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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第四話

無事二人が戻れたことで、一つ心配は減った。

これから考えるべきは刹那の行方だ。

晃たちは赤井から、現在分かっている状況を改めて聞いた。


「お前たちから刹那の情報を聞いて各地に”網“を巡らせたんだが、どこにも引っかからねぇ。流石に焦ったんだが、そんな時、東京に残ってた”網”が偶然、忍びの殺害現場を目撃した」

「・・・忍び?」


晃の呟きに、赤井はそうだと頷いた。


「商家の高い屋根から落ちてきた忍び装束の男。そいつの胸には小太刀が突き刺さっていた。微塵も動かず、遠めに見ても即死だと分かった。・・・慌てて屋根を見上げた”網”が目撃したのは隻腕の男だ。こちらは忍び装束ではなかったが、死んだ忍びを見下ろし、身を翻して闇の中に消えたんだとよ」


刹那と思われる男と忍びとの争い。

蒼介は、そっと了祐の影に視線を落とした。

姿は見えないが、きっと同じことを考えているだろう。


「その死んだ忍びっていうのは、じゃあ政府方の忍びなんでしょうか」


そう師範に尋ねる晃はまだ気づいていない。

風音は今も幸せに暮らしていると思っているから。

そして日向も同じように幸せになれるはずだという、希望を持っているから。


「どうだろうな、政府が他の忍びと手を組んだって話は・・・」


そこまで言って、赤井は蒼介の視線に気づいた。

晃に見えないように、蒼介は微かに首を横に動かす。

その意を汲み、赤井は深入りを避けた。


「・・・まあ、そっちの方はよく分かんねぇんだけどよ。その直後から政府のお偉いさんが立て続けに殺されてるのは事実だ。加えて二日前には政府公館が爆発した。幸い死んだ奴はいなかったがな。・・・刹那って奴が、本格的にいよいよ動き出したってことかもしれねぇな」


