第十一話
彼らが目指す九頭見の生き残り-風音の住む町へは、あと一刻程で着くという。
道中、自分が眠っていた間の出来事を教えてもらった。
師範からの手紙の内容には納得である。
あの娘ならさもありなんという感じだ。
そんな了祐の反応に、蒼介が興味深そうに言った。
「・・・それほどまでとはな。いつか一度この目で見てみたいものだ」
「ちょっと了祐!誤解させるようなこと言うなって。蒼介さんも、下らない話に乗らないで!」
すまん、と笑って蒼介が言う。
了祐も小さく笑って、そしてすぐに沈黙する。
「・・・了祐?また消えたんじゃないよね?」
違うと答えると怒られた。
「だから、お前が黙ってると心配なの!いっつも主張してろ、何でもいいから」
無茶を言うなと呆れながらも、これから話す言葉を選ぶ。
『俺が気になっているのは二つだ。一つは、俺が地上に出て久志と戦っていた時の晃の記憶が全くないということ。もう一つは、晃が久志と戦おうとしていた時、逆に俺がそちらに出て行けなかったこと』
「・・・出て来られなかった?」
『そうだな。自分で何とかしたいっていう晃の意思が強すぎて、全然出て行けなかった』
そういえば、と晃は思う。
あの時了祐は、ずっと自分を呼び続けていた。
「俺、やっぱりお前の邪魔しちゃってたんだな」
そう言って晃が肩を落とす。
了祐は、上手い言葉で伝えられない自分に嫌気がさした。
『そういうことじゃない。俺は頭が悪くて上手く説明できないけど。・・・今まで俺は、例えば晃が危険な時にはいつでも俺が出て行けると思ってたんだ』
師範の言う通り、晃と自分の関係は自分が有利だと無意識に思い込んでいた。
だからこそ、いつか彼を乗っ取ってしまうだろうという、師範の推測に怯えていたのだが。
『晃は弱くない。それは剣の腕の話じゃない。お前には強い意志があって、俺はそれを乗り越えられない。お前が嫌だと思えば、俺はそちらには出られない』
「了祐が出ていた間、記憶を失っていたのはどう考える?・・・正直に言って、久志と対峙していた時のお前は、完全に了祐そのものだったように見えたが」
蒼介の言わんとしていることも分かる。
彼は長く了祐と共に戦い、了祐が刀を振るう姿をずっと見てきたのだ。
その動きに不自然な部分があればすぐに気づくだろう。
『分からない。でも、俺もあの後の記憶はない。・・・それと同じなんじゃないのか』
了祐も晃も、ともに自分の力の限界を超えた。
だから体力を回復するために、一時的に記憶を失い睡眠中のような状態に陥ったのではないか。
楽観的だと言われるかもしれないが、そう信じたかった。
もしそうだとすれば、今後も自分の意に反して晃を乗っ取ってしまうことは無いだろう。
いや、もしかすると。
晃の強い意思に飲み込まれて最終的に消えるのは、むしろ自分の方かもしれない。
それならいいと、了祐は心の中で呟いた。
この考えは、絶対に晃には言えないけれど。
納得がいかない様子の蒼介を横目に、晃はポンと手を打った。
「はいはい、難しい話はとりあえずその辺で。見えてきましたよ、町が。とりあえず、その風音さんとやらのお店で、了祐お目覚め祝いでもしましょう、ね?」
『・・・いらん』
「そんなこと言わないで。・・・俺は、了祐も蒼介さんも俺自身も無事ならそれで充分なんだから」
そう言って笑う顔が、夢で見た笑顔と重なり、やはり了祐には眩しく感じられた。
***
目的としていた小料理屋は、町の中ほどにあり、立派な店構えであった
入口の戸は開いたままで、遠めに見ても出入りする客が絶え間ない。
なかなか繁盛しているようである。
暖簾をくぐって中に入ると、いらっしゃいませと威勢のよい声がかかる。
客は多かったが、中が広いこともあり、それほど窮屈には感じない。
店の者と思われる一人の男性がこちらに手を振った。
「二名様、こちらへどうぞ!」
言われるがままに、一角に案内され、長椅子に腰を下ろした。
まだ日が出ている時間だが、あちこちで、酒が入っているらしく盛り上がっている声がする。
蒼介はきっとこういう場が苦手なのだろう。
僅かに眉を顰めて呟いた。
「・・・随分と騒がしいな」
「いいじゃないですか、たまには。お目覚め祝いだし、俺たちも!ということで」
『俺はいらんと言ったぞ』
まあまあ、と了祐を宥めていると、先ほどの男性が注文を聞きに来た。
二十代中頃の快活そうな男で、人好きのする笑顔を見せている。
見渡せば、他の店の者は皆若い娘であり、男は彼だけ-恐らくこれが風音だろう。
ここに来るまでに打ち合わせた通り、とりあえずは普通にいくつかの料理と酒を頼む。
今回は、小虎は荷袋の中に隠れていてもらうことにした。
これほど大勢の客がいる中で、小虎が原因で騒動を起こすようなこともしたくない。
「ちゃんとご飯は分けてやるから、我慢してろよ」
小さく呼びかけて荷袋の中に手を入れ頭を撫でてやると、ゴロゴロという振動が伝わってきた。
出てきた料理はどれも美味しかった。
これなら繁盛するのも納得できる気がする。
食べながら店内の様子を窺うと、風音らしき男と、若い給仕の女性が親し気に話しているのが見えた。
「・・・あ」
「どうした?」
何かに気付いた様子の晃に、蒼介が問う。
「あの女の人・・・お腹に赤ん坊がいるみたいだ」
そう言われてみれば、少し腹のあたりが膨れているようだ。
もしかするとあれは風音の妻で、お腹にいるのはその子ということだろうか。
「・・・幸せになれたってことかな」
「そんな話、氷雨はしてなかったぞ・・・」
『知ればきっと喜ぶだろう』
「そうだね」
答えながら、晃は日向の顔を思い浮かべた。
ほらね、日向もいつかこんな風に幸せを掴める。
きっと、いつかー。
ひとしきり食べて満足したところで、彼らは本題に取り掛かることにした。
辺りを見回すと、折よく近くの客が出て行ったところだった。
「あの、すみません」
晃が手を上げて声を掛けると、風音らしき男がにこにこしながらやってきた。
「はい、追加のご注文ですか?」
ついでに空いた小皿を下げようと手を伸ばす。
自然晃と顔が近づく形となり、そこで晃は小さく尋ねた。
「風音さん、ですよね」
「・・・」
風音の表情が一瞬で変わった。
「氷雨さんから聞いてきました。・・・あなたに聞きたいことがあります」
氷雨の名を聞いて、その表情が更に険しくなり、その事実を隠すように俯いた。
その時ちょうど、あの給仕の女性が奥の方から声を掛けてきた。
「良一さん、次、こちらのお客さんのご注文もお願いね」
良一、と呼ばれた風音が顔を上げた時には、もうその顔は初めに見た時の笑顔に戻っていた。
「おう、分かった」
振り返ってそう返すと、再度こちらに向き直り、声を潜めて短く告げる。
「今夜、店を閉めた後にまた来てくれ」
そしてそのまま、背を向けて行ってしまう。
晃と蒼介は顔を見合わせて頷くと、一旦小料理屋を後にした。




