第七話
蒼介を探して、晃はひときわ激しく燃える火事場を目指していた。
『晃、本当に大丈夫か』
燃え盛る炎。
火事は自分にとってずっと、この世で何よりも恐ろしいものだった。
静安の命を奪った、憎くてたまらないものだった。
けれど二条邸で二人の無事を確認した瞬間。
あの時の静安の気持ちが漸く分かった気がした。
それはきっと恐怖じゃない。
守りたい人へのまっすぐな思いだ。
静安の死は、決して無駄なんかじゃなかった。
俺と和尚様を生かしてくれた。
そして今、二条家の二人を助ける勇気を俺に与えてくれた。
「俺・・・今さ、静安が死んでから初めて、静安の存在を感じてるんだ。今までずっと、喪失感しかなかったのにさ。・・・きっと炎は、静安そのものだ。静安はあの中でずっと俺を応援してくれてる。そう思えた・・・だから、もう大丈夫だ」
『・・・そうか』
その時、逃げ惑う人をかき分けるようにして、一人の男がこちらに走り寄ってきた。
指に見える鉄の輪。
”網”だ。
「赤井様からの伝言です。複数の”網”が刹那らしき人物を目撃。逃走先は、出火現場から北西の方面。各所の”網”が捜索中なるも潜伏先の特定には至らずとのこと」
「北西・・・」
「こちらは我等が尽力いたします。あなた様は為すべきことを早く」
そう言い終えると、男は人の波の中に消えて行った。
晃は北西の方向を見上げる。
そこに刹那の潜伏先があるのだろうか。
『蒼介!』
不意に了祐が叫んだ。
視線を戻すと、蒼介がこちらに走ってくるのが見えた。
「蒼介さん!」
こちらも駆け寄った、その目の前で蒼介が片膝をつく。
そして声を出そうとして、激しく咳込んだ。
口元を羽織で隠していたものの、煙を吸いこんだのだろう。
晃はその背を撫でた。
『大丈夫か』
「・・・ああ。・・・刹、那は・・・ここには、いない」
「今、”網”の人も教えてくれました。北西に逃げたのが目撃されたそうです」
「・・・そうか」
久志達もその情報を掴んだだろうか。
いずれにしても、奴らより早く刹那を見つけなければ-。
蒼介は、呼吸を整えると立ち上がった。
喉の痛みは残るが、気にしている場合ではない。
「・・・急ごう」
「蒼介さんは少し休んだ方がいいです」
『そうだ、俺達で行く。お前は一度師範のところへ戻れ』
「政府方も動いてる。・・・問答無用で、刹那を殺すためだ。先を越される訳にはいかん」
『・・・久志はいたか?』
「いた。だが、私情ではなく任務優先だと命じられ、引いた。あいつは・・・多分東京では、そう自由に動けないはずだ」
体の煤を叩き落としながら、蒼介は笑って見せた。
「それに、俺はお前たちを守るためにいる・・・忘れたか?」
蒼介は嘘をついた。
久志は上の命に黙って従うような人間ではない。
必ず自分を狙ってくるだろう。
今回こそ引いたものの、次は必ず今より強くなって挑んでくるはずだ。
だが、先程の自分と久志とのやりとりを話すつもりは毛頭無かった。
あの男の気を敢えて己に引きつけた、などと言えば、この二人は必要以上に心配する。
「俺は行ける。急ぐぞ」
***
北西に向かって走る。
既に夜は更けていたが、途中の往来にはまだ人の姿が多かった。
彼らは皆、火事の行方を見届けようとしているのだ。
大火になれば自分たちの身も危うくなるのだから、それも当然だろう。
しかし振り返れば、火の勢いは明らかに先程より弱まって見え、それとともに人の数も減ってきていた。
「あちらは大丈夫そうだな」
『”網”も協力してくれているからな。師範が認めた人間の集まりだ。大丈夫だろう』
「じゃ、俺たちはやっぱり刹那探しに専念だね」
辿り着いた先に広がる無数の長屋。
夜間のためが木戸が締められて、中への立ち入りも制限されている。
この辺りは火事場から離れていることもあり、
人の姿も無く、ひっそりとしていた。
「さすがに中には入れないよなぁ」
そう呟いた晃と反対に、蒼介と了祐はこともなげに言った。
「まあ、緊急だからな、やむを得ないだろう」
『そうだな。・・・晃、俺が行ってもいいか?』
「え?・・・あ、うん」
蒼介と了祐は、表通りの建物に器用によじ登ると、屋根を伝い、裏通りへ音も無く飛び降りた。
そして、通りと屋根を行き来しながら辺りを探索する。
『すごいね、こういう訓練もするの?・・・まるでこっちが忍びみたいだ』
「まぁな。誤って落ちれば、下に師範が待ち構えているから必死だった」
『それは・・・大変だったな』
了祐の返事に、晃は心から同情した。
その図を想像するだけで恐ろしい。
と、先を行く蒼介が振り返り、声を潜めて了祐を呼んだ。
「今なら刹那の気配を感じ取れるんじゃないのか?」
「多分、刹那が気配を消してなければ分かる。あいつの気配は独特だったからな・・・でも、今は何も感じない」
やはりここにはいないのか。
ならばどこにいるのか。
これから何を狙おうとしているのか。
いくつもの通りを見回ったが、手掛かりは得られぬまま、夜明けが近づいてくる。
姿を見られ怪しまれる前に表通りへ戻った彼らは、一旦赤井の下へ戻り、体を休めることにした。




