最終話
あの長い夜から三月-。
「仕方ねぇとは思っても、やっぱり寂しいもんだな・・・。時々は顔を見せに来いよ」
「はい、ありがとうございます」
「本当にお世話になりました」
だからよ、と師範が二人を抱き寄せる。
いつかの光景が思い出され、小百合はくすくすと笑った。
「礼を言うのは俺の方だって言ってんだろ。了祐も蒼介も、いい加減覚えろ」
二人も前と同じように、師範の頭越しに顔を見合わせて笑った。
師範に分かれを告げ、次に訪れたのは二条邸だ。
二条直隆と未華子が温かく迎えてくれる。
「体には十分気をつけるんだよ。私に出来ることがあればいつでも連絡しておくれ」
相変わらず直隆は人が好い。
一方の未華子は、既にもう涙でくしゃくしゃの顔をしている。
「蒼介様、いつも柔術の稽古にお付き合いいただいたこと、本当に感謝してます。了祐様も審判を務めていただき有難うございました。・・・一緒について行けないのが、本当に残念です。絶対に手紙を書いてくださいね、約束ですよ」
二人は苦笑いをして、頷いた。
旅に出ようと思う。
そう了祐が言ったのは五日前のこと。
―よかったら一緒に日本中の旅に出ない?―
―旅?―
―そう。知らない場所や知らないものをいっぱい見よう。きっと楽しいよ。・・・そしていつか北海道にも、行ってみようよ-
東京に来た翌日に、橋の上で晃と交わした約束。
その約束を果たしたいと、蒼介に告げた。
それを聞いた彼は、もちろん一緒に行く、と言って笑った。
あれから、東京での反政府攻撃はぱたりとやんだ。
刹那がどこに行ったかは分からず仕舞いだ。
でも、旅を続ければ、いつかどこかで会えるかもしれない。
会えなくても、きっとどこかで生きている。
あいつはそんなに簡単に死ぬような男じゃない。
それに、今ならきっと、術を乗り越える強さを持っているはずだ。
あの時の自分と同じように。
「まずはどこに向かう?」
「そうだな・・・」
行先は全く決まっていなかった。
むしろどこでもいいとさえ思う。
いずれ全てを回るのだから。
罪や後悔が消えることは、この先も決して無い。
それらは全て、自分と自分が殺めた人々の生きた証だから。
これからもずっと、その証と共に生きて行く。
そしていつか、それぞれが自分の居場所を見つけられるまで、この旅は続くだろう。
二条邸を辞して通りに出て、そこで二人は足を止めた。
するとまもなく扉が開く音がして、自分たちを呼ぶ大声が聞こえてきた。
以前と変わらぬ軽装で、こちらに向かって全力で走ってくる。
小虎ももちろん一緒だ。
「俺を忘れるなって。ちゃんと中で待ってろよ!」
「中はちょっと居づらくてな。未華子さんが最後にもう一度稽古を、などと言い出しかねない」
「そうだぞ。それに、ここでちゃんと待ってたんだからいいじゃないか」
「俺、まだ完全復活してないんだからね。走らせちゃ駄目でしょ!」
「ここでは随分甘やかされてたんだろう。ちょっと太ったみたいだぞ」
「・・・それはまあ、多少はあるかも」
「安心しろ。俺がみっちり鍛えてやるから、すぐに元に戻る」
「・・・蒼介さん。目が怖いんですけど」
晃は-。
あの夜、師範の所に運び込まれ、すぐに応急処置を受けた。
師範が直々に馴染の医者を叩き起こして連れてきたそうだ。
晃の負った傷は、了祐の中という特殊環境が失血を抑えることとなり、結果的に一命を取り留めることが出来た。
そういえば、自分で刺した足の傷もそうだったと、後になって気づいた。
今回は気が動転して、全くそこまで考えが至らなかったけれど。
ただ、一命を取り留めたとはいえ、晃が重傷であることは間違いない。
それを知った二条家が、療養先として、半ば強制的に晃を屋敷に運び込んだのだ。
さすがに世話になりすぎるのも気が引けると考えたのだろう。
蒼介に何の断りもなく、晃は勝手に彼を未華子の稽古相手に推薦していた。
その結果が、先程の未華子の言葉だ。
毎日稽古に付き合わされる蒼介から愚痴を聞かされるこちらの身にもなって欲しいと思ったが。
この件については、今後晃が蒼介からどんな目にあうか見物でもある。
了祐は、笑って晃に尋ねた。
「晃はどこか行きたいところがあるのか?」
「え・・・俺?」
首を捻ってしばらく考え、そして笑顔でこう言った。
「どこでもいいよ、二人と小虎が一緒なら」
ご覧いただき、誠にありがとうございました。
いつかまた、別の作品にてお会いできることを願っております。




