第九話
「ごめんください!」
引き戸を開けて晃が奥に呼びかける。
すると程なく一人の男性が現れた。
三十代後半といったところだろうか。
「何の御用でしょう?」
訝し気な様子でこちらを窺っている。
あまり良い感じがしない。
「高山蒼介さんにお会いしたく参りました。お取り次ぎ願えますか?」
赤井に聞いた、”雪”の本名。
その名を聞いた男性の顔があからさまに険しくなった。
「また来たか。・・・あいつは誰にも会わん。帰ってくれ」
そう言うと、晃を押し出して戸を閉めようとする。
「ちょっ、ちょっと待って。話くらい聞いてもらえませんか」
「聞く必要はない。あいつのせいで我が家がどれだけ迷惑しているかお前らに分るか。町の者からはあらぬ噂を立てられ肩身の狭い思いをして。・・・いっそ潔く自害こそすればよかったものを」
晃は全身が熱くなるのを感じた。
この怒りが自分のものか了祐のものか分からない。
けれど、自分も間違いなく腹が立っている。
反論しようとした時に、男の後ろから年老いた声が聞こえた。
「やめんか、栄一」
「・・・父上」
父と呼ばれた老人は、板の間に手をつき晃に頭を下げた。
「お恥ずかしいところをお見せしました。私は今は隠居のみですが、栄一と蒼介の父にございます。遠路、蒼介をお訪ねくださりありがとうございます。しかし・・・申し訳ないのですが、あいつは本当に、誰とも会おうとせんのです」
栄一は仏頂面で横に立っている。
一方の蒼介の父は、全く嫌な感じがしなかった。
何かを隠している感じもしない。
きっと本当のことを言っている。
”雪”-蒼介は会わない、と。
晃はひとつ息をついて、そして口を開いた。
「”影”が来たと、蒼介さんにそう伝えてください」
「・・・影、ですか?」
「蒼介さんならば、きっと分かります。どうかお願いします」
晃は深く頭を上げた。
***
栄一に見張られるように土間で待たされたまま、しばしの時が過ぎた。
「あいつは誰にも会わんぞ。赤井という大男を知っているか。奴も何度もやってきたが、一度も会えていない。上司だったという話だが」
赤井は一度ではなく、何度も足を運んでいたのか。
”雪”を壊した責任から逃げずに。
いや、”雪”だけではない。
”影”だった了祐の妹の件もそうだ。
小百合も言っていたように、赤井は自分が率いた“裏”の者全てへの責任を、今もずっと背負っているのだろう。
そう晃が考えていると、少し慌てたような足音を立てて父親が戻ってきた。
「影ならば会いたいと、そう蒼介が申しました。どうぞ、こちらへ」
呆気にとられた様子の栄一の横を抜け、父親の後に続いた。
座敷牢はこの大きな屋敷の一番奥だと言い、長い廊下を歩く。
「蒼介は・・・影、と聞いて笑っておりました。あの子の笑顔を見たのは、お役目を終えて戻ってから初めてです」
「そうなんですか・・・」
「座敷牢に閉じ込めてくれ、と言った蒼介を止められなかったのは私の責任です。無事に帰ってくれただけでいいと、それを上手く伝えられなかった。・・・栄一を不快に感じられたでしょうが、どうか勘弁してやってください。栄一も自分なりに、隠居した私に替わり、初めは何とか蒼介を元の生活に戻そうとしていたのです。ですが噂はどこからか漏れるもので・・・いつしか周囲の目に耐え切れなくなったのでしょう」
町で何か事件があれば、真っ先に蒼介が疑われた。
この屋敷には元人斬りがいるらしい。
閉じ込めているというが、逃げ出したのじゃないか。
それを家族が隠しているのじゃないか、と。
そう語る父親の背は、とても小さく薄く見えた。
「この戸の向こうです。・・・積もるお話しもございましょう。誰も近寄らせませんので、どうぞご安心ください」
突き当りの戸の前でそう言った父親は、もう一度頭を下げて今来た廊下を戻っていった。
その後ろ姿に、晃も改めて深く頭を下げる。
そして向き直り、目の前の戸を開いた。




