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影の記  作者: 水鳥川 陸
第5章 守るべきもの
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第四話

廃墟と化した集落。

それを抜けたさらに奥に、藁葺きの小屋が二棟並んで立っていた。

その片方に、男が入って行く。

続いて中に入った時、蒼介は小さな違和感を感じた。

その様子に気づいた男が、囲炉裏に火を入れながら口を開く。


「気にするな、結界術だ。この中の会話は外には聞こえない」

「どうしてそんな必要が?」

「・・・監視されているからな、俺たちは」

「監視?」

「明治政府は、俺たちが復讐に走ることを警戒している。・・・特に刹那のことを」

「刹那はここにはいないんですか?」

「いない。あいつがどこにいるか俺は知らないし、恐らくここにはもう現れない」

「なぜ分かるんです?」

「・・・俺が立ち上がることはないと知っているからだ。そう、ここを監視する者にも何度も言っているが、信じていないようだな」

「無事だったのはあなたとあの子・・・そして、刹那だけなんですか?」


男はしばらく無言で晃と蒼介を見つめた。

二人にどこまで話していいものか、見定めているようだった。


やがて囲炉裏にかけた湯缶が音を立て始めた。

二人に湯呑を差し出した男は、そこで漸く口を開いた。


「俺の名は、氷雨。里長の下、この里を仕切る五人頭の一を務めていた。・・・あの当時、里に残っていたのは五人頭のうち二人だけ。残る三人・・・俺と刹那、そしてもう一人は討幕派の要請に応じ、里から離れた地で任務についていた。そこを狙われた」


やはり騙し討ちにあったのだ。

手を組んだふりをして、卑怯なことを―。


「里には女子供も多かった。そして奴らも、もちろん手練れを送り込んでくる。・・・残った二人の頭では守り切れず、知らせを受けて戻った俺たちも間に合わなかった」


戻った自分たちが見たのは、焼かれ、壊された家々と、物言わぬ仲間の死体。

親は子を、若きものは年寄りを庇うように。

そして皆が傷だらけで倒れていた。


「外の世界からは隔絶された里だけに、内輪の結びつきは強いんだ」


あくまで淡々と、静かに話し続ける氷雨からは、何の感情も窺えなかった。


「・・・あの子は?」

「日向という。あれが生き残ったのは、頭の一人があいつに伝令を命じたからだ。俺たちに知らせろ、と。日向はこの里で一番脚が早かったからな。・・・だがその結果、あいつは親も仲間もすべて失い残された。・・・可哀そうなことをしたと思う」

「・・・」

「俺に出来るのは、日向をしっかりと育てることくらいだ。本当は早くここを捨てるべきなんだろうが、日向自身がここから離れたがらないからな。だからここにいる。決して復讐のためじゃない。・・・だが、刹那は違う。あいつはあの日、あの光景を見て誓った」


今もはっきりと氷雨の耳に残る、怒りと悲しみで震える声。


―俺はあいつらの裏切りを決して許さない。お前が来なくても、俺一人でも、必ずあいつらを倒す―


それ以降、氷雨は一度も刹那に会っていない。


「だから、お前たちの願いには答えられない。だが、お前から感じる刹那の気は強すぎる。・・・刹那はかつて一度、里の禁忌の術を使った。その術の名は影突(かげづき)という」

「・・・!」


自分の言葉に対する二人の反応を確認し、氷雨が目を伏せる。


「やはりそうか。しかし影突(かげづき)は相手をその影に変える術だと聞いていたが・・・」


晃がこれまでの経緯を離すと、氷雨は再び沈黙した。

先程よりも深く考え込んでいる様子だった。

もともと表情に乏しいため、何を考えているのかよく分からない。

晃と蒼介は顔を見合わせ、そしてそっと声をかけてみた。


「あの・・・」


すると、氷雨はゆっくりと顔を上げた。


影突(かげづき)は古くから禁忌とされてきた。もちろん俺も術の存在は知っていたが、詳しい内容は知らされていない。今のお前たちの状況を聞いても、対処法は全く分からない。影突(かげづき)を継承するのは里長のみとされてきたからな」

「じゃあ、どうして刹那が」

「秘伝書を盗んだ。・・・あの当時、幕府を潰すには絶対に必要だと考えたようだ」


蒼介が小さく身じろぎをした。

同じように了祐の心の揺れも、晃には感じられた気がした。


「当然、大問題になった。決して術を使わぬようにと里長は厳命した。使えば刹那は死ぬ、そう言っていた。・・・忍術は術者本人にも必ず反動がある。禁忌の術を使う反動に刹那は耐えられないだろう、と」

「・・・」

「それでもあいつは結局、影突(かげづき)を使い、そして生きて戻ってきた。・・・片腕を失っていた上、戻るなり三月昏倒したがな」


だが、目覚めた刹那はそれでもなお笑っていた。

腕の一本など惜しくもない。

それより最強の犬を一匹消すことができた、幕府の終わりにまた近づいたと。


『・・・随分評価されたもんだな』


そう皮肉気に呟いた了祐の声は、やはり氷雨には聞こえていないようだ。


「それじゃあ、今、術の解き方を知るのは刹那しかいないということですか?」


氷雨は目を伏せて首を振った。


「・・・違う。術の解き方は誰も知らないんだ、刹那自身も。影突(かげづき)が禁忌の術とされてきたのは、その強大さの故だけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()

「解き方が・・・ない?」

「術を使った者はほとんどが皆、反動に耐え切れず死に、結局はそれで術が解けた。だから解き方自体は伝承されなかった。代々の里長が解法の研究を行ってきたが、誰にも解明できなかったんだ」

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