第十三話
宿に戻り、夜更け過ぎ。
晃が眠ったのを確認してから、蒼介が声を潜めて了祐に話しかけた。
「・・・どう思う?」
『つながっているだろうな、今も』
何度か顔を合わせただけにしては詳しすぎる情報、そしてあの必死な表情。
里を捨てた町人だと言いながら、恐らく風音は今も九頭見として使われている。
先程、今の暮らしを守りたいと言ったのは紛れも無い本心だろう。
それでもなお久志、つまりは政府方についているのだとしたら。
「妻が人質ということか」
『恐らく』
これは氷雨すらも知らない事実。
だとすれば、問題は。
「いつからか、だな」
九頭見の里の壊滅時、里を離れていた頭の一人である風音。
三人の頭を欠いたとはいえ、残る二人の頭を含め、存在を危険視される程の忍びが揃っていた里。
それが一夜で、そう簡単に殲滅されるものだろうか。
それは初めて里の惨状を聞いた時から、心の奥に燻ぶっていた疑問。
氷雨は、新政府が数多の手練れを送り込んできたからだと話していたが-。
もしも風音が政府方の作戦を知らされていたとしたら。
いや、むしろ風音が政府方に里の情報を流していたとしたら。
『・・・きっと風音は、俺や蒼介がこの結論に辿り着くことを十分承知していただろう』
それでも、自分の罪を晒してでも、忠告という形で伝えてくれた。
『俺達には風音を責めることはできない。あいつもずっと、自分の罪を背負って生きていく。・・・皆、同じだ』
「そうだな」
その時、晃が寝言を言った。
小さくだが、確かに聞こえた-日向、と。
晃は、幸せに見えた風音の姿に、日向の行く末を重ねているのだろう。
二人にはそれがよく分かったから。
「この話は晃には言えないな」
蒼介の言葉に、了祐も微かに笑って同意した。
***
同刻、店の片づけを終えた風音。
彼は内鍵をかけようとして戸口に近づき、ひたとその動きを止めた。
戸の向こうに立つ人影に気付いたからだ。
「・・・」
一瞬目を伏せて、そして観念したように戸を開ける。
目の前に立った男-石川久志が、見透かすように笑った。
「あいつらが来たそうだな」
そう言うと、当然のように中に入り、近くの椅子に腰かけた。
客の中には、彼の手の者が紛れ込んでいる。
この店の出来事は彼には筒抜けなのだ。
「楽しい話はできたか?」
「何もない。俺は刹那の行方は知らないし、協力はできないと言った」
「嘘は突き通せたのか?」
「・・・」
「氷雨もあいつらもご苦労なことだ。お前が里を滅ぼした張本人とも知らずにな。・・・仲間とやらを裏切った気分はどうだ?そいつらを踏み台にして、政府の口利きでこんな店まで継げるなんて、最高だろうなぁ」
そう言うと、耳障りな笑い声をあげた。
確かに風音は、愛する女性の命と引き換えに、里を裏切った。
彼女とは、任務中に偶然出会った。
いつしか惹かれ合い、自分の素性を明かした。
それでも全てを受け入れてくれた彼女を守るため-。
そう自分に言い聞かせ、里の皆を犠牲にし、維新を迎えた。
しかし彼女の父母とて、素性も分からぬ男をやすやすと受け入れるはずがない。
風音は政府により元維新志士という偽の肩書を用意され、彼女との結婚を認めてもらった。
ところが。
そうしてまで得たものは、すぐに壊れる脆い幸せと、生涯抜け出せない牢獄だった。
彼女が幸せに生きていてくれればいい。
そう願った愚かな自分は、二度と引き返せない道を選んでしまっていた。
そんな自分の幸せを願ってくれた先程の彼の笑顔が。
彼らの言葉が。
万の針のように風音の心に突き刺さった。
「恐らくあいつらには分かったはずだ。・・・石川久志には気をつけろ、と忠告したからな」
久志は片方の眉を上げてみせた。
「ほう?己の恥を晒してまで伝えたかったと。そこまで恐れてもらえて光栄だな」
「・・・あいつらを殺すつもりなのか」
「幕府は負けた、つまり悪だ。殺さずにいる理由があるか?」
「・・・」
「ただ、今の俺ではあいつは殺れない。さすがに刹那が幕府一だと認めた男ではある。・・・俺はもっと強くならねばならん。そのためにも、俺はあいつらより先に刹那を見つけて斬る」
「今のお前では刹那にも勝てない。・・・仮に刹那を倒せたとしても、それであの影の男の術は解ける。あいつも更に強くなるぞ」
-俺は絶対にこの生き方を変えない。あんたが俺を殺さないなら、俺があんたを必ずいつか殺しに行くー
―それでもいい。ならば俺が相手になる。だから俺以外の人間は殺すな-
圧倒的な上からの言葉。思い返せば屈辱で頭に血が上る。
「望むところだ。あの偉そうな負け犬も、最後は俺が絶対に斬る。・・・だからお前は本気で刹那の行方を捜せ。同族のお前ならば刹那の気配が分かるんだろう?」
「・・・俺は、できない」
「とは言わせないぞ」
久志は椅子から立ち上がり、風音の耳元に顔を寄せた。
「もうすぐ子供が生まれるそうだな」
「・・・!!」
全身が総毛だった。
「刹那を見つければ、親子共々幸せに暮らせるんだ。随分薄っぺらな幸せだが、お前には大事なものなんだろう?」
「・・・」
「今更そんな顔をするな。お前が望んだことだ」
そう言って、久志は薄笑いを浮かべた。
「理由が必要なら、今度も上からの体のいい文を用意してやるよ。何しろお前は元勤王志士らしいからな」
これまでも風音は度々、旧幕の残党狩りに駆り出されていた。
出動を命ずる政府高官からの密書まで周到に用意されるとなれば、義父母も毎度、自慢の婿だと喜んで送り出してくれた。
ただ一人、真実を知る妻の悲しみを宿す視線からは、目を逸らし続けてきた。
「・・・準備が整い次第、立て」
そう言い残し、久志は店を出て行く。
後に残された風音は、崩れるように椅子に座りこみ、しばし顔を伏せた。
両の拳は強く握りしめられて、色を失う程。
そしてその後、何かを決意したような顔で立ち上がり、奥に消えた。




