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影の記  作者: 水鳥川 陸
第六章 真の強さ
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第一話

「これからどうしようか」


朝飯を食べ終えて、晃が小虎を撫でながら言った。

刹那への手掛かりは、ここに来て完全に途切れてしまった。

旧幕派の動きが活発化している地域については、師範から逐次情報が届いていた。

刹那がそれらの動きに同調している可能性はある。

ならばそれらを虱潰しに当たっていくしかないのだろうか。


「広範囲過ぎて効率的ではないがな」

「やっぱり自力で術を解く方法を探すのが一番だよね」

『・・・試してはみてるんだ、ずっと』


毎夜二人が眠った後も、了祐は一人この術と戦い続けていた。

力で押してみたり、精神を集中させてみたり。

思いつく限りの方法を試したが、いずれも手ごたえは得られなかった。

もちろん師範は、そちらについても手を尽くして調べてくれている。

しかし、そもそも影突(かげづき)が使われた記録自体がどこにも残っていないのだという。


「赤井のおっさんはさ、確か了祐に実体が無いから力が出ないって言ってたよね、確か。だったら俺の体を使って試してみてよ」

『断る』

「・・・そんなに即答するなってば」


眉をしかめる晃を宥めるように、蒼介は笑った。


「確かに了祐の気持ちは分かるよ」


もしもその瞬間に術が解けたら、二人はどうなるのか。

そもそも、仮に影突(かげづき)の解き方が分かったとして、今の二人の状態でそれが正しく発動するかどうかも分からない。

場合によっては本当に、晃か了祐のどちらかが失われるかもしれない。

無論、それは術者である刹那を倒したとしても同じことではあるのだが。

いずれにせよ、今の状態のままではいられない-それだけが、疑い様の無い事実だった。


とりあえず、宿を出る。

目指す先は定まらないが、ここで立ち止まるわけには行かない。

彼らは昨日の小料理屋とは反対の方向に歩き出した。

もしもこの時もう一方の道を行けば、店に集まる客と主の声が聞こえたかもしれない。


「おやっさん、今日は婿さんどうしたの?」

「ちょっとまた体調を崩してましてね。しばらく休ませることにしました」

「そうなのか?・・・昨日まで元気そうだったけどねぇ。お大事に」

「なに、よくあることなんで心配いりませんよ」


店主の様子はその言葉通り微塵も心配そうではなく、むしろ晴れ晴れとしてさえ見えた。

客は違和感を持ったが、それは彼らにとってはすぐに忘れられる程、僅かなものに過ぎなかった。


        ***


刹那を見つける。

その目的を果たせないまま、一月が過ぎた。


いくつかの町を回り、旧幕派との接触も果たした。

それでも刹那に関する情報は得られなかった。


一方で、”裏”の存在を知る者からは是非とも蜂起に加勢を、と求められた。

明治政府は悪。

そう口を揃える彼らの熱は、幕末当時から何も変わらず、了祐と蒼介はそれを複雑な思いで見つめた。

この明治の世に、既に人々の当たり前の日常が作られたこの世に、今更何を起こそうというのか。



「・・・俺たちは、敗れてよかったのかもしれないな」


宿の窓から夜空を見上げ、蒼介がぽつりと呟いた。


『・・・どうだろうな』


明治政府は、未だに久志のような人間を手離していない。

仮に幕府が勝ったらどうなっていただろう。

討幕派が各地で蜂起し、自分たち”裏”がその掃討のために残される。

立場は違えど、きっと同じような道を辿るように思う。

そしていずれにせよ、巻き込まれるのは、日常を壊される多くの庶民だ。


そんな二人の様子に、晃が口を開く。


「俺はさ、誰が正しいとか、悪だとか、負けるべきとか、そんなことじゃないと思うよ。色んな考え方はあって当たり前だろ。・・・ただ、方法が間違っているだけだ。相手を殺すんじゃなくて、とことん話し合えばいい。その上でみんながもっと幸せに暮らせるようになるなら、誰も反対しないよ」


現実は、そう簡単ではないのかもしれないけれど。


『・・・晃が将軍だったら、誰も死なせないで済んだかもしれないな』


そう言って笑った了祐の声は、夜風に乗って消えた。


        ***


時を同じくして-。


「・・・やっと見つけた」


辺りで一番高い屋根に寝転び、夜空を見上げていた彼に、背後からそっとかけられた声。

振り返って、微かに目を見張る。

彼はあの術を使って以来、仲間の気配を感じ取れなくなっていた。

だから、全く気付かなかった。


「久しいな。俺を探してたのか?・・・やっと俺と共に戦う覚悟ができたか?」


彼は、昔と変わらぬ笑みを浮かべてそう言った。

ああ、そうだったと風音は思う。

刹那は、こんな俺を信じ、求めてくれた。


-風音、俺と一緒に政府を倒そう。このままじゃ、里の奴らが報われない。あいつらの無念を、共に晴らそう。俺に力を貸してくれ―


「刹那」

「?」

「すまなかった」

「・・・どうした、急に」

「里を滅ぼしたのは・・・俺なんだ」

「・・・!!」


刹那の表情が見る間に変わっていく。

それを見つめているはずなのに、風音の目前には家で待つ妻の顔が浮かんだ。


どうか、生まれてくる子と幸せになってほしい。

いつまでも誰かに脅かされる幸せではなく、本当の幸せを彼女にあげたい。

そのために必要なことは、いや、()()()()()()()()()()()は、俺だ。

それならば、せめて最期は己を偽らずにいよう。


変わらぬ己の意思を確かめて、顔を上げる。

刹那の暗い瞳がまっすぐに自分を見据えていた。


「・・・どういうことだ」

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