第十二話
町の宿屋に着いた晃は、畳の上に寝転んで了祐に声を掛けた。
「来てくれるかなぁ、蒼介さん」
『・・・お前は本当に勝手なことをする奴だな』
想定内ではあるが、やはり了祐は怒っている。
「でも、蒼介さんが一緒だと心強いのは間違いないだろ」
『あいつを当てにするのが間違いだと言ってるんだ。刀を手放せば、誰であろうと腕は必ず鈍る。却って蒼介を危険に巻き込むだけだ』
「そうかなぁ。・・・俺はあの人は一刻も早くあそこを出た方がいいと思うよ。俺たちのことが無かったとしてもね」
こんな町ではきっとこの先も、彼が前を向いて生きることはできない。
あの父親だって、いつまでも彼を守れるわけでもない。
生きる居場所を、目的を見つけに行くのは今しかない。
「了祐は思わなかった?・・・もしも影にならないで生き残ったとしたら、自分も同じようになってたかもって」
『・・・』
もちろん了祐の家族は、蒼介の家族とは違う。
もし父母や兄が生きていたとしても、誰も彼を疎まなかったかもしれない。
だが、家族の優しさだけでは、きっと人は生きていけない。
一度捨てたはずの家という器は、前より一層重く了祐とその家族を縛ることだろう。
そして了祐は、己の存在がそうやって家族を苦しめることに、絶対に耐えられないだろう。
「了祐だったら、すぐに家を出たんじゃない?」
『それは・・・そうだろうな。もともと家には戻れないと思っていたから』
「俺は、あの人も同じだと思う。辛いかもしれないけど、了祐や蒼介さんが戻る場所は、家じゃない。だったら、俺たちが連れ出してやろうよ」
「・・・晃」
もっと広い世界へ。
心から笑うことのできる、新しい居場所へ。
了祐はしばし言葉を失って、そして最後に笑った。
『そうだな。・・・ありがとう』
***
翌朝。
宿屋に高山家からの使いが来た。
支度が出来たら屋敷に来てほしいとのことだったが、そもそも支度も何も無い。
この町で他に為すべきことも無かった。
手早く朝飯を済まし、宿を後にする。
屋敷に着き、昨日と同じように声を掛けると、父親が出迎えてくれた。
「朝早くにお呼び立てして申し訳ありません」
いいえと答えながら、晃は昨日の父親との雰囲気の違いに気付く。
小さな背はそのままだが、そこに昨日背負っていた悲しみや心配が、幾分薄れた気がする。
替わりに漂うものは、何かもっと温かいもの。
「あなたのお陰で、蒼介はやっと前に進む断ちことが出来そうです。・・・あの子を、どうぞよろしくお願いいたします」
冷たい床に頭をつけて平伏する父親。
その後ろから、彼が近づいてきた。
「蒼介、さん?」
呆気にとられて凝視する。
短く整えられた髪に、きちんと着合わせた羽織袴。
やつれた顔はさすがに変わらないが、昨日と全く違う蒼介の様子に戸惑うほどだ。
「別人みたいだ」
それを聞いて小さく笑った蒼介が、父親の横を通り、土間に降りる。
腰に差した黒鞘の刀が小さく揺れた。
「父上。何一つ孝行も出来ず、最後までご迷惑をおかけしたことをお許しください」
そう言って深々と頭を下げる。
「・・・迷惑などあるものか。蒼介、力のない父ですまなかった。体に気を付けるんだよ」
「ありがとうございます。父上こそ、お体ご自愛ください。・・・兄上も」
蒼介の言葉で晃も気づく。
いつの間にか、廊下に面した部屋の入口に兄の栄一が立っていた。
相変わらずの仏頂面だが、蒼介の言葉に口を開いた。
「この家のことは何も心配するな。俺が守る」
「はい」
「だから、この家には二度と戻ってくるな」
「・・・はい」
それはあまりな言い方では、と晃が反応しかけるより先に、栄一の言葉が続く。
「お前は自分の勤めを十分に果たした。もう家に縛られる必要はない。・・・どこでもいい。もっと自由に生きろ」
長きお勤めご苦労だった、と。
告げられた言葉に、蒼介はしばし言葉を失った。
そうしてしばらくして、ようやく口元に笑みを浮かべ、返答する。
「承知いたしました。父上を頼みます。・・・行って参ります」
***
心地よい朝日の中、了祐と蒼介は並んで街道を歩く。
「・・・結局、お兄さんはいい人だったんですね、随分分かりにくい人だったけど」
『お前、その言い方は失礼だろう』
「いや、昨日は完全に俺の方が失礼されたからね」
蒼介は小さく笑った。
「昔からああいう人なんだ。正直じゃないんだよ」
だから、心配してくれているのも十分自覚していた。
それでも、動き出すことができなかったのは自分の弱さのせいだ。
「母が亡くなってからは下働きを雇っていたんだが、俺の噂のせいで、誰も長続きしなかった。兄は一度妻を娶ったが、子は出来ず、・・・俺のこともあって、結局離縁した」
「・・・」
それでも流石にあの広い屋敷の生活を男手だけで維持していくのは難しい。
結局今は、近所の老婆が数人、入れ替わりで来て雑用から炊事洗濯まで請け負ってくれているという。
「俺がいなくなったことが町の噂になれば、早暁働き手も見つかるだろう。兄も新しく妻を迎えることが出来るかもしれない。」
自分について、出奔したとするのか、死んだとするのか。
それは父と兄に任せた。
どちらにしても、もう戻ることは無い。
『その刀・・・残してあったんだな』
了祐がそっと話しかけた。
蒼輔の腰の刀、黒鞘に納まる刀の鍔は雁図。
”裏”にいた時から蒼介が使っていた刀だ。
「父が残していてくれた、この袴も。昨日、家を出ることを告げたら渡された」
何人もの命を奪った刀。
だがそれは同時に、蒼介の確かに生きた証である。
処分はできなかった、と。
父はそう言って泣いていた。
『大丈夫なのか・・・その刀を使っても』
「もし良かったら、俺の刀を貸しますよ。いや、正確には俺のじゃなくて赤井さんのだけど」
だが蒼介は首を横に振った。
「俺は逃げないで前に進むと決めた。・・・だから俺は、過去を全て知るこの刀に、これからの自分の生きた証を足していく」
『それは・・・いいな。俺もそうしよう』
過去は変えられない。
犯した罪は消えない。
それでも、生きていかなければならないのだから。




