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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第十一話

一方。

刹那は、姿を現した了祐に目を細めた。


「”影”・・・お前にまた会えるとは思わなかったぞ」

「術の解き方を教えてほしい。それは継承されなかったと、氷雨は言っていた。・・・だが、生き残った術者のお前なら、何か分かったんじゃないのか」

「買いかぶりだな、俺にも分からん。・・・まあ、分かったとしても教えてやる義理はないがな」


そう言うや、素早く小太刀を繰り出す。

それを受け止める了祐の刀。

激しい攻防に、刀がぶつかり合う度火花が散る。


「手っ取り早いのは俺を殺すことだろう。力尽くで奪ってみせろ。さっきの餓鬼のような御託を並べず、本気でかかってこい!」


薄笑いを浮かべた刹那は、その場で高く飛び上がり木の上に着地した。

今度は、間髪入れずクナイを投げつけてくる。

片目の視力を失っているとも思えない程、正確な位置へ。

それを器用に避けながら、了祐は反撃の機会を窺う。


「餓鬼の影になってあの地を離れたのは最近か?」

「・・・ああ」

「随分長いこと、閉じ込められてた訳か。その間にお前が大事だと言った幕府は滅んだ。・・・さぞかし俺が憎いだろうな」

「・・・」

「もっと憎め。人を最も強くするのは憎しみだ。所詮、俺もお前も同じこと。その他の感情など不要だ」

「・・・」

『違う、そんなことない!』 


刹那が微かに驚いた表情を浮かべる。


「中から声が届くのか・・・実に興味深いな。禁忌の技とはよく言ったものだ」

『憎しみからは何も生まれない。お前が言う強さは本当の強さじゃない。了祐、そんな言葉を聞いちゃ駄目だ』

「分かってる」

「・・・先程からむかつくことしか言わん奴だな」


木から飛び降り、了祐の頭上へ小太刀を振り下ろす。

刀で防ぎ、自然見上げる格好となる了祐の顔に笑いかける。


「気が変わった。・・・術を解いてやろうか」

「・・・解き方が分かるのか」

「予測は出来る。それに予想もな。・・・今術を解けば、恐らくそのむかつく餓鬼は消えるだろう。そいつの体を奪え。そうすれば、お前は晴れて自由の身だ」

「・・・ふざけるな!」


了祐の刀の速さが増す。

激しい斬撃の一手を防ぎきれず、刹那の肩口から血が噴き出した。


『了祐、駄目だ。冷静になれ』 

「ふざけてるのはお前だろう。所詮、”影”はただの人斬り。何故、自分が生き残るための犠牲を気にかける?・・・今更何を躊躇う。餓鬼を犠牲にする覚悟が無いなら、共に死ね!」


