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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第六話

晃は人の波をかき分けて二条邸を目指した。

幸い、二条邸の周囲ではまだ火の手は上がっていないようだ。

屋敷に辿り着いた晃が扉に手をかけると、何の抵抗も無く開いた。


「二条様!・・・未華子さん!」


大声で中に向かって叫ぶ。

もう逃げているのならいいけれど。

もしも刹那が華族殺しを計画して、偶々選ばれたのが二条家だったとしたらー。


「誰かっ・・・誰かいませんか!」


その時、二階の一室の戸が開いた。

顔を出したのは、二条直隆と未華子だ。

思わず大きく息をつく。

一方の二人は、親子並んで驚いた表情で晃を見下ろしている。


「晃じゃないか」

「どうしてここに。いつ戻ったのよ」

「説明は後でします。・・・早く逃げてください!」


聞けば二人はまず先に使用人を逃がし、それから自分達が逃げる用意をしていたという。

いかにも二条家らしい、そう思って晃は微かに目を細めた。

そして二人の背を押して、火の手と反対側の道を指し示す。


「一旦この通りから離れてください。ここはまだ狙われている可能性があるから」

「晃は一緒に来ないのか?」

「俺は・・・やらなきゃいけないことがあるんです」

「何、馬鹿なこと言ってるのよ。あなたを火事場に残していくことなんてできないわ」


自分のことを、これまでずっと心配してくれた二人。

ずっと、素直に手を取ることが出来なかった。

ごめんなさい、これまで本当にありがとう。

でも、もう大丈夫。


「俺は、もう大丈夫だから。・・・今度は俺があなたたちを、皆を守る番なんです」


そう言ってふわりと笑った晃に、未華子は目を奪われた。

いつの間にか、晃はこんなに強くなっていたんだ。

今の晃はもう、自分が守っていくと決めた、あの日の晃とは違う。

未華子は、そう思った。


「じゃあ、俺は行きます。お二人もどうぞ気を付けて逃げてください」

「晃も気をつけるんだよ。・・・了祐もね」


事情を知り、そう付け加える直隆に頷く。

そして振り返り、去ろうとする背中。

未華子はたまらず声を掛けた。


「晃!・・・絶対無事に戻って、後でちゃんと説明して」


はい、と返事をして駆け出した。


        ***


その頃。


蒼介は、火元の近くを調べていた。

刹那らしい男は見当たらないが、代わりに火消しに加わる”網”を何人も見かけた。

火消しや逃げ遅れた人の救出は彼らに任せてよさそうだ。

何より今は刹那を見つけたい。

既にここからは移動しているようだが、彼につながる手がかりは何かないか。

そう考え、炎の中をくぐり抜けて走る。


背後で声がしたのはその時だった。


「お前は、あいつの仲間じゃないか」

「・・・!」


聞き覚えのある声。

刀の柄に手をかけ、ゆっくりと振り返った。


「やはりお前も東京にいたんだな・・・石川久志」

「当たり前だ。風音が死に、ここに刹那がいると分かったからな。刹那もあいつも俺が殺す。・・・そのために、お前も俺の踏み台になるか?」


そう言うなり、刀を抜いて向かってくる。

素早く抜刀した蒼介は、それを片手で受け止めた。

互いに目を逸らさず、そのまま間近で対峙する。


「風音を追い詰めたのはお前だな」

「人聞きの悪い言い方だな。俺は、もうすぐ赤ん坊が生まれるそうだなと言っただけだ」

「・・・」


蒼介は無言で重ねて刀を振るう。

しかし久志もまた、それに押されること無く刀を合わせてくる。


風音の言っていた通りだと思った。

確かに久志は、九頭見の里で見た時よりも腕を上げている。

そんな久志が口の端を上げて見せた。


「なるほど、お前も強いな。幕末はなかなかいい犬を揃えていたようだ」

「・・・甘くみるなよ。俺はあいつと並んだ男だ。お前程度にやられてたまるか」


蒼介は久志を挑発した。

自分は了祐には並べなかった。

それは自分自身がよく知っていることだ。

それでもどうにかこの男の意識を刹那や了祐から自分に向けさせたい、そう考えた。

刹那は了祐に任せる。

そのために、この邪魔者は俺が引き受けなくてはならない。


ーだからどうか、挑発に乗れー


「・・・仲間のお前を倒せば、あいつは怒りでさらに強くなりそうだな。考えるだけで胸が躍るよ」

「やってみろ。・・・やれるものならな」


久志が残忍そうな笑顔を見せた。


-乗った-


蒼介は一旦、久志から距離をとり、刀を構え直した。

あと一手、集中しろ。

そう自分に念じて、低く深呼吸する。

そして微かな手の震えが止まった瞬間、一気に踏み込んだ。


「・・・!」


久志の頬に一線が走り、そこから一筋の血が伝い落ちた。

彼の目が、次第に見開かれる。

早すぎて構えられなかった。


「もう一つだけ言っておく。俺はお前に対して了祐の様な手加減はしない。その分、あいつより強い。そう思え」

「そうか。・・・お前とは話が合いそうだ」


久志が刀を構えて振り返ろうとした時、足音が聞こえた。

一瞬晃かと思ったが、辺りに広がる炎と煙の中から現れたのは、見知らぬ中年の男。


「何をしている、久志」

「・・・俺の勝手でしょう。構わないでください」

「ここには敵はいない。帰還命令が出た、戻れ」

「・・・」

「いくら強かろうとお前は政府の手駒だ。これ以上の独断は許さん」


その口ぶりからすると、久志の上役に当たる人間のようだ。

久志は忌々し気に舌打ちをすると、蒼介を睨みつけた。


「次は必ずお前を殺す・・・待ってろ」


そう言うと、中年の男と共に走り去った。


一人残された蒼介は、しばしそれを見送ってから、漸く刀を納めた。

緊張が解けて気づけば、煙と熱波で喉の奥が痛む。

この辺りは火の回りが早く、火消しが追い付いていないようだ。

羽織の袖で口元を覆い、蒼介も炎の中を抜け出した。

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