第九話
その夜。
そっと布団から起き上がった晃。
隣では、蒼介が微かな寝息を立てている。
ああは言っていたものの、やはり蒼介の心理的な葛藤は強かったはずだと思う。
刀を握ることすらなかった数年を経て、大人数を一度に相手にして。
しかも誰も傷つけずに撃退した蒼介は、やはり凄腕の剣士なのだろう。
晃は、蒼介から自分の背後の影へと視線を移した。
今夜は行灯の火を入れたままにしていたため、室内は明るい。
影が無くなることが、今の了祐にとってどうなのかが分からなかったからだ。
行灯によって出来た影は、はっきりとした形は分からないが、やはり自分とは違う気がする。
だからきっと了祐は、ちゃんとそこにいる。
そう思っても、不安が拭えない。
晃の布団の中で丸まっていた小虎は、そんな晃の様子に一旦目を開けたが、またすぐに閉じた。
その小虎の頭に軽く手をやり撫でてやると、小さくゴロゴロと音が聞こえてくる。
晃は声に出さずに微笑むと、影をもう一度見つめた。
-了祐、ごめんな。本当に大丈夫か?-
するとその瞬間、問いかけた晃の心の声に呼応するかのように、影が水面のように波紋を作った。
「・・・!!」
赤井の長屋で見た時と同じだった-小虎が鳴いていないことを除けば。
そしてその波紋が消えた時、その向こうに見えた了祐に、晃は目を見張った。
目を閉じ、まるで水中に漂うかようにだらりとした姿。
声を上げそうになるのを寸でのことで抑える。
死んでいる、咄嗟にそう思ったが。
「・・・寝てる、のか?」
よく見れば、その胸のあたりは規則正しく上下の動きを繰り返してる。
見たところ、苦しそうな様子も見えない。
それどころか、僅かに開いた口元は、気持ちよさそうに眠っている小さな子供のようだ。
思わず脱力して笑ってしまう。
勿論、蒼介を起こさないよう、笑い声は立てずに我慢したが。
小虎が気配を感じ、何事かと再度目を開ける。
大丈夫だと撫でてやり、晃はそのまましばらく了祐の寝顔を飽きることなく眺めていた。
***
「九頭見の頭の一人、ですか?」
朝飯を食べながら、晃は蒼介が言った言葉を繰り返した。
「そうだ。氷雨に聞いた。氷雨、日向、刹那ともう一人の生き残りが三の頭。風音という男だそうだ」
風音は里の壊滅後、忍びであることを捨て、里を出た。
今は一町人として小料理屋で働いているという。
元来明るい性格で、寡黙な氷雨よりも刹那とともに過ごすことが多かったらしい。
「風音が里を出たのは、刹那が姿を消した後。恐らく、刹那は今の風音の居場所を知らないし、知ったとしても、既に新たな人生を歩む風音に敢えて接触を図るとは考えにくい。ただし、刹那から今後の計画を聞いていた可能性はあるだろうと、そう言っていた」
刹那に関する手がかりがない以上、可能性があるならそこに賭けてみるしかない。
朝飯を終えた二人は、早速出立の準備を進めた。
小虎はそんな二人の会話には無関心な様子で、窓から差し込む陽光を体一杯に浴びている。
了祐が目を覚ました気配はまだ無い。
が、昨夜晃が見た光景を離すと、蒼介もほっとした表情を見せた。
やはり、姿が見えないことでどうしても不安は生じる。
「しかし寝顔の話は納得がいくな。俺も数は少ないがあいつの寝顔を見たことがある。普段と違
い、やけに子供くさく見えたが、後でそう言ったらしばらく口をきいてくれなかった」
思わず吹き出して、晃は笑った。
「じゃあ、俺は黙っときます」
***
宿場を出たところで、入口に立つ男と目が合った。
その手元には鉄の指輪が見える。
”網”は毎回異なる人物だが、既に晃と蒼介の人相や服装について詳細に伝わっているらしい。
晃は、先程旅籠を出る前に用意した、状況報告を記した手紙を荷袋から取り出すと、その手に握った。
初めはごく自然に二人の後から少し離れるようにして歩いていた”網”。
二人を追い抜きざま、晃と自身の掌中の紙を入れ替えると、何も無かったように道の先を進んでいく。
そして晃たちから十分な距離をとったところで、脇道に消えていった。
それを見送り、手の中の紙を開く。
「・・・」
目を通して黙り込む晃に、蒼介が眉を顰めた。
「どうした、何かあったのか?」
「いや・・・」
どうにも歯切れが悪い。
埒が明かないので紙を取り上げて見てみれば。
-二条の娘が連日押しかけてきて、晃の行方を教えろと騒ぎ立てている。大迷惑だ。お前の責任でこの暴れ馬を何とかしろ-
と殴り書きされていた。
「・・・ほう」
これが了祐の言っていた二条未華子か。
「大変だな、お前も」
「・・・」
とりあえず、こんな文を寄こすあたり、師範の方でつかめた情報は今の所無しということだ。
先程こちらから渡した刹那の情報で、何か事態が動けばいいが。
蒼介は、晃の肩に手を置いて慰めつつ、そう思うのだった。




