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影の記  作者: 水鳥川 陸
第四章 居場所
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第十一話

「・・・すごいな」


了祐自身から説明され、実際に目にしても、確かに信じがたい光景だった。


一方の晃は、しばらく畳の上に手をついて、眩暈に耐えた。

やはり体には、それなりに負担がかかるようだ。


『済まなかった』

「・・・また言ったな」

『悪い』

「言い換えたって同じだ、馬鹿。いい加減、本気で改名するぞ」

『それは勘弁してくれ』


眼前で繰り広げられる問答に、蒼介が苦笑した。


「随分仲がいいんだな。・・・いい仲間が出来てよかったじゃないか、了祐」


その言葉に、晃は蒼介に向き直り、改めて名を名乗った。


「さっきは挨拶しそこねました。俺は後藤晃と言います」

「俺の方こそ、すまなかった」

「あの、・・・蒼介さんには今、ちゃんと了祐の声は聞こえてますか?」

「聞こえているよ。でも”影”・・・了祐、からじゃない気がする。どちらかというと、頭に直接聞こえてくるような、不思議な感じだ」


やはり了祐に近しい人程、声が聞こえやすいようだ。

晃は意を決して蒼介に頭を下げた。


「お願いがあります。これは了祐にも話して無くって俺の個人的な希望ですけど・・・俺達と一緒に来てくれませんか」

「・・・?!」

『晃?!・・・お前何言ってるんだよ。蒼介は』

「了祐。蒼介さんは心を壊したりなんてしてない。こんなに真剣に過去を悩んで戦ってる人が、むやみに人を殺したりなんて絶対にしないよ」

『だからって、蒼介は戦えるような状態じゃない。分かるだろう』

「分からない」


晃は、先ほどの蒼介の尋常ではない動きを目の当たりにした。

そもそも了祐に匹敵するとされていた程の人だ。

確かに随分長い時間、刀から離れていたかもしれないけれど。


「それでもずっと、俺より了祐を守れるはずだ」


晃の言葉に、呆然と話を聞いていた蒼介の表情が変わった。


「守る・・・俺が、了祐を?」

「そうです、俺たちはこんな状況だから、了祐は全力を出し続けることができない。俺自身はただの寺の居候です。刀なんて扱えない。・・・蒼介さんに、了祐を助けてほしいんです。人を傷つけるためではなく、守るために、もう一度刀を取ってもらえませんか」


口には出さなかったが、”雪”のことを聞いて以来、晃はずっと考えていた。

そして会って確信した。

了祐のために、この人ならきっと立ち上がってくれる。


「・・・出来るだろうか、俺に」


小さく呟いた蒼介は、ふと右手に生暖かい感触を覚えた。

見れば猫が顔を擦り付けてゴロゴロ言っている。

格子をすり抜けて中に入ったようだ。


「あ、小虎!いつの間にお前・・・すみません、俺の猫です」


そう言いつつ、晃は自然と笑顔になる。

小虎が安心して甘える人物は信じていい。

こうして今まで、何度小虎に背中を押されてきただろう。


「猫が懐く人に悪い人はいません。俺の持論ですが、絶対に正しいです」


蒼介は、この日初めて声を出して笑った。


        ***


明日まで考えさせてほしい。


そう告げて、晃と了祐と小虎を見送った後の座敷牢。

蒼介は一人、座を正して考え続けた。

自分の右手をみつめ、そっとその手を開く。

そこには久しく刀はない。

だが、その感覚は体が覚えている。


了祐の話では、これから先、その忍びとは戦闘になる可能性が高い。

相手の出方次第では、また人を殺めることになるかもしれない。


「・・・できるか」


自分自身に問いかける。

もちろん、任務ではない。

やらなければいけないことではない。


だが、こんな今の自分を信じてくれた了祐と晃を。


「俺は、守りたい」


蒼介は、部屋の隅に天井から垂れる綱を引いた。

綱は家族の住む母屋まで伸びていて、用事がある際に鳴らせば誰かが来てくれるようになっている。

とは言っても、最近顔を出すのは父だけだった。


しばらくして、やはり父が戸を開け顔を見せた。

すっかり苦労を掛け、心配をさせた父。

その小さくなった体を前に、蒼介は深く平伏した。


「どうかしたのか?」

「父上。不肖の息子からの最後の願いを、どうかお聞き届けください」

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