第四話
廃墟と化した集落。
それを抜けたさらに奥に、藁葺きの小屋が二棟並んで立っていた。
その片方に、男が入って行く。
続いて中に入った時、蒼介は小さな違和感を感じた。
その様子に気づいた男が、囲炉裏に火を入れながら口を開く。
「気にするな、結界術だ。この中の会話は外には聞こえない」
「どうしてそんな必要が?」
「・・・監視されているからな、俺たちは」
「監視?」
「明治政府は、俺たちが復讐に走ることを警戒している。・・・特に刹那のことを」
「刹那はここにはいないんですか?」
「いない。あいつがどこにいるか俺は知らないし、恐らくここにはもう現れない」
「なぜ分かるんです?」
「・・・俺が立ち上がることはないと知っているからだ。そう、ここを監視する者にも何度も言っているが、信じていないようだな」
「無事だったのはあなたとあの子・・・そして、刹那だけなんですか?」
男はしばらく無言で晃と蒼介を見つめた。
二人にどこまで話していいものか、見定めているようだった。
やがて囲炉裏にかけた湯缶が音を立て始めた。
二人に湯呑を差し出した男は、そこで漸く口を開いた。
「俺の名は、氷雨。里長の下、この里を仕切る五人頭の一を務めていた。・・・あの当時、里に残っていたのは五人頭のうち二人だけ。残る三人・・・俺と刹那、そしてもう一人は討幕派の要請に応じ、里から離れた地で任務についていた。そこを狙われた」
やはり騙し討ちにあったのだ。
手を組んだふりをして、卑怯なことを―。
「里には女子供も多かった。そして奴らも、もちろん手練れを送り込んでくる。・・・残った二人の頭では守り切れず、知らせを受けて戻った俺たちも間に合わなかった」
戻った自分たちが見たのは、焼かれ、壊された家々と、物言わぬ仲間の死体。
親は子を、若きものは年寄りを庇うように。
そして皆が傷だらけで倒れていた。
「外の世界からは隔絶された里だけに、内輪の結びつきは強いんだ」
あくまで淡々と、静かに話し続ける氷雨からは、何の感情も窺えなかった。
「・・・あの子は?」
「日向という。あれが生き残ったのは、頭の一人があいつに伝令を命じたからだ。俺たちに知らせろ、と。日向はこの里で一番脚が早かったからな。・・・だがその結果、あいつは親も仲間もすべて失い残された。・・・可哀そうなことをしたと思う」
「・・・」
「俺に出来るのは、日向をしっかりと育てることくらいだ。本当は早くここを捨てるべきなんだろうが、日向自身がここから離れたがらないからな。だからここにいる。決して復讐のためじゃない。・・・だが、刹那は違う。あいつはあの日、あの光景を見て誓った」
今もはっきりと氷雨の耳に残る、怒りと悲しみで震える声。
―俺はあいつらの裏切りを決して許さない。お前が来なくても、俺一人でも、必ずあいつらを倒す―
それ以降、氷雨は一度も刹那に会っていない。
「だから、お前たちの願いには答えられない。だが、お前から感じる刹那の気は強すぎる。・・・刹那はかつて一度、里の禁忌の術を使った。その術の名は影突という」
「・・・!」
自分の言葉に対する二人の反応を確認し、氷雨が目を伏せる。
「やはりそうか。しかし影突は相手をその影に変える術だと聞いていたが・・・」
晃がこれまでの経緯を離すと、氷雨は再び沈黙した。
先程よりも深く考え込んでいる様子だった。
もともと表情に乏しいため、何を考えているのかよく分からない。
晃と蒼介は顔を見合わせ、そしてそっと声をかけてみた。
「あの・・・」
すると、氷雨はゆっくりと顔を上げた。
「影突は古くから禁忌とされてきた。もちろん俺も術の存在は知っていたが、詳しい内容は知らされていない。今のお前たちの状況を聞いても、対処法は全く分からない。影突を継承するのは里長のみとされてきたからな」
「じゃあ、どうして刹那が」
「秘伝書を盗んだ。・・・あの当時、幕府を潰すには絶対に必要だと考えたようだ」
蒼介が小さく身じろぎをした。
同じように了祐の心の揺れも、晃には感じられた気がした。
「当然、大問題になった。決して術を使わぬようにと里長は厳命した。使えば刹那は死ぬ、そう言っていた。・・・忍術は術者本人にも必ず反動がある。禁忌の術を使う反動に刹那は耐えられないだろう、と」
「・・・」
「それでもあいつは結局、影突を使い、そして生きて戻ってきた。・・・片腕を失っていた上、戻るなり三月昏倒したがな」
だが、目覚めた刹那はそれでもなお笑っていた。
腕の一本など惜しくもない。
それより最強の犬を一匹消すことができた、幕府の終わりにまた近づいたと。
『・・・随分評価されたもんだな』
そう皮肉気に呟いた了祐の声は、やはり氷雨には聞こえていないようだ。
「それじゃあ、今、術の解き方を知るのは刹那しかいないということですか?」
氷雨は目を伏せて首を振った。
「・・・違う。術の解き方は誰も知らないんだ、刹那自身も。影突が禁忌の術とされてきたのは、その強大さの故だけじゃない。解き方が分からなかったからだ」
「解き方が・・・ない?」
「術を使った者はほとんどが皆、反動に耐え切れず死に、結局はそれで術が解けた。だから解き方自体は伝承されなかった。代々の里長が解法の研究を行ってきたが、誰にも解明できなかったんだ」