刹那は東京そのものを狙っている、という彼らの意見には赤井も同意した。

恐らく刹那は単独で行動している。

この広い東京で、たった一人を探し出すのは難しい。

そして今後もいつ、どこで、誰が、何が狙われるか分からない。

早く見つけなければ、犠牲が増えるだけだ。


「俺達が必ず刹那を見つけます」

「東京の守りについては、俺が請け負う。もちろん政府も手は打ってあるだろうが、俺は俺で出来ることをするからよ」


       ***


早速東京を回り、長屋に戻ったのは夜更過ぎだった。


彼らはひとまず、未だ空き家となっていた赤井の隣室に落ち着いた。


すぐに刹那が見つけられるなどとは、もちろん思っていない。

政府の建物の近くで隠れ家となりそうな建物、潜みやすそうな路地。

もどかしいが、まずはそういったところから調べていくほかない。


歩き疲れた晃は、既に寝息を立てて眠っている。

これから、こんな日々がいつまで続くか分からない。

場合によっては、了祐と交代しながらでなければ体がもたないだろう。

そう蒼介が考えていた時、静かに戸が開かれ、赤井が顔を見せた。


「よう・・・話せるか」


はい、と蒼介と了祐は居住まいを正して答えた。



そして-。

二人から風音の話を聞いた赤井は、溜息をついた。


「・・・そうか」


政府が九頭見の後に新たに忍びと手を組んだ話は入ってきていない。

可能性としては仲間割れの線が濃いかと思ってはいたが。


「忍びは同族に対して鼻が利く。もしも家族を盾に刹那探しを命じられれば・・・断れないだろうな」


晃を起こさぬよう、幾分声を抑えて話す。


『俺のせいかもしれません。俺が刹那を追っていると知ったから、あいつ・・・久志が焦って風音に命じたのかも』


石川久志が最後に見せた表情は、自分への強い怒りだった。

自分以外の誰も殺すなと言う言葉は、彼の怒りを増長させただろうか。

そして、それが風音を追い込む要因になったとしたら。


「了祐・・・」

「例えきっかけがおまえだったとしても、同族であるはずの風音を殺すに至るまでの何かが、二人の間にあったはずだ・・・俺たち他人には分からない何かが、な」


それよりも、と赤井が続ける。


「俺はお前がその姿で戻ったのを見て一瞬、一番悪い想像をしちまった。・・・疑っちまって悪かったな」


了祐が完全に晃の体を乗っ取ってしまったのではないか、と。

黙っていれば分からないのに、敢えてそれを口にするところが師範らしい。


『晃は・・・俺に乗っ取られるような弱い人間じゃありません。むしろ俺が今存在し続けていられるのは、晃が認めてくれてるからじゃないかと思います』


小さく笑ってそう言うと、了祐は久志と刀を交えた時の感覚を語った。

自分が望めばいつでも入り込めると思っていた晃の体。

だが、実はそれはまったく逆なのかもしれない。


『前から考えてはいましたが、東京に戻る間の三日間で確信しました。俺と晃のどちらかが消えるとするなら、恐らくそれは俺の方です』

「何言ってるんだよ」


思わず声を荒げた蒼介は、我に返り慌てて晃を窺う。

しかし晃は、一度寝返りを打ったものの起きる気配は無さそうだった。

それを確認して、了祐の声に反論する。


「お前はちゃんと存在してる。晃もそう言ってたが、俺も共に旅をして、お前の存在をちゃんと感じた。そんな人間が勝手に消えてたまるか」

『・・・』


赤井は、晃が東京を出立する際に己が考えたことを思い出していた。


晃の持つ強い意志。

それこそが、定められた結末を変えるのではないかと思った。

だがそれは断じて、晃の代わりに了祐が消えればいいという話ではない。


「了祐。蒼介。・・・俺はもうお前たちの師範でも何でもない、ただの用心棒の親父だ。だが、最後に一つだけ、お前たちに命ずる」


二人は、はい、と声を揃えた。


「決して消えるな。了祐も晃もどちらもだ。蒼介は必ず二人を守りきれ。・・・いいか、これは命令だ。頼んでるんじゃねぇからな」

「承知いたしました」

『・・・最善を尽くします』


        ***


翌朝、晃たちは早朝に長屋を出た。

とにかく時間が惜しかったのはもちろん。

いつ二条未華子が訪ねてくるかもわからないというのも理由の一つだった。

とはいえ同じ東京の空の下、いつどこで鉢合わせをしても不思議ではない。


「・・・やっぱり、ずっと了祐に出ててもらおうかなぁ」


そう言う晃に、了祐が笑った。


『そんな理由じゃ俺は出て行かないぞ。あの娘のことは自分で何とかしろ』

「晃はそんなにあの娘が苦手か。確かに気は強そうだが、いい娘に見えたがな」


首を傾げる蒼介に、晃は嬉々とした表情を浮かべた。


「そうですか!・・・じゃ、いざという時の未華子さんの練習相手は蒼介さんで」

『決まりだな』

「問題も解決したので、出発!」

「は?・・・いや、何の話だ、おい待て」


        ***


東京では、自分たちだけでなく赤井の”網”も、昼夜問わず刹那を捜索していた。

時折すれ違う指輪の男たち。

だが彼らもまた、手掛かりをつかみかねているようだ。

蒼介がため息をついた。


「いくら手練れの忍びとはいえ、こうも誰にも見つからずに隠れ切れるものか」


しかも刹那は片腕を失っているという。

それはかなり目立つはずではないのか。


『政府方・・・久志達も探しているだろうしな』

「他に仲間がいるのかな」

『・・・どうかな。刹那は各地で蜂起しようとしているの反政府の動きに加わらず、東京に狙いを定めた。今の刹那にとっては周り全てが敵で、何も信じていないんじゃないだろうか』


だからこそ同族の風音までも殺した。

蒼介もその点に思い至ったようだ。


「そうだな。・・・では全て一人で動くとすれば、やはり夜か」

「でも、昼間に殺された政府高官もいますよね」


動きが読めず、ただ翻弄されている。

今この瞬間にも、刹那が次の獲物を狙っているかもしれないというのに-。

そんな思いが、彼らを急き立てていた。

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