      ***


蒼介は、肩で呼吸をしながら、久志と交戦を続けていた。

互いに傷を負っているが、決着はまだ着かない

冷静に見れば、腕は自分の方が優っている。

だが、明らかに疲れているのは自分の方だ。

それで漸く五分になるのだろうか。

久志の若さと、長らく刀を手放した自分。

後悔しても無駄だと分かってはいるが、過去の自分が恨めしい。

いずれにしても、これ以上長引かせるのは不利だ。

ちらりと見やれば、了祐達の姿がかなり遠ざかっている。


「あちらを気にする余裕があるのか?・・・俺に集中しろ、でないと死ぬぞ」

「・・・そうだな」

「こんなに楽しいのは久しぶりだ」


激しくぶつかりあう刀の向こう。

そこに見える久志の嬉しそうな表情は、まるで子供のようだ。

そこに得体の知れない不気味さがある。


「・・・人を斬るのがそんなに楽しいか」

「そうだな。相手の命を俺が握っている。そう考えるとぞくぞくしてこないか」

「俺は、ずっと苦しかった。・・・正直に言えば今も苦しい。お前を斬らずに済む方法は無いか、ずっと考えている。・・・お前が元に戻る道は本当にもう無いのか、と」

「・・・今更、白けることを言うな。斬るか斬られるか、俺にはそれだけでいい。それが分からないお前では、俺に勝てない」


久志が振り下ろした刀。

その太刀筋は直前まで見えていたが。

その時偶然、斬れた額から流れた血が目に入った。


「・・・!」


視界が滲んだ、ほんの一瞬の遅れ。

だがそれは命取りには十分すぎる程。

斬られた、と思った。


「・・・?」


しかし久志の刀は、蒼介の眼前で止まっていた。

その切っ先が小刻みに震えている。

顔を見れば、大きく見開かれた目。

そしてさらに視線を落とすと-。


「!!」


久志の胸元に、刀の切先が見えた。


「なんだ・・・これは」

「久志?!」


ゆっくりと振り返った久志が見たのは、低い体勢から自分を貫いた刀と、その柄を握る男。

蒼介も、久志の体越しにその男を見た。

見覚えのある男-火事場で会った久志の上役らしき人物だ。

彼が素早く刀を抜くと、見る間に久志の着物が赤く染まっていく。


「勝手な行動は許さん、そう言ったはずだ。俺の言葉に二度目は無い」

「・・・く、そ」


上役に刀を向けようとした久志は、だがその場に崩れ落ちた。

慌てて蒼介は久志を抱きかかえた。


「久志!しっかりしろ、おい」

「・・・せっ、か・・く」


せっかく楽しかったのに。

そう言いたかったが、もう声が出なかった。

最後に言いたかった言葉が、空に消える。


-どうして、あんたが俺を殺すんだ?・・・信じてたのに-



動かなくなった久志を抱えたまま、蒼介は上役の男を睨みつけた。


「なぜ、殺した。そんな必要なかっただろう」

「必要はあった。久志は決して元には戻らん。こいつは血に取り憑かれた。ならば上役として・・・いや、父代わりとして止めを刺すのは俺の役目だ」

「・・・父代わり?」

「初めに久志を見つけたのは、俺だからな」



久志は流行り病で家族を亡くし、餓死寸前で倒れていた。

偶然任務中に村を通り過ぎた彼は、橋の下で夜を明かそうとして、そんな久志を見つけた。

久志は、泣きながら必死で彼に頼みこんだ。

何でもするから俺をここから救い出してください、と。


あの時代、そうした境遇の子供は決して珍しくなかった。

その似通った多くの子供の中で久志だけが持っていたもの。

やせ細っているのに、不思議と力を失わず、むしろ強い光を放つ久志の目に、彼は惹かれた。


ほんの少しの同情や憐憫、そして純粋な好奇心から、彼は久志を連れ帰った。

もちろんその時点では、久志を暗殺者にしようとは全く考えていない。

どこか味方の屋敷で下働きでもさせればいい、その程度であったのた。


だが、彼の本来の職務を知った久志は、自分もそうありたいと願った。

彼が止めるのも聞かず踏み込んでしまったのだ、闇の世界に。

悲しいことに、彼は天賦の才があった。

そして、闇に堕ちた-。


「上からは、以前から久志を消せと言われていた。才はあるが暴走が過ぎる、と。それを引き延ばしたのは俺の私情。その上で無用な争いを引き起こしたのは俺の責だ」

「・・・」


男は蒼介の手から久志の亡骸を引き取ると、その肩に担いだ。

そのまま立ち去ろうとする男に、蒼介は声を掛けた。



「・・・刹那を見逃すのか?」

「お前たちが何とかする、そう判断した。であれば、この場に俺は必要ない」

「・・・」

「本当は・・・維新が成れば俺たちの仕事も終わりだと思っていた。俺は、自分の存在故に政府を信じられない。ならば・・・我が子同然の久志を殺してまで俺が守っているのは一体何であるんだろうな」


そう言うと、今度こそ振り返ることなく去っていった。



残された蒼介は、しばし瞑目する。

勝利したはずの倒幕派の中にも、未だ苦しみ続ける人間がいる。

その事実が、ひどく重い。

彼が言うように、もしも新しい時代が彼を必要としない世であったならば。

久志はもっと違う道を見つけられたのだろうか。


未だ明けない夜の中、答えの無い問いを胸に、蒼介は立ち上がる。

了祐の姿は完全に見えなくなっていた。

急がなければ-。

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