第七話
廃墟を抜け、街道までの山道をひたすら歩く。
どうも最後に調子を崩されたが-。
「いや、驚いたな」
蒼介が大真面目に言うと、了祐も調子を合わせた。
『そうだな。俺も全く分からなかった』
「しかし、そう言われてみれば美人かもしれない。よかったな、晃」
「だからっ、いつまで何の話をしてるんですか?!」
『しかし、晃。二条未華子はどうするんだ?』
突拍子もないことを言い出す了祐に、晃はむせこんだ。
「他にも相手がいるのか、すごいな晃は」
『俺は色恋沙汰には疎いが、あの娘はあからさまだからな。さすがに俺でも分かる』
「・・・もういい加減、黙れよ!」
それに呼応するように、ぴたと二人の声がやんだ。一瞬にして空気が変わる。
「え?・・・何、怒った?」
『蒼介』
「承知。・・・晃、俺から離れるな」
訳が分からず、とりあえず頷く。
すると、前方の木の向こうから、一人の男がゆらりと姿を現した。
その顔を見て、晃は思わず声を上げた。
見覚えのある顔だったからだ。
沢渡医師が死んだ町の入口で出会った、あの若い男。
「お前っ」
「得体のしれない奴らが入り込んでいると報告を受けて来てみれば・・・」
男はそう言って、さも楽しそうに笑った。
「謎が解けたよ、あの時のお前の変な気配。九頭見の術ならあり得る話だ。・・・お前、中に別の人間を飼っているな。そいつを出せ」
言うやいなや、刀を抜き、地面を蹴って飛び込んできた。
蒼介が瞬時に晃の前に割り込み、正面から刀で受け止める。
「俺はそっちの腑抜けに話してるんだ。お前はこいつらの相手でもしてろ!」
その言葉を合図に、刀を手にした数人の男たちが四方から駆け寄ってきた。
それを確認した初めの男は、強引に蒼介の刀を薙ぎ払うと、晃に向かう。
「晃!」
『刀を!』
慌てて抜いて、目の前で構えた刀。そこにすぐに強い斬撃が来た。
「くっ・・・」
蒼介は多人数に囲まれ、すぐには来られそうにない。
自分で持ち堪えるしかない。
なのに力の差は圧倒的だった。
為す術も無く押されて、自分のすぐ目の前に刀と相手の顔が迫る。
「お前では話にならん。おい、中の奴。さっさと出てきて俺と戦え。もたもたしてると・・・こいつを殺すぞ」
俺だって訓練したのに、全然力が足りない。
力を入れすぎて息が上手くできない。
こんなんじゃ了祐の助けになれない。
『晃・・・晃!』
了祐がさっきから随分遠くから自分を呼んでいる気がする。
ごめん了祐、お前の力になりたいけど。
頑張ってみたけど、やっぱり俺なんかじゃ駄目だ。
最後に振り絞った力は、眼前の刀をほんの僅かに押し戻し、男と視線が真っ向からぶつかる。
「くだらん茶番だ。・・・?」
揶揄するように言葉をかけた男は、だが。
次の一瞬で、対峙する相手の茶色い瞳が、青みがかった黒色に変わる様を見た。
そしてその眼光と殺気が、一気に自分に向かうのを全身で感じた。
『充分だよ、晃』
先程とは全く違う声。
いや、気づけば、顔も着物も全てが違う。
男の口が歪んだ笑いを作った。
「そうだ、この気だ。お前は強い。分かるぞ。俺と戦え。」
「・・・」
それには応えず、了祐は男の刀をいとも簡単に払いのけた。
そして一歩下がって構えなおした刀もまた、先ほどまでの刀と異なっている。
「すごいな・・・一体どうなってんだ、それ」
「・・・」
やはり無言の了祐を挑発するように、男は顔を歪めて笑った。
「九頭見はやっぱり化け物だ。・・・潰しておいて大正解だったって訳だ」
言い終える前に、互いの刀が火花を散らしてぶつかり合う。
風のような踏み込みの速さにもかかわらず、圧倒的な斬撃の重さ。
思わず男は体制を崩したが、すぐに立て直し、次々と繰り出される斬撃を受け止める。
そんな男に、了祐は息も切らさず問いかけた。
「お前がこの里を襲ったのか」
「残念だが違う。あの当時はまだ実践には出してもらえなかったからな。だから見学だ。・・・お前らにも見せてやりたかったよ。よく燃えてたぜ、人も家も」
「先だってこの里を偵察に来た人間が姿を消した。それはお前か」
「ああ・・・あれは弱すぎてつまらなかった。送りこむならお前のような強い奴を寄こせ」
男が答えるごとに、了祐の刀の威力が増していく。
明らかに男は防戦一方だったが、なぜか嬉しそうに笑う。
「九頭見の術をくらったということは、お前、幕府の犬だな」
「・・・」
「刹那が言ってた最強の犬とは、もしかしてお前のことか?」
「・・・!」
了祐の表情が微かに変わった。
「あいつから何度も聞かされたよ。あんたの話をする時、あいつは本当に嬉しそうだった。・・・だから俺はずっとあんたに会いたかった。たった数年生まれるのが遅れたせいで、俺は幕府を倒し損ねた。明治に残った奴らは腑抜けばかりだ。俺はあんたみたいな奴と戦いたかったんだ。刹那はあんたを倒したと言ってたが、無事だったんだな。俺の運も捨てたもんじゃない」
了祐の刀が、男の手からその刀をはじき飛ばした。
刀を失った男の背が背後の木にぶつかり、その顔寸前で了祐の刀がぴたりと動きを止めた。
呼吸をする、その動きだけで刀が刺さりそうな程の近さだ。
「了祐!すまん、手間取った」
後ろから蒼介が走ってきた。
男は蒼介が戦っていた辺りに目をやって、苛立った笑いを浮かべる。
倒れている男たちは皆、呻きながらごそごそと動いている。
まだ生きているではないか。
「なぜ殺さない。あいつらも、俺も」
了祐が刀を下ろして言った。
「・・・意味がない」
「あんたが幕府の犬なら俺は政府の犬だ。敵を殺す、そこにどんな意味が必要なんだよ」
「そんな時代はもう終わった。人殺しは新しい時代にはいらない。お前の望む世はもう二度と来ない」
それを聞いた男が声を荒げた。
「ふざけるな。お前らが散々やってきたことと同じだろう。しかも幕府は負けた。お前らが殺した奴らは無駄死だ。それを棚に上げて俺に説教か」
了祐は静かに納刀すると、その目を少し伏せた。
「・・・そうだな。俺たちは無益に多くの命を奪って、そして大事なものをたくさん失った。確かに自分勝手だが、俺は自分のような人間を増やしたくない。きっとお前はまだ間に合うはずだ」
そして、蒼介を促す。
行こう、と。
連れだって歩き出した二人の背に向かって、男が叫ぶ。
「俺の名は石川久志だ、忘れるな。・・・俺は絶対にこの生き方を変えない。俺はお前をいつか殺す。俺を殺さずにおいたこと、いずれ必ず後悔させてやる」
了祐は足を止め、振り返った。
「それでもいい。その時は俺が相手になる。だから俺以外の人間は殺すな」




