第四話
目的地は定まった。
それに向かって、広い東京の街の郊外へと歩く。
晃の胸元には、小虎が入って丸まっている。
影は日差しを受けてはっきりと浮かび上がっていた。
「なぁ、了祐、俺の刀の差し方、変じゃない?」
『・・・』
「また無視かよ」
『・・・』
「俺を本気で怒らすと、またそっちに行くぞ」
『あれは本当にやめてくれ。心臓が止まるかと思った」
あははと、晃が笑う。
「まあ、確かに今更ながら自分でもよくやったと思うけど。あんなことできるんだな」
出会った時にも引き込まれるような感じがしたが、あの時は抜け出すことに必死だったから。
了祐のいる場所がどんな場所かは、今回初めて分かった。
ひたすらに暗くて、静かな場所。
振り返って見えた赤井の顔-つまり地上の世界が、随分遠く輝いて見えた。
「・・・そこに一人じゃ辛いよな」
『好きで来る奴なんかいるか。だから晃も』
そう言いかけた言葉を、晃が遮る。
「俺じゃない。お前だよ、了祐。お前もそんなとこにいるべきじゃないんだ。・・・あ、そうだ、ちょっとだけ待ってて」
ふと、思い出したように側にある大木に背を預け、座り込む晃。
少ない荷物の中から筆と墨の入った矢立と紙を取り出す。
『どうした?』
「ん~。忘れないうちに、と思ってさ」
『・・・?』
すらすらと迷いなく筆を進めていく。
気になるが、了祐の位置からは見えない。
「よし、出来た」
満足気に呟くと、晃はにこにこしながら了祐に視線を移した。
そして、今描き上げたばかりの紙を、彼に向けて裏返す。
そこに描かれていたのは。
無造作に束ねた髪、首元を覆う首巻、そして少し伏し目がちだが穏やかな笑顔。
「了祐の似顔絵だよ。結構似てると思うんだけど、どう?」
さすがにあの状況で笑顔は見られなかった。
だからそこは晃の創作ではあるが、きっと遠くない。
了祐ならきっとこんな風に笑うんだろう、そう思った。
『・・・』
「あ、気に入らない?・・・もしかして怒ってる?」
『いや、違う。・・・今、俺はこんな顔をしているのか?ずっと自分の顔を見てないから、分からないんだ』
「はぁ?どういうことだよ、それは」
『・・・怖くて、ずっと鏡が見られなかった』
いつからだろうか、自分の顔を見られなくなったのは。
人斬りを重ね、体中にいつも血の匂いが纏わりつくようなった頃。
自分の目を見るのが恐ろしかった。
あれだけ人を殺して平気でいる自分は一体、どんな穢れた目をしているのだろうと。
その思いは、誰にも言えぬままどんどん大きくなっていき、しまいには、顔を洗う桶の水さえ直視できず、目を閉じたまま力任せに洗った。
了祐のこの告白に、晃はただ静かに笑った。
「じゃあ、描いてよかったよ。安心しろ、お前の目は穢れたりしてない。少なくとも、さっき見えた時は、俺を心配してる優しい目をしてた」
『・・そうか』
「そのうち、本当に笑ったとこも見たいな。やっぱりもう一回、そっちに行こうかな」
『調子に乗るな』
***
そうして歩き続け、東京を出るまではもうすぐ。
人家もまばらとなる中、一軒の蕎麦屋が見えた。
ここから旅立つ者と、はるばる東京へ辿り着いた者。
両者が集うちょうどいい場所柄だと思えた。
外から除くと、そこそこ客が入っているのが分かる。
「なぁ、せっかくだから、景気づけに蕎麦でも食べてこうか」
『好きにしろよ、俺には関係ないから』
「小虎も入れてもらえるかなぁ」
小虎は、催促するように甘える鳴き声を上げた。
それを聞いた晃が苦笑する。
「本当によくできた猫だな、お前」
不思議なくらい、こちらの意図するところを汲んでくれる。
心強い味方を得て、晃は蕎麦屋の暖簾をくぐった。




