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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第三話

東京に辿り着いたのは、それから三日後。

その間、結局一度も晃と替わることは無かった。

彼の存在を感じ、その無事を確認しながら、走り続けた。


「すまなかったな、晃。もうすぐ替わるから」

『ほら、また。すまないって言ってるぞ。俺は楽できたから全然大丈夫。とりあえず、赤井さんとこまで行っちゃえよ』


赤井、と聞いて横で蒼介が微かに緊張したのが了祐にも晃にも分かった。

ぶっとばされる云々と話したのが、遥か昔のような気がする。

師範への手紙では、蒼介の同行についてすぐに知らせていた。

だが師範からの返事はたった一言。

承知した、のみだった。


『何か逆に怖いですよね』

「言うな。・・・今は非常時だ、そんなことを言ってる場合じゃない」


と言いつつも不安げな表情のままの蒼介に、二人は笑った。


        ***


赤井の長屋に近づくと、何やら中から喧嘩のような声が聞こえてくる。

また近所のヤクザ者でも懲らしめているのかと思ったが、よく聞けば女性の声だ。


「晃、この声」

『・・・まずいかも』


了祐の姿のままで本当に良かった、と晃が呟いた。


「いいか、行くぞ。・・・大丈夫か、二人とも」


了祐が、晃と蒼介に問う。

大丈夫だ、と明らかに元気のない二人の返事。

大丈夫でなくとも乗り越えてもらわなければならないのだが。

そう思いながら戸口に近づいた時、勝手に戸が開いた。


つかつかと歩み出てきたのは、やはり二条未華子である。


「また伺います!」

「だから、何遍来たって変わらねぇって。懲りねぇ女だなぁ」


未華子に続いて赤井と、小百合も出てきた。

小百合は前にあった時と同じようににこにこ笑っている。


「未華子様、いつもお菓子頂いちゃってすみませんね。気を使わなくって結構ですから、いつでもまたどうぞ」

「いいえ、それはお邪魔するので当然のことです。またよろしくお願いします」


うんざりした表情の赤井を他所に、女性同士は意外にも気が合うようだ。


『・・・やっぱり小百合さんってすごいな』

「俺も、そう思う」


その声に、赤井がこちらに気づいた。


「お前ら!・・・戻ったのか」


未華子もこちらを振り返った。

今は自分の姿ではないのだから大丈夫。

そう思っても、未華子の視線に思わず逃げ腰になる。


赤井の方は、晃ではなく了祐が戻ったことに衝撃を受けているようだった。

次いで了祐の隣の蒼介に視線をやり、大きく息をついた。


「悪いが二条さんよ、大事な客だ。・・・話はまた今度な」

「構いません、それでは」


未華子はもちろん晃に気付かず近づき、そして軽く会釈をして横を通り過ぎる。

だが、ふと立ち止まり、こちらを振り返った。


「あの、失礼ですけれど」


了祐は、出来るだけ自然に振り返った。


「・・・何か?」

「以前どこかでお会いしませんでしたかしら?」


まっすぐな瞳が了祐を見つめる。

了祐の中に晃の存在を感じ取ったのか。

もしくは二条邸で未華子を負かしたあの瞬間。

直隆にも見える程に姿を現してしまった了祐の気配そのものを感じ取ったのか。


「・・・いや、生憎ですが人違いかと」


言われて未華子は、はっと我に返り恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「そう、ですよね。すみません、不躾に。失礼いたしました。では」


今度こそ引き下がっていく未華子を用心のためしばらく見送って、一同はようやく安心した。

そして赤井が微かに硬い表情で、慎重に確認する。


「了祐、蒼介。・・・晃も、もちろん一緒なんだよな?」

『当り前でしょう、何言ってんですか』


晃の声に、赤井の表情がようやく緩んだ。


「一刻も早く東京に戻るため、晃は俺に任せてくれたんです」

「・・・そうか」

「もう晃に返します。三日も続けて無理をさせてしまいました」

『俺は全然平気だってば』

「まだ分からない」


戻った時にどうなるか、予想ができない。

そもそもここまで長く入れ替わっていて、本当に元に戻れるのかも。


「あ、ちょっと待て。とりあえずそれは俺のうちに入ってからにするとしてだな・・・」


二人の話を遮った赤井が、こちらにずいと体を乗り出した。


「・・・?」

「・・・師範?」


赤井は、了祐と蒼介の肩に両手を回して、まとめて強く抱き寄せた。

そして、二人の間に自分の頭を垂れて口を開く。

普段の師範と違う、少し涙を含んだ声で。


「了祐はこの前は影でしか見えなかったしよ。蒼介は・・・俺が生きてる間にはもう会えないと思ってたからな。知らせを受けてもこの目で見るまで信じられなかった。・・・本当に二人とも、良く戻ってきてくれたな。・・・お帰り」


了祐と蒼介は、師範の頭越しに顔を見合わせ、そして互いに笑った。


「師範、ありがとうございます」

「長く不義理をして申し訳ありませんでした」

「馬鹿野郎。礼を言うのも、謝るのもこっちの仕事だ。俺の仕事、横取りすんじゃねぇ」


威勢のいい言葉と裏腹に、なかなか顔を上げられない赤井。

そんな様子を、小百合も、そして晃も微笑んで見つめていた。


        ***


赤井と蒼介、そして小百合が見守る中。

赤井の家で座を正した了祐が晃に声を掛ける。


「じゃあ、晃。いくぞ?」

『・・・了解』


ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする。

大丈夫、きっと晃に返せる。

だから余計なことを考えるな、と自分に言い聞かす。

意識を集中させていると、周りの音が次第に遠くなってきた。

と、体が後ろに引かれる、あの慣れない感覚がした。


-了祐-


晃の声が、少しずつ自分から遠ざかっていくように聞こえる。


-晃、大丈夫だったか?-

-人の心配より自分のこと考えてろって前にも言っただろ。・・・きっともうすぐそこから出られるから。だからあともう少しだけ、我慢しろよ-


そっと目を開けると、皆が息を呑んでこちらを見つめていた。


「・・・戻れた。俺、晃です」

「見りゃあ分かるよ。しかし・・・すげぇもんだな」

「そうですね、俺も何度見ても慣れません」


もちろん小百合も二人以上に驚いたろうが、そこはさすがに赤井の妻だ。

変わらぬ笑顔のまま、晃に声を掛けた。


「大丈夫ですか?お水でもお持ちしましょうか?」

「あ、大丈夫です。何だか今回はすごく元気です、俺」


了祐が体を引かれると感じたちょうどその時。

晃は反対に体が前に引き寄せられるように感じた。

そして傍から見ていた者たちの目には、了祐の姿が次第に残像の様に霞み、そこに晃の姿が重なるように現れて見えた。


「了祐はどう?大丈夫?」

『そうだな、何ともない。ちゃんと影に戻れた。・・・何だかこんなところでも少し懐かしく感じるな』

「そこ、絶対慣れちゃ駄目なとこ!・・・全くお前っていう奴はこれだから」

『・・・冗談だよ』


二人のやり取りに、赤井と蒼介、そして小百合も笑った。

了祐を認識したことで、小百合にも彼の声が聞こえるようになったのだろう。

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