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影の記  作者: 水鳥川 陸
第5章 守るべきもの
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第九話

その夜。

そっと布団から起き上がった晃。

隣では、蒼介が微かな寝息を立てている。

ああは言っていたものの、やはり蒼介の心理的な葛藤は強かったはずだと思う。

刀を握ることすらなかった数年を経て、大人数を一度に相手にして。

しかも誰も傷つけずに撃退した蒼介は、やはり凄腕の剣士なのだろう。


晃は、蒼介から自分の背後の影へと視線を移した。

今夜は行灯の火を入れたままにしていたため、室内は明るい。

影が無くなることが、今の了祐にとってどうなのかが分からなかったからだ。

行灯によって出来た影は、はっきりとした形は分からないが、やはり自分とは違う気がする。

だからきっと了祐は、ちゃんとそこにいる。

そう思っても、不安が拭えない。


晃の布団の中で丸まっていた小虎は、そんな晃の様子に一旦目を開けたが、またすぐに閉じた。

その小虎の頭に軽く手をやり撫でてやると、小さくゴロゴロと音が聞こえてくる。

晃は声に出さずに微笑むと、影をもう一度見つめた。


-了祐、ごめんな。本当に大丈夫か?-


するとその瞬間、問いかけた晃の心の声に呼応するかのように、影が水面のように波紋を作った。


「・・・!!」


赤井の長屋で見た時と同じだった-小虎が鳴いていないことを除けば。

そしてその波紋が消えた時、その向こうに見えた了祐に、晃は目を見張った。

目を閉じ、まるで水中に漂うかようにだらりとした姿。

声を上げそうになるのを寸でのことで抑える。

死んでいる、咄嗟にそう思ったが。


「・・・寝てる、のか?」


よく見れば、その胸のあたりは規則正しく上下の動きを繰り返してる。

見たところ、苦しそうな様子も見えない。

それどころか、僅かに開いた口元は、気持ちよさそうに眠っている小さな子供のようだ。

思わず脱力して笑ってしまう。

勿論、蒼介を起こさないよう、笑い声は立てずに我慢したが。

小虎が気配を感じ、何事かと再度目を開ける。

大丈夫だと撫でてやり、晃はそのまましばらく了祐の寝顔を飽きることなく眺めていた。


        ***


「九頭見の頭の一人、ですか?」


朝飯を食べながら、晃は蒼介が言った言葉を繰り返した。


「そうだ。氷雨に聞いた。氷雨、日向、刹那ともう一人の生き残りが三の頭。風音という男だそうだ」


風音は里の壊滅後、忍びであることを捨て、里を出た。

今は一町人として小料理屋で働いているという。

元来明るい性格で、寡黙な氷雨よりも刹那とともに過ごすことが多かったらしい。


「風音が里を出たのは、刹那が姿を消した後。恐らく、刹那は今の風音の居場所を知らないし、知ったとしても、既に新たな人生を歩む風音に敢えて接触を図るとは考えにくい。ただし、刹那から今後の計画を聞いていた可能性はあるだろうと、そう言っていた」


刹那に関する手がかりがない以上、可能性があるならそこに賭けてみるしかない。

朝飯を終えた二人は、早速出立の準備を進めた。

小虎はそんな二人の会話には無関心な様子で、窓から差し込む陽光を体一杯に浴びている。


了祐が目を覚ました気配はまだ無い。

が、昨夜晃が見た光景を離すと、蒼介もほっとした表情を見せた。

やはり、姿が見えないことでどうしても不安は生じる。


「しかし寝顔の話は納得がいくな。俺も数は少ないがあいつの寝顔を見たことがある。普段と違

い、やけに子供くさく見えたが、後でそう言ったらしばらく口をきいてくれなかった」


思わず吹き出して、晃は笑った。


「じゃあ、俺は黙っときます」


        ***


宿場を出たところで、入口に立つ男と目が合った。

その手元には鉄の指輪が見える。

”網”は毎回異なる人物だが、既に晃と蒼介の人相や服装について詳細に伝わっているらしい。

晃は、先程旅籠を出る前に用意した、状況報告を記した手紙を荷袋から取り出すと、その手に握った。


初めはごく自然に二人の後から少し離れるようにして歩いていた”網”。

二人を追い抜きざま、晃と自身の掌中の紙を入れ替えると、何も無かったように道の先を進んでいく。

そして晃たちから十分な距離をとったところで、脇道に消えていった。

それを見送り、手の中の紙を開く。


「・・・」


目を通して黙り込む晃に、蒼介が眉を顰めた。


「どうした、何かあったのか?」

「いや・・・」


どうにも歯切れが悪い。

埒が明かないので紙を取り上げて見てみれば。


-二条の娘が連日押しかけてきて、晃の行方を教えろと騒ぎ立てている。大迷惑だ。お前の責任でこの暴れ馬を何とかしろ-


と殴り書きされていた。


「・・・ほう」


これが了祐の言っていた二条未華子か。


「大変だな、お前も」

「・・・」


とりあえず、こんな文を寄こすあたり、師範の方でつかめた情報は今の所無しということだ。

先程こちらから渡した刹那の情報で、何か事態が動けばいいが。

蒼介は、晃の肩に手を置いて慰めつつ、そう思うのだった。

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