第五話
「解き方も知らずに、それほどまでに危険な術をかけたということか」
蒼介が発した声に怒りが混じる。
以前師範から忍びの掟というものを聞いた。
その一つとして、解法を知らぬ術を使うことは決してないのだと。
「そういうことになる」
答えた氷雨は、まっすぐに晃と蒼介を見据え、そしてゆっくりと頭を下げた。
「身内から掟破りを出した。その責めは俺が負う。気が済むならば、今この場でお前たちに斬られても仕方ないと思っている。・・・その上でなお、お前たちに頼みたい。刹那を見つけ、殺してほしい。解法は分からないが、あいつが死ねば術は解ける。それは間違いない」
「助けたいんじゃないんですか・・・仲間でしょう?」
顔を上げた氷雨の顔は、やはり表情に乏しく先程と変わりが無いのに。
その瞳はどんな表情よりも悲しみを映していた。
「あいつはこの里の現状を憂い、幕府を憎んだ。いつまで逃げ隠れるように生きていかねばならないのか、と。・・・俺は、そんな刹那の思いを止めることが出来なかった。結果として俺たちは倒幕派に与し、里そのものを失った」
「・・・」
「俺たちが信じたものは間違いだった。事実はそれひとつだけだ。復讐を重ねても時は戻らないし、失った命も戻らない。それでもなお、復讐を誓い暴走する刹那を俺は止めたい。・・・本当は自分で始末をつけるべきなのも分かっている。だが日向を置いてはいけない。日向から、これ以上奪うことはできない」
「先程、政府方が刹那を探していると言ったな。放っておいても、あいつらが殺す可能性もあるだろう」
蒼介が言うと、氷雨は悲しい瞳のまま薄く笑顔をみせた。
「その通りだ。・・・正直にいう。俺は復讐はしないが、だからと言って恨みを捨てきれた訳ではない。奴らには刹那を殺されたくないし、実際奴らには無理だろうと思っている。刹那は俺たち頭の中で一番強い。三月後に目覚めた後、たった二月で両腕の時と同じ程度の力を取り戻した。きっと奴らではあいつに止めを刺せない。そうなればあいつはさらに復讐心に囚われて逃げ回るだけだ。・・・時代に取り残され、いつまでも」
氷雨はそう言って、視線を落とした。
そして、床の奥-晃の影に向けて話す。
「刹那が己の死を賭して影突を使うまでに認めた相手。お前ならばきっと刹那を殺せる、そう俺は思う」
『・・・』
言われずともそのためにここまで来たのだ。
そのはずなのに、何故かその言葉は口に出来なかった。
「了祐、俺が答えてもいい?」
『・・・晃?』
まっすぐに氷雨を見返すと、晃はにこりと笑ってみせた。
氷雨が虚を突かれた顔をする。
「殺すとか殺さないとか、それは目的じゃないんですよ。もちろん、今あなたをどうこうする気もありません。俺たちは了祐を元に戻すために刹那を探している。確かに、他に手段がなければ、あなたに頼まれなくても刹那を倒します。そのために蒼介さんにも来てもらったし、俺だって訓練もしてます。・・・だけど、了祐や蒼介さんの師範に、術を解くことはかけられた方にもできるって聞きました。それはものすごく大変みたいだけど、もしも誰も死なずに済むなら、俺たちはまずその道を選びます」
蒼介も驚いた顔をこちらに向けた。
『・・・』
「だから今はあなたの頼みは引き受けられません。・・・結果、そうなる可能性はありますけどね」
微かに開いた氷雨の口元が、静かに笑みを形作った。
「承知した」
「俺、間違ったこと言っちゃった?了祐、怒ってる?」
『・・・いいや、それでいい』
答えながら了祐は、先ほど自分が答えられなかった理由が分かった気がした。
また晃に教えられたな、そう思って苦笑した。
***
話し込むうちに、外は陽が落ち始めていた。
「これから街道まで出れば夜中になる。隣の納屋でよければ一晩休んで行ってくれ。簡単な飯なら用意できる」
確かにそれは有難い提案ではあったが、かつて敵同士であったことを思うと心中複雑ではある。
そんな蒼介の表情に気付いたのだろう。
氷雨は伏し目がちに笑った。
「少なくとも俺にはもう、お前たちと敵対する理由がない。信じるかどうかは任せるがな」
晃が蒼介の袖を引いた。
「せっかくだし甘えちゃいませんか。・・・了祐はどう?」
『俺は構わないよ』
「・・・分かったよ。これじゃ、まるで俺だけが子供みたいじゃないか」
年上なのに、とぶつぶつ文句を言っている蒼介を横目に、晃は氷雨に問いかける。
「日向はどこに?」
「川岸にいると思う。夕暮れ時は大抵あそこにいるからな。どうかしたか?」
「ちょっと話したいなと思って。行ってみてもいいですか?」
「それは構わないが・・・。あいつは警戒心が強い。話せるかは分からんぞ」
「大丈夫です。・・・了祐、悪いけど付き合ってくれる?」
『・・・ああ』
晃が日向と話したいと思う理由。
それが分かったから、了祐は頷いた。
「じゃ蒼介さん、ちょっと行ってきますね」
「えっ、ちょっ・・・」
「・・・」
残された蒼介と氷雨の間にしばし漂う微妙な雰囲気。
それを先に破ったのは氷雨だった。
「あの晃という男は、大した奴だな」
「・・・そうだな。あんただけじゃない、俺もあいつに救われた」
蒼介にも十分に分かっている。
もう敵味方だと争う時代ではない。
そんな時代にしてはいけない。
そのために過去を背負って生きると、決意させてくれたのは晃だ。
蒼介は、大きく深呼吸をすると、氷雨に頭を下げた。
それを見た氷雨が軽く目を見張る。
「俺も当時はたくさん討幕派の人間を殺した。もしかしたらその中にはあんたの仲間もいたかもしれない。あんたが頭を下げるなら俺も下げなきゃならない」
「互いに違うものを信じ、ともに敗れた。それだけだ。・・・少し、酒でも飲まないか」
「そうだな、頼む」
顔を上げた蒼介は、小さく笑った。




