第一話
「これからどうしようか」
朝飯を食べ終えて、晃が小虎を撫でながら言った。
刹那への手掛かりは、ここに来て完全に途切れてしまった。
旧幕派の動きが活発化している地域については、師範から逐次情報が届いていた。
刹那がそれらの動きに同調している可能性はある。
ならばそれらを虱潰しに当たっていくしかないのだろうか。
「広範囲過ぎて効率的ではないがな」
「やっぱり自力で術を解く方法を探すのが一番だよね」
『・・・試してはみてるんだ、ずっと』
毎夜二人が眠った後も、了祐は一人この術と戦い続けていた。
力で押してみたり、精神を集中させてみたり。
思いつく限りの方法を試したが、いずれも手ごたえは得られなかった。
もちろん師範は、そちらについても手を尽くして調べてくれている。
しかし、そもそも影突が使われた記録自体がどこにも残っていないのだという。
「赤井のおっさんはさ、確か了祐に実体が無いから力が出ないって言ってたよね、確か。だったら俺の体を使って試してみてよ」
『断る』
「・・・そんなに即答するなってば」
眉をしかめる晃を宥めるように、蒼介は笑った。
「確かに了祐の気持ちは分かるよ」
もしもその瞬間に術が解けたら、二人はどうなるのか。
そもそも、仮に影突の解き方が分かったとして、今の二人の状態でそれが正しく発動するかどうかも分からない。
場合によっては本当に、晃か了祐のどちらかが失われるかもしれない。
無論、それは術者である刹那を倒したとしても同じことではあるのだが。
いずれにせよ、今の状態のままではいられない-それだけが、疑い様の無い事実だった。
とりあえず、宿を出る。
目指す先は定まらないが、ここで立ち止まるわけには行かない。
彼らは昨日の小料理屋とは反対の方向に歩き出した。
もしもこの時もう一方の道を行けば、店に集まる客と主の声が聞こえたかもしれない。
「おやっさん、今日は婿さんどうしたの?」
「ちょっとまた体調を崩してましてね。しばらく休ませることにしました」
「そうなのか?・・・昨日まで元気そうだったけどねぇ。お大事に」
「なに、よくあることなんで心配いりませんよ」
店主の様子はその言葉通り微塵も心配そうではなく、むしろ晴れ晴れとしてさえ見えた。
客は違和感を持ったが、それは彼らにとってはすぐに忘れられる程、僅かなものに過ぎなかった。
***
刹那を見つける。
その目的を果たせないまま、一月が過ぎた。
いくつかの町を回り、旧幕派との接触も果たした。
それでも刹那に関する情報は得られなかった。
一方で、”裏”の存在を知る者からは是非とも蜂起に加勢を、と求められた。
明治政府は悪。
そう口を揃える彼らの熱は、幕末当時から何も変わらず、了祐と蒼介はそれを複雑な思いで見つめた。
この明治の世に、既に人々の当たり前の日常が作られたこの世に、今更何を起こそうというのか。
「・・・俺たちは、敗れてよかったのかもしれないな」
宿の窓から夜空を見上げ、蒼介がぽつりと呟いた。
『・・・どうだろうな』
明治政府は、未だに久志のような人間を手離していない。
仮に幕府が勝ったらどうなっていただろう。
討幕派が各地で蜂起し、自分たち”裏”がその掃討のために残される。
立場は違えど、きっと同じような道を辿るように思う。
そしていずれにせよ、巻き込まれるのは、日常を壊される多くの庶民だ。
そんな二人の様子に、晃が口を開く。
「俺はさ、誰が正しいとか、悪だとか、負けるべきとか、そんなことじゃないと思うよ。色んな考え方はあって当たり前だろ。・・・ただ、方法が間違っているだけだ。相手を殺すんじゃなくて、とことん話し合えばいい。その上でみんながもっと幸せに暮らせるようになるなら、誰も反対しないよ」
現実は、そう簡単ではないのかもしれないけれど。
『・・・晃が将軍だったら、誰も死なせないで済んだかもしれないな』
そう言って笑った了祐の声は、夜風に乗って消えた。
***
時を同じくして-。
「・・・やっと見つけた」
辺りで一番高い屋根に寝転び、夜空を見上げていた彼に、背後からそっとかけられた声。
振り返って、微かに目を見張る。
彼はあの術を使って以来、仲間の気配を感じ取れなくなっていた。
だから、全く気付かなかった。
「久しいな。俺を探してたのか?・・・やっと俺と共に戦う覚悟ができたか?」
彼は、昔と変わらぬ笑みを浮かべてそう言った。
ああ、そうだったと風音は思う。
刹那は、こんな俺を信じ、求めてくれた。
-風音、俺と一緒に政府を倒そう。このままじゃ、里の奴らが報われない。あいつらの無念を、共に晴らそう。俺に力を貸してくれ―
「刹那」
「?」
「すまなかった」
「・・・どうした、急に」
「里を滅ぼしたのは・・・俺なんだ」
「・・・!!」
刹那の表情が見る間に変わっていく。
それを見つめているはずなのに、風音の目前には家で待つ妻の顔が浮かんだ。
どうか、生まれてくる子と幸せになってほしい。
いつまでも誰かに脅かされる幸せではなく、本当の幸せを彼女にあげたい。
そのために必要なことは、いや、そのために不必要な存在は、俺だ。
それならば、せめて最期は己を偽らずにいよう。
変わらぬ己の意思を確かめて、顔を上げる。
刹那の暗い瞳がまっすぐに自分を見据えていた。
「・・・どういうことだ」




