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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第七話

蒼介を探して、晃はひときわ激しく燃える火事場を目指していた。


『晃、本当に大丈夫か』


燃え盛る炎。

火事は自分にとってずっと、この世で何よりも恐ろしいものだった。

静安の命を奪った、憎くてたまらないものだった。


けれど二条邸で二人の無事を確認した瞬間。

あの時の静安の気持ちが漸く分かった気がした。

それはきっと恐怖じゃない。

守りたい人へのまっすぐな思いだ。


静安の死は、決して無駄なんかじゃなかった。

俺と和尚様を生かしてくれた。

そして今、二条家の二人を助ける勇気を俺に与えてくれた。


「俺・・・今さ、静安が死んでから初めて、静安の存在を感じてるんだ。今までずっと、喪失感しかなかったのにさ。・・・きっと炎は、静安そのものだ。静安はあの中でずっと俺を応援してくれてる。そう思えた・・・だから、もう大丈夫だ」

『・・・そうか』


その時、逃げ惑う人をかき分けるようにして、一人の男がこちらに走り寄ってきた。

指に見える鉄の輪。

”網”だ。


「赤井様からの伝言です。複数の”網”が刹那らしき人物を目撃。逃走先は、出火現場から北西の方面。各所の”網”が捜索中なるも潜伏先の特定には至らずとのこと」

「北西・・・」

「こちらは我等が尽力いたします。あなた様は為すべきことを早く」


そう言い終えると、男は人の波の中に消えて行った。

晃は北西の方向を見上げる。

そこに刹那の潜伏先があるのだろうか。


『蒼介!』


不意に了祐が叫んだ。

視線を戻すと、蒼介がこちらに走ってくるのが見えた。


「蒼介さん!」


こちらも駆け寄った、その目の前で蒼介が片膝をつく。

そして声を出そうとして、激しく咳込んだ。

口元を羽織で隠していたものの、煙を吸いこんだのだろう。

晃はその背を撫でた。


『大丈夫か』

「・・・ああ。・・・刹、那は・・・ここには、いない」

「今、”網”の人も教えてくれました。北西に逃げたのが目撃されたそうです」

「・・・そうか」


久志達もその情報を掴んだだろうか。

いずれにしても、奴らより早く刹那を見つけなければ-。

蒼介は、呼吸を整えると立ち上がった。

喉の痛みは残るが、気にしている場合ではない。


「・・・急ごう」

「蒼介さんは少し休んだ方がいいです」

『そうだ、俺達で行く。お前は一度師範のところへ戻れ』

「政府方も動いてる。・・・問答無用で、刹那を殺すためだ。先を越される訳にはいかん」

『・・・久志はいたか?』

「いた。だが、私情ではなく任務優先だと命じられ、引いた。あいつは・・・多分東京では、そう自由に動けないはずだ」


体の煤を叩き落としながら、蒼介は笑って見せた。


「それに、俺はお前たちを守るためにいる・・・忘れたか?」


蒼介は嘘をついた。

久志は上の命に黙って従うような人間ではない。

必ず自分を狙ってくるだろう。

今回こそ引いたものの、次は必ず今より強くなって挑んでくるはずだ。


だが、先程の自分と久志とのやりとりを話すつもりは毛頭無かった。

あの男の気を敢えて己に引きつけた、などと言えば、この二人は必要以上に心配する。

「俺は行ける。急ぐぞ」


        ***


北西に向かって走る。


既に夜は更けていたが、途中の往来にはまだ人の姿が多かった。

彼らは皆、火事の行方を見届けようとしているのだ。

大火になれば自分たちの身も危うくなるのだから、それも当然だろう。

しかし振り返れば、火の勢いは明らかに先程より弱まって見え、それとともに人の数も減ってきていた。


「あちらは大丈夫そうだな」

『”網”も協力してくれているからな。師範が認めた人間の集まりだ。大丈夫だろう』

「じゃ、俺たちはやっぱり刹那探しに専念だね」


辿り着いた先に広がる無数の長屋。

夜間のためが木戸が締められて、中への立ち入りも制限されている。

この辺りは火事場から離れていることもあり、

人の姿も無く、ひっそりとしていた。


「さすがに中には入れないよなぁ」


そう呟いた晃と反対に、蒼介と了祐はこともなげに言った。


「まあ、緊急だからな、やむを得ないだろう」

『そうだな。・・・晃、俺が行ってもいいか?』

「え?・・・あ、うん」



蒼介と了祐は、表通りの建物に器用によじ登ると、屋根を伝い、裏通りへ音も無く飛び降りた。

そして、通りと屋根を行き来しながら辺りを探索する。


『すごいね、こういう訓練もするの?・・・まるでこっちが忍びみたいだ』

「まぁな。誤って落ちれば、下に師範が待ち構えているから必死だった」

『それは・・・大変だったな』


了祐の返事に、晃は心から同情した。

その図を想像するだけで恐ろしい。

と、先を行く蒼介が振り返り、声を潜めて了祐を呼んだ。


「今なら刹那の気配を感じ取れるんじゃないのか?」

「多分、刹那が気配を消してなければ分かる。あいつの気配は独特だったからな・・・でも、今は何も感じない」


やはりここにはいないのか。

ならばどこにいるのか。

これから何を狙おうとしているのか。


いくつもの通りを見回ったが、手掛かりは得られぬまま、夜明けが近づいてくる。

姿を見られ怪しまれる前に表通りへ戻った彼らは、一旦赤井の下へ戻り、体を休めることにした。

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