法が、やっと分かった。


 自分の力の全てを刀に託して、景色の中の刹那を斬る。

 その瞬間、光が弾けるように視界が真白くなった-。


        ***


蒼介と刹那は、為す術もなくその光景を見つめていた。

そして、ぶれた了祐の姿が完全に消えたと思った瞬間。

目を開けていられない程の突風が、彼のいた場所から巻き起こった。


「!!」


風が弱まり目を開けた時。

蒼介と刹那の目の前には、二人の男の姿があった。

倒れこんだ晃と、その横で横一文字に刀を振り切った了祐。


「了祐!・・・晃!」


蒼介は慌てて駆け寄った。

大丈夫かと声を掛けようとして、晃の傷に驚愕する。


「蒼介、晃を早く師範の下へ。・・・頼む」

「分かった、任せろ」


素早く晃を抱えると、蒼介は走り出した。

刹那はそれを追おうともせず、了祐を見つめている。

その視線に気づいた了祐は、刀を納めると、無言で彼に向き直った。



「見事だな。なぜ解けた?」

「・・・俺はずっと、今の状態から抜け出そうとしていた。でも、それは間違いだった。俺が捕らわれたのは術をかけられたあの瞬間、あの時のお前の目だ。そこに意識を戻して、術の根本から断ち切った」


刹那は小さく笑った。

これまでの悪意に満ちたそれと違い、彼の自然な笑いに見えた。


「俺が気づいたのもそれだ。見立ては正しかったという訳だな」

「・・・俺は目的を達した。これ以上、好き好んでお前と争うつもりは無い。ただ、お前が復讐を続けるというなら、俺はそれを止めなければならない」

「お前がそこまでする理由がどこにある?」

「頼まれたからな、お前を知る皆に。・・・それに俺は、人を真に強くするのは復讐ではないと知った。それをお前にも知ってほしいと思ってる」

「つくづく馬鹿だな、お前もあの餓鬼も。・・・知ってるんだよ、そんなことは」


復讐こそ力だと、そう口にすることで己を鼓舞した。

それが無ければ生きて行けなかった。

そうして動かなければ、亡くした多くの命に申し訳が立たない、そう思った。


「・・・風音は自分のせいだと言ったが、そもそも討幕派につくよう主張したのは俺だ。あいつも含めて九頭見の皆の幸せを壊したのは、俺なんだ。負けたまま生き続けることも、罪から逃げて死ぬことも、どちらも俺には選べなかった」

「・・・」

「お前には、俺の嘘を真実に変えてほしかった。怒りで我を忘れたお前に殺されることで、やはり復讐こそが正しい道だと、俺のしたことは全て無駄ではなかったと、証明して死にたかった。・・・だが、そう甘くはないな」


刹那は再び笑ったが、その直後に大きく咳き込んだ。

口元を拭った拳には、血がついている。


「刹那・・・それは」

「あの術の反動は、確実に術者を追い詰める。俺はすぐには死ななかっただけだ。ましてや、今回お前に術を解かれたからな。解かれた術の力は術者に返る。反動は加速するだろう」

「・・・逃れる方法はきっとある。俺にも出来たんだから」

「そんな顔をするな。お前が気にすることじゃない。言っただろ、もともと俺に時間は大して残されてないと。多少早くなろうと問題ない」


背後の木にもたれて、刹那は空を見上げた。

辺りが白み始め、夜明けが近づいていた。


「お前は早くあの餓鬼の下へ行け。俺もすぐにここを去る」

「・・・」

「心配しなくても、復讐はやめたよ。・・・お前らに散々暴かれたからな、俺の過ちを」

「これからどこへ行く。・・・長屋の子どもたちがお前を待っているぞ」

「東京には戻らない。確かに俺は多くの罪を犯したが、だからと言って政府に捕まるのは御免だ」


そして笑って続けた。

どこかずっと遠く。

死んでも誰にも見つからないような所へ行く、と。

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