第七話
沢渡和夫の診療所兼自宅だった屋敷は、燻ぶった臭いと煙の中、大変な人集りとなっていた。
爆発で建物は崩れ果て、周りの人々の会話によれば彼自身の遺体も見つけられない状態らしい。
それでも、隣家には全く被害が出ていないのが幸いだった。
人の輪をかき分けて近づくと、爆発の瞬間を目撃したという男が喚いていた。
「俺見たんだよ。診察室のある窓から若い兄ちゃんが飛び出てきたと思ったら、その次の瞬間には爆発したんだ。本当だって」
だが、そんな人間を他の誰も見ておらず、信じてもらえないようだ。
無理もない、そう了祐は思った。
爆発の瞬間から間一髪で逃げだし、すぐにその場を立ち去る。
それは普通の人間では不可能だ。
相当に鍛えられた人間に違いない。
そして、旧幕派と通じていた沢渡が狙われたとなれば、恐らく相手は政府方だろう。
先ほどのあの男-。
今の了祐には血の匂いは分からないが、あの男には人斬りの気配を強く感じた。
ふと、了祐は人集りの中からそっと踵を返す人物に気付いた。
左手の小指に鉄の輪が見える。
―何かあれば、行く先々で左手小指に鉄の輪をつけた男を探せ。あいつらへの言伝ては、必ず俺に届く―
出発前に師範が言っていた連絡役の”網”の男だ。
これで沢渡医師の死は、すぐに師範にも伝わるだろう。
***
結局、その日の夜は町の宿屋に部屋を取った。
布団の上に寝転がった晃が、自分にくっついて伸びている小虎を撫でながら尋ねる。
「街道であったあの男が沢渡先生を殺して、屋敷まで爆破したのかな」
『いや、きっと違う。多分、沢渡は自分で屋敷を爆破させたんだ』
恐らく彼の屋敷には、多くの旧幕派からの密書が集まっていただろう。
政府方からすれば、それは是非とも手に入れたい情報でこそあれ、消し去る理由は何も無い。
ならば答えは一つ。
沢渡和夫が自分を犠牲にしてそれらの情報を守ったとしか考えられない。
両隣の家に被害が出なかったのも、彼が爆発の規模を事前に調節していたとすれば頷ける話だ。
『晃。戦は・・・幕府と討幕派の争いは終わったんじゃないのか?』
「う~ん・・・一応は終わったことになってるよ。でも新政府に不満を持ってる旧幕派の人間があちこちで蜂起しようとしてるって話はよく聞く。実際に事を起こして政府に鎮圧された奴らもいるそうだし」
あれだけ犠牲を出したのに、それでもまだ争いの種が燻ぶっているという。
先ほどの若い男も言っていたではないか。
この国はまだ腑抜けが暢気に生きていける程平和ではない、と。
そしてあのような男が、今度は政府の裏組織として動いているというのか。
まるでこれまでの自分のように。
了祐は言葉も無く、自分の両拳を握りしめた。
「了祐?・・・大丈夫?」
不穏な空気に気付いたのか、晃が声を掛ける。
『・・・大丈夫だ。心配いらない』
「結局、沢渡先生には何にも聞けなかったね」
『やっぱり刹那を探すしかないな。・・・ただその前に、俺はあいつに会わなきゃならない』
もうこの町には用がない。
明日には”雪”のいる隣町を目指そう―そう言って、晃は眠りについた。
もともと山暮らしとはいえ、こうも毎日長距離を歩くことには慣れていないだろう。
疲れが溜まっている晃は、あっという間に寝息を立て始めた。
小虎も晃の腕にしがみついてしばらく喉を鳴らしていたが、そのまま寝てしまったようだ。
『無理させて済まないな』
済まないは禁句だと、晃に常々言われているが、やはり自分にはこの言葉しか出てこない。
せめてゆっくり眠って欲しい。
そう願って、了祐は薄暗く静かな空間に腰を下ろした。
睡眠を必要としない彼にとって、また長い夜が始まる。
『・・・”雪”か』




