第十一話
「・・・すごいな」
了祐自身から説明され、実際に目にしても、確かに信じがたい光景だった。
一方の晃は、しばらく畳の上に手をついて、眩暈に耐えた。
やはり体には、それなりに負担がかかるようだ。
『済まなかった』
「・・・また言ったな」
『悪い』
「言い換えたって同じだ、馬鹿。いい加減、本気で改名するぞ」
『それは勘弁してくれ』
眼前で繰り広げられる問答に、蒼介が苦笑した。
「随分仲がいいんだな。・・・いい仲間が出来てよかったじゃないか、了祐」
その言葉に、晃は蒼介に向き直り、改めて名を名乗った。
「さっきは挨拶しそこねました。俺は後藤晃と言います」
「俺の方こそ、すまなかった」
「あの、・・・蒼介さんには今、ちゃんと了祐の声は聞こえてますか?」
「聞こえているよ。でも”影”・・・了祐、からじゃない気がする。どちらかというと、頭に直接聞こえてくるような、不思議な感じだ」
やはり了祐に近しい人程、声が聞こえやすいようだ。
晃は意を決して蒼介に頭を下げた。
「お願いがあります。これは了祐にも話して無くって俺の個人的な希望ですけど・・・俺達と一緒に来てくれませんか」
「・・・?!」
『晃?!・・・お前何言ってるんだよ。蒼介は』
「了祐。蒼介さんは心を壊したりなんてしてない。こんなに真剣に過去を悩んで戦ってる人が、むやみに人を殺したりなんて絶対にしないよ」
『だからって、蒼介は戦えるような状態じゃない。分かるだろう』
「分からない」
晃は、先ほどの蒼介の尋常ではない動きを目の当たりにした。
そもそも了祐に匹敵するとされていた程の人だ。
確かに随分長い時間、刀から離れていたかもしれないけれど。
「それでもずっと、俺より了祐を守れるはずだ」
晃の言葉に、呆然と話を聞いていた蒼介の表情が変わった。
「守る・・・俺が、了祐を?」
「そうです、俺たちはこんな状況だから、了祐は全力を出し続けることができない。俺自身はただの寺の居候です。刀なんて扱えない。・・・蒼介さんに、了祐を助けてほしいんです。人を傷つけるためではなく、守るために、もう一度刀を取ってもらえませんか」
口には出さなかったが、”雪”のことを聞いて以来、晃はずっと考えていた。
そして会って確信した。
了祐のために、この人ならきっと立ち上がってくれる。
「・・・出来るだろうか、俺に」
小さく呟いた蒼介は、ふと右手に生暖かい感触を覚えた。
見れば猫が顔を擦り付けてゴロゴロ言っている。
格子をすり抜けて中に入ったようだ。
「あ、小虎!いつの間にお前・・・すみません、俺の猫です」
そう言いつつ、晃は自然と笑顔になる。
小虎が安心して甘える人物は信じていい。
こうして今まで、何度小虎に背中を押されてきただろう。
「猫が懐く人に悪い人はいません。俺の持論ですが、絶対に正しいです」
蒼介は、この日初めて声を出して笑った。
***
明日まで考えさせてほしい。
そう告げて、晃と了祐と小虎を見送った後の座敷牢。
蒼介は一人、座を正して考え続けた。
自分の右手をみつめ、そっとその手を開く。
そこには久しく刀はない。
だが、その感覚は体が覚えている。
了祐の話では、これから先、その忍びとは戦闘になる可能性が高い。
相手の出方次第では、また人を殺めることになるかもしれない。
「・・・できるか」
自分自身に問いかける。
もちろん、任務ではない。
やらなければいけないことではない。
だが、こんな今の自分を信じてくれた了祐と晃を。
「俺は、守りたい」
蒼介は、部屋の隅に天井から垂れる綱を引いた。
綱は家族の住む母屋まで伸びていて、用事がある際に鳴らせば誰かが来てくれるようになっている。
とは言っても、最近顔を出すのは父だけだった。
しばらくして、やはり父が戸を開け顔を見せた。
すっかり苦労を掛け、心配をさせた父。
その小さくなった体を前に、蒼介は深く平伏した。
「どうかしたのか?」
「父上。不肖の息子からの最後の願いを、どうかお聞き届けください」




