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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第十話

今宵は新月だった。

いつもより一層暗い闇夜を、音もなく駆ける。

この数日、ほぼ睡眠を取っていないが、自分でも不思議な程の高揚感があった。

やはり自分は復讐のために今まで存在していたのだ、と思う。

あのお人好しな奴らのせいで回り道をしてしまったが。


次に狙うのは、政府中枢である正院が置かれた、あの建物だ。

いよいよこの時が来た。

下見は既に済ませてある。、

準備に数日ーそして、動く。



東京の街中を抜けて、森に入る。

何年も放置されていただろう崩れ落ちそうな小屋。

そこが今の彼の潜伏場所だった。

その朽ちかけた戸に手をかけ、彼はひたと動きを止めた。


「よくここが分かったな。逃げ足には自信があったんだが」


その声に、木の向こうに隠れていた二人の男が姿を現す。

刹那はまだ知らないが、それは晃と蒼介だった。


「・・・先を読んだ。小屋の中も見て、ここがお前の拠点だと確信し、待ち受けた」

「ほぅ。左程馬鹿ではないらしい。見ない顔だが、政府の新しい犬か?」

「俺たちは、政府の人間じゃありません」


晃が言って、一歩近づく。

彼自身は無防備のようだが、横に控える男は相当な手練れだ。

下手に手を出せば斬られる。

そう刹那は瞬時に判断した。


「では何故俺を追う。俺が殺した奴らの仇討にでも来たか?」

「・・・殺されてないです」

「?」

「気づきませんか、俺の中にいる人間に」


奇妙な物言いをする若い男を凝視する。

この男からは弱い気配しかしないが随分と強気な。

そう思いかけた瞬間に感じた、別の気配。

男の姿が一瞬揺らぎ、重なるように見えた、別の姿。

それはすぐに元の男の姿に戻ったが、刹那には十分だった。


「お前・・・あの時の”影”か?!」

「今は俺の影です。どうしてこうなったかは分からない。俺達は、あなたに術の解き方を聞きに来たんです」


それを聞いた刹那は嬉しそうに声を上げて笑った。


「遠路はるばるご苦労なことだ。ここまで辿り着いたということは、俺が九頭見と知ってのことか」

「この特殊な技は九頭見のものだろうと聞いて、里のあった場所に行きました」

「・・・氷雨に会ったのか」

「会いました。日向にも。別の所で風音さんにも」


風音の名を聞いて、刹那の表情が変わる。

それを見た蒼介も、刀を握る手に力をこめた。


「氷雨さんは、あなたを殺してくれと言ってました。本当はそんなこと少しも望んでないのに・・・すごく辛そうでした。日向も、あなたに戻ってきてほしいと、会いたいと言ってます。俺はその言葉をあなたに必ず伝えると、約束してきたんです。・・・それに風音さんは」


晃の言葉は最後まで続けられなかった。

晃の前に出た蒼介の刀が、刹那の小太刀を防ぐ。

隻腕であることを感じさせない程、その太刀筋は力強かった。


「うるさい奴だ。全て、どうでもいい話だ。俺には関係ない」


そんな訳あるか、と晃の口調が変わった。

怒っている証拠だと蒼介は横で思う。


「・・・長屋の子供達だって、あんたを心配して、無事帰るのをずっと待ってる。そんな風に皆の心を動かしておいて、どうでもいいとか関係ないなんて言うな。あんただって、風音さんみたいに幸せな居場所を見つけたじゃないのか。なんでそれを捨ててまでこんなことをする。どうして自分と同じように悲しむ人間を増やそうとするんだよ」


蒼介も刹那も一歩も引かず、力は拮抗したまま。

その後ろから叫ぶ晃の言葉に、刹那が歪んだ笑みを見せた。


「風音が、幸せだと?笑わせるな・・・あいつが掴んだのはまがい物の幸せだ。でなきゃあんな風に自ら死ぬ必要が無い」

「・・・え?」

「お前が殺したんじゃないのか」

「・・・蒼介さん?」

『・・・晃。あの日”網”が見たという忍びは、風音だ』

「・・・」


頭が真っ白になる。

奥さんにもうすぐ子供が産まれるのに。

幸せを守りたいと言っていたのに、どうして。


「俺は殺してない。殺せと頼まれたがな。・・・何故俺があいつを殺さなきゃならない。あいつを仕向けて里を襲ったのは政府方。俺にはその事実だけで十分だった」


―風音が悪いんじゃない。あとは俺が戦うから、お前は幸せになればいい-


風音の告白に、刹那はそう答えた。

だがその言葉では、風音の決意を翻すことは出来なかった。

恐らく初めから死ぬ気だったのだろう。

刹那の目の前で、風音は自分自身に小太刀を突き立てた。


「俺はその時、本当に全てを捨てる覚悟が出来た。死ぬまで政府と戦う。・・・お前たちも多くを失ったんだろう。俺と共に戦わないか」

「・・・」


晃は言葉を失っていた。

風音が政府に力を貸して里の壊滅に手を貸していた、というのか。

全く気付かなかったが、だが蒼介と了祐の様子を見れば、二人は元から分かっていたのだろう。

自分だけ、暢気に幸せを信じて馬鹿みたいだ。


-いや。馬鹿みたいか・・・本当に?-


晃は、歯を食いしばり、真っ直ぐに刹那を見据えた。


「違う、馬鹿は俺じゃない、お前だ。風音さんの本当の気持ちも分からないのか。あの人が、お前に復讐して欲しいと思うわけないだろ。・・・風音さんは謝ってたんじゃないのか、お前や里の人達に」

「・・・」


風音は幸せを願っていたはずだ。

生まれてくる子供の、愛した妻の、そしてきっと刹那や氷雨や日向のことも。

結果的に自分が犠牲にした多くの人の命の分も、これからを生きる彼らがどうか幸せであるようにと。


「・・・むかつくな、お前」



互いに睨み合うその場へ、突如別の声が割り込んだ。


「随分と面白い話をしているな」


蒼介の肩が小さく揺れた。

視線を向けずとも声で分かる-石川久志だ。

了祐、と低く呼びかけるとすぐに返事があった。


「こちらはお前に任せる。晃を守れ」

『蒼介、お前』 

「説明は後だ。・・・晃、すまんが時間切れだ。了祐のことを頼む」

「・・・はい」


背後の晃の気配が、了祐のものに変化する。

それを確認して、蒼介は刹那の小太刀を弾いた。

そのまま、久志の方に駆け寄る。

高速で振り下ろした刀は、瞬時に抜刀した久志の刀とぶつかり、高い音を立てた。


「お前が来たということは、政府方がこの場所を掴んだということか」

「安心しろ、俺の独断だ。こんな面白いものをあいつらに盗られてたまるか」

「では何故ここが分かった。・・・俺達をつけたのか」

「お前らの連絡役の男に頼んで教えてもらったのさ」

「・・・殺したのか」

「逆に聞く。何故生きていると思うんだ?」


にやりと笑う久志。

何度も刀がぶつかり合う。

不気味な男だ。

この数日でまた腕を上げている。


片や自分は、かつての強さを完全に取り戻せているだろうか。

そうでなければ苦戦する、そう一瞬浮かんだ弱気を頭から打ち消す。

勝つんだ、俺は”雪”だから。

師範は今も俺を信じてくれ、命じてくれたのだから。

二人を守れ、と。

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