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影の記  作者: 水鳥川 陸
第四章 居場所
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第九話

「ごめんください!」


引き戸を開けて晃が奥に呼びかける。

すると程なく一人の男性が現れた。

三十代後半といったところだろうか。


「何の御用でしょう?」


訝し気な様子でこちらを窺っている。

あまり良い感じがしない。


「高山蒼介さんにお会いしたく参りました。お取り次ぎ願えますか?」


赤井に聞いた、”雪”の本名。

その名を聞いた男性の顔があからさまに険しくなった。


「また来たか。・・・あいつは誰にも会わん。帰ってくれ」


そう言うと、晃を押し出して戸を閉めようとする。


「ちょっ、ちょっと待って。話くらい聞いてもらえませんか」

「聞く必要はない。あいつのせいで我が家がどれだけ迷惑しているかお前らに分るか。町の者からはあらぬ噂を立てられ肩身の狭い思いをして。・・・いっそ潔く自害こそすればよかったものを」


晃は全身が熱くなるのを感じた。

この怒りが自分のものか了祐のものか分からない。

けれど、自分も間違いなく腹が立っている。

反論しようとした時に、男の後ろから年老いた声が聞こえた。


「やめんか、栄一」

「・・・父上」


父と呼ばれた老人は、板の間に手をつき晃に頭を下げた。


「お恥ずかしいところをお見せしました。私は今は隠居のみですが、栄一と蒼介の父にございます。遠路、蒼介をお訪ねくださりありがとうございます。しかし・・・申し訳ないのですが、あいつは本当に、誰とも会おうとせんのです」


栄一は仏頂面で横に立っている。

一方の蒼介の父は、全く嫌な感じがしなかった。

何かを隠している感じもしない。

きっと本当のことを言っている。

”雪”-蒼介は会わない、と。


晃はひとつ息をついて、そして口を開いた。


「”影”が来たと、蒼介さんにそう伝えてください」

「・・・影、ですか?」

「蒼介さんならば、きっと分かります。どうかお願いします」


晃は深く頭を上げた。


        *** 

                   

栄一に見張られるように土間で待たされたまま、しばしの時が過ぎた。


「あいつは誰にも会わんぞ。赤井という大男を知っているか。奴も何度もやってきたが、一度も会えていない。上司だったという話だが」


赤井は一度ではなく、何度も足を運んでいたのか。

”雪”を壊した責任から逃げずに。

いや、”雪”だけではない。

”影”だった了祐の妹の件もそうだ。

小百合も言っていたように、赤井は自分が率いた“裏”の者全てへの責任を、今もずっと背負っているのだろう。


そう晃が考えていると、少し慌てたような足音を立てて父親が戻ってきた。


「影ならば会いたいと、そう蒼介が申しました。どうぞ、こちらへ」


呆気にとられた様子の栄一の横を抜け、父親の後に続いた。

座敷牢はこの大きな屋敷の一番奥だと言い、長い廊下を歩く。


「蒼介は・・・影、と聞いて笑っておりました。あの子の笑顔を見たのは、お役目を終えて戻ってから初めてです」

「そうなんですか・・・」

「座敷牢に閉じ込めてくれ、と言った蒼介を止められなかったのは私の責任です。無事に帰ってくれただけでいいと、それを上手く伝えられなかった。・・・栄一を不快に感じられたでしょうが、どうか勘弁してやってください。栄一も自分なりに、隠居した私に替わり、初めは何とか蒼介を元の生活に戻そうとしていたのです。ですが噂はどこからか漏れるもので・・・いつしか周囲の目に耐え切れなくなったのでしょう」


町で何か事件があれば、真っ先に蒼介が疑われた。

この屋敷には元人斬りがいるらしい。

閉じ込めているというが、逃げ出したのじゃないか。

それを家族が隠しているのじゃないか、と。

そう語る父親の背は、とても小さく薄く見えた。


「この戸の向こうです。・・・積もるお話しもございましょう。誰も近寄らせませんので、どうぞご安心ください」


突き当りの戸の前でそう言った父親は、もう一度頭を下げて今来た廊下を戻っていった。

その後ろ姿に、晃も改めて深く頭を下げる。

そして向き直り、目の前の戸を開いた。

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