第六話
赤井に紹介された医師ー沢渡和夫の住む町までは晃の足で丸二日。
二条直隆から拝領した軍資金のお陰で、とりあえず泊まる場所や食事にも困らず旅ができる。
人というものは、最低限の生活ができれば、とりあえずは穏やかに過ごしていけるようだ。
何のかんのと言いあいながら、晃と了祐、そして小虎は旅を続けた。
***
そして二日後、目の前に続く街道の遥か先にようやく町の入口が見えてきた。
「何とか陽が沈むまでには着けたね」
『そうだな』
「少しでも話が進めばいいけど」
『ああ』
事前に赤井から連絡が行っており、今夜は医者の家に泊めてもらえる手筈だった。
でもあまり期待はしすぎない方がいい。
そう、了祐が続けようとした時―。
何の前触れもなく、街の方からどぉんという低い爆発音が響いた。
一呼吸おいたのち、一か所から黒煙が立ち上る。
「っ、なんだ・・・?!」
『・・・!!』
了祐の頭に、赤井の声が蘇る。
―幕末に、俺たち”裏”の人間を診てくれた人だ。今は過去を消して・・・まあ、完全に断ち切れてはいねぇみたいだけども―
それはつまり、その医者は未だに旧幕派の生き残りとつながっているということだ。
『晃、急げ!』
「・・・分かった」
晃は町に向かって走り出した。
***
時は晃たちがその町を視界にとらえた、まさにその頃に遡る。
机に置かれた厚い医学書をめくっていた老医師の手が、ふと止まった。
この時間には、普段診療を手伝ってくれる近所の助手も既にいない。
それを承知の上で来たのだろう。
慣れた仕草で机上のランプに火を灯し、敢えてゆっくり振り返る。
見ればそれは、まだ年若い男だった。
「・・・どこも悪いようには見えないが、診療希望かな?」
男は、無言のまま刀を抜いた。
「こんな田舎の爺医者に、そんな物騒なもの出しなさんな」
「ただの医者なら殺されずに済んだのにな。自業自得だろう、沢渡和夫。お前が逆賊の残党とつながっていることは、こちらもとっくに把握済だ。この屋敷にあるそいつらの証拠はすべて我らが預かる。・・・安心して死ぬがいい」
口の端を歪ませて、男が医師に刀を突き付ける。
だが、沢渡は男の言葉を聞き、意外にも笑みを浮かべて口を開いた。
「新しい時代だと言っておきながら、お前さんたちの取る手法は、幕府と何ら変わらぬな。ならば、こちらも慣れた手段で抵抗させてもらおうか」
そう言って、握っていた片手の拳を開く。
そこに収まった丸薬。
気づけば微かに火薬の匂いがする-爆薬だ、自爆する気か。
男はそれを阻止するため、瞬時に刀を振った。
切り落とされた沢渡の腕から丸薬が転がり出る。
しかし、それでも沢渡は笑った。
「馬鹿め、それは偽物。・・・本物は既にこの中に仕掛けてあるわ」
「・・・!!」
そう言って、残された腕でランプを掴み床に叩きつける。
次の瞬間、室内が光に包まれた。
***
晃が町に入った時。
向かいから一人の男が街を出てくるのが見えた。
顔や着物が少し煤けて見える。
だが大きな怪我はしていないようだ。
先ほどの爆発で怪我をした人だろうか。
晃がそう思ったとき、了祐の切迫した声が聞こえた。
『晃、絶対にあいつと目を合わせるな。そして、出来るだけ普通に歩け』
「・・・ん」
よく分からないが、とりあえず頷いた。
男との距離はどんどん近くなる。
街道は広いので、ぶつからずに通り過ぎることは十分に可能だ。
そして何事も無く通り過ぎた。
そう思って、三歩ほど行き過ぎて。
「おい、お前」
背後から呼び止められた。
これでは無視をするわけにもいかない。
晃は精一杯の普通の顔で振り返った。
「はい?・・・俺のことですか?」
否応なく目が合う。
相手は若い男だ。
きっと自分達と大して変わらない年頃だろう。
「旅の者か?」
「・・・ええ。近くまで来たら爆発音と煙が見えて驚いちゃって」
そうか、と低く呟いて。
男は、黙ったまま晃を上から下まで凝視した。
「・・・あの、俺に何かあります?」
「いや。一瞬強い気配を感じた気がしたが・・・気のせいか。今は腑抜けの気配しかしない」
「腑抜けって・・・・いや、そりゃそうですよ。俺、ただの似顔絵かきですもん。お兄さんも描きましょうか?」
「いらん。くだらん物見湯山の旅ならとっととやめておけ。この国はまだ、腑抜けが暢気に旅が出来る程、平和ではない」
そう言うと、さっさと振り返り行ってしまった。
見送る格好となった晃はさすがに気分を害していたが、彼が愚痴を言う前に了祐が口を開いた。
『やられた。・・・あいつに先を越された』